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無人斎道有

永禄十年(一五六七年)十二月 若狭国 後瀬山城 武田氏館


 後瀬山城に織田からの遣いの者がやってきた。名を佐々内蔵助成政と言う。織田に関しては融和路線を築いていきたいため、会うことにした。佐々内蔵助と思わしき男が低頭して待っている。


 ずかずかと入っていき、上座にどっかと座った。嶋新吉が脇で長船盛光の太刀を持って控えている。さて、用件を聞こうじゃないか。


「御多忙の中、拝謁の機会をいただき恐悦至極に存じまする」

「いやなに。織田殿からの遣いだ。無碍には出来ん。して、本日の用向きはなんだ?」 

「はっ、公方様と我が主からの書状をお持ちいたしました」


 佐々内蔵助から井伊万千代が文を預かり、それを俺に手渡す。なんとも武士らしいじゃないか。まずは叔父上からの文に目を通す。うん、なんとなくだけどわかっていた。想像通りの文章だ。


 上洛して似非公方を蹴落とすために織田に協力しろ。協力して六角を倒し京への露払いをしろとのことだった。叔父上のためではないが、伯父上には恩があった。それに報いる義務がある。


 次に信長から届いた書状を読む。まだ会うたことのない人物。信長とはどのような男なのだろうか。心が高鳴る。驚いたのは極めて流麗な文字だったことだ。これは祐筆が認めたのだろうか。


 文字運び、字体、そこから教養の高さが伺える。破天荒だうつけだ等と半畳を入れられているが、基礎はしっかりと押さえている、一流の文化人だ。


 内容としては六角と物別れになってしまったので、春先に仕方なく浅井と観音寺を攻める旨が綴ってあった。出来れば味方して欲しいとも。元より織田に味方する予定である。


「使者殿。織田殿にお伝えいただきたい。六角は我が祖母の出なれど、攻めることに一切の禍根無しと。大事は公方様の御心にござる。今、返書を用意する故、お待ちいただきたい」

「はっ、忝のうございます」


 さて、どうしようかな。ここはひとつ、嫌味でも混ぜ込んでみよう。えーと、祖母の家である六角を攻め落とすのは忍びないが、これも公方様の命でのこと。


 説得できなかった自分にも落ち度があるので、気に病まれることはない。方々にて敵を抱えているため多くは出せないが、微力ながら後詰めを送らせていただく。


 そのように認め、最後に花押を記す。これで書状の完成だ。出来立てほやほやの書状をもって再び佐々の前へと姿を現す。佐々は平伏して俺を待っていた。なんというか、几帳面な男である。


「この書状を織田殿に手渡してくれ」

「承知仕り申した」

「この件は高島郡にいる堀久太郎に一任してある。有事の際は久太郎を尋ねよ」

「ははっ」


 これで良し。面倒ごとを押し付けて申し訳ない。だが、お前ならなんだかんだやり切ってくれると信じているぞ、久太郎。


 叔父上にも当たり障りのない返書を用意して佐々内蔵助を見送る。十二月。若狭にも雪がちらつくようになった。日本海側は寒い。領民は大事ないだろうか。


 お藤たちにも暖かくするよう伝えておく。特に孫犬丸は大事な嫡男だ。風邪で体調を崩してころりなんて考えたくもない。部屋を暖め、加湿も行う。加湿、これ大事。


 そんなことを考えながら数日過ごす。具体的には家臣たちに褒美に渡す刀剣の手入れと確認だ。個人的に来の刀が好きなので、来国行、来国俊、来国光に来国次。それから来国長に来国末、来国真と来倫国それから来国安なんかを所持している。


 綾小路定利や当麻国行なんかも所持している。褒美であげるならこちらだな。古備前も所持しているが、褒美なら長船や左が良いだろうか。


 粟田口や青江も捨てがたい。一文字、千手院、二王に手掻、宇多も揃っている。褒美で下げ渡す刀に下手な刀は渡せない。集めるのも一苦労である。そろそろ相州伝に手を出したい。


 そんな俺に小姓の新吉がこう声をかけて来た。


「御屋形様、曽根殿がお戻りになりました」

「おお、戻ったか。直ぐに会おう」


 俺は尻懸則長の太刀を持ったまま部屋に向かう。そこには曽根虎盛の他に、男が一人鎮座していた。齢七十を超えた、矍鑠とした男性だ。


「九郎左衛門尉、随分と遅い戻りであったな」

「ははっ、色々と手間取りまして。申し訳ございませぬ」

「いやいや責めているわけではない。抜き差しならない事情があったのだろう」


 そう言って曽根虎盛を労ってからもう一人の男性に向き直る。俺は至って静かに「武田、陸奥守殿にございまするな?」と尋ねた。


「無人斎道有にござる」

「お初にお目に掛かりまする。武田伊豆守輝信と申しまする」


 俺は深く深く頭を下げた。それから嶋新吉に目で合図を出す。お藤と孫犬丸を連れてくるようにと。新吉がこくりと頷く。どうやら意図を汲んでくれたようだ。


「わざわざの御足労、痛み入り申す」

「こんな年寄を連れて来て何の用かね?」

「陸奥守殿は妻の曾祖父なれば私にとっても曾祖父にございます。この若狭でゆるりと滞在いただきたく存じ上げまする」


 粗暴で粗野だと言われている信虎ではあるが、その外交手腕は本物である。山科言継に飛鳥井雅春、万里小路惟房と交友を持ち、さらには今出川晴季に娘を嫁がせている。


 それだけではない。志摩の甲賀や九鬼とも親交があるのだ。この伝手を使わぬわけにはいかない。なんとか心を開いてもらわねば。


「……まあ、そうだな。同じ武田の誼、ひ孫の婿だ。そう無碍にはせん。お前の狙いは――」


 武田信虎がそこまで言ったところで足音がパタパタと響いてきた。複数人の足音だ。やって来たのは孫犬丸を抱えた藤と乳母の鶴である。


「お初にお目にかかります、御曽祖父様。お藤にございます。そして、嫡男の孫犬丸にございます」


 藤が入って来るや否や信虎の元へと向かった。藤にとっては心許せる数少ない親族である。父親を誅されてしまった今、祖父である信玄すら信用なら無いのだ。


「おお、其方が藤か。其方に会えることを心待ちにしておったぞ」


 思わず破願する信虎。それを見て確信する。信虎は必ず若狭に留まってくれると。二人を脇目に俺は曽根虎盛に声をかける。


「近う寄れ」

「はっ」

「もっと近う」


 曽根虎盛がじりじりと躙り寄ってくる。俺は曽根虎盛に褒美として手に持っていた尻懸則長の太刀を手渡した。良いことをしたら褒める。当たり前のことである。


「白鞘ですまんな。拵えは許せ」

「身に余る光栄にございます」


 曽根虎盛が恭しく頭をたれながら両手で太刀を受け取る。ありがたがっている曽根虎盛を余所に、俺は違うことを考えていたのであった。

実は日本刀の蒐集が趣味です。

といっても本数も多くないですし、名刀も持ってませんけど。


新刀や新々刀よりも古刀が好きです。来と相州、長船が好きです。

日本刀を眺めてにやにやするのが至高の時間です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 数打物でも長船持っていたいですね [一言] この時代だと備前長船なんかはまだ現役で打たれているので末備前なんかは買い放題ですね。長船の街そのものがもうすぐ無くなってしまうので作中だけでも何…
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