捕らぬ狸のなんとやら
「万千代か。如何した?」
「蒲生下野守様より書状が届いておりまする」
どうやら以前に手紙を送った蒲生から返書が届いたようだ。その場で読み進める。どうやら蒲生は六角と共に織田と一戦交えるつもりらしい。それ以外のことは書いていなかった。
そこから読み取れるのは六角が織田に対し、蒲生と共になんらかの備えをしているということである。三雲や田中らは呼応するだろうが、進藤に後藤、平井や池田は織田に流れるだろうな。
六角の家臣として義理は果たすということのようである。なんだかんだ一本筋の通った男だ。蒲生には仲裁が必要になったら声をかけてくれとだけ認めて返書を送る。
さて、これで織田と六角が明確に敵対することが明らかになった。先述した六角に不満を持っている家臣、国衆たちをなんとかこちらで取り込めないものだろうか。
特に高島郡に近しい位置に領地を持つ国衆は取り込んでおきたい。後藤高治に進藤賢盛、平井定武と池田景雄の調略を急がせる。そこが動けば一気に靡くはずだ。それらの指揮も堀久太郎に任せよう。
調略であれば真田兄弟の得意とするところだ。織田に臣従するくらいなら我ら武田に臣従した方が気が楽だぞ。そうなったら高島郡の国衆たちと共に六角攻めに加わらせよう。
「万千代、すまないが明智十兵衛と沼田上野之助、それから本多弥八郎を七日後に登城するよう呼んでくれ」
「かしこまりました」
悪いが俺の目は南に向いていない。南は現状維持で十分だ。近江も丹波も現状維持で十分なのである。西の毛利は尼子がよく防いでくれている。三好も健在のため、四国には手が出せない。
やはり狙うは北陸である。能登、加賀、越中、越前は手に入れたい。加賀といえば百万石。この四国を手に居れたらば百万石が手に入るのだ。
近江は織田が狙っているし、丹波は国衆たちが安定している。手を出す隙が無い。しかし、能登は違う。混迷を極めている能登は手を出し放題なのである。
弱いところから喰らう。戦国の掟だ。しかし、それにはいくつかの問題がある。最大の問題は飛び地になるということだろう。攻める口実はある。しかし地続きではない。
飛び地になるということは、こちらも不退転の覚悟で挑まなければならないということである。窮地に追い込まれたとき、即座に助け舟を出せないということでもあるのだ。
軽々に能登を獲るとは言ったものの、どうやら覚悟を決めないといけないのは他ならぬ俺のようであった。
◇ ◇ ◇
七日後。俺の呼び出しに応じた三人が並んで鎮座している。俺は彼らの前にどっかと座り、車座になるよう伝えた。足も崩させる。
「今日、呼び立てたのは他でもない。傍女の文が懐妊した。俺の子だ」
「おお、おめでとうございまする!」
「真に。めでとうございますな」
「これでお家は安泰にございましょう」
各々が口々に言祝ぐ。しかし、この三人は理解しているはずだ。俺はそれを伝えるためだけに呼び出すようなことはしないと。
「ここからが本題だ。文は畠山義続が家臣、羽咋郡堀松城の城主であった河野藤兵衛の娘だ。俺はこれを利用して能登を奪いたいと思うている」
はっきりと、自分の言葉で、力強く三人に伝えた。覚悟を決めた。俺はやる気である。一呼吸置いた後、言葉を続けた。
「もし、文が授かった子が無事産まれたならこれを実行する。そして十兵衛、それを其方に一任す」
「ははっ」
「其方には娘がおったな」
「はい。四女がおりまする」
「どうだろう。文が授かった子が男児だった場合、其方の娘を嫁にくれぬだろうか?」
「なんと!」
俺は十兵衛を何としてでも繋ぎ留めたい。そして能登一国を十兵衛に任せるつもりなのである。建前上の国主は男児になるだろうか、その岳父として辣腕を振るって貰いたい。
もちろん十兵衛自身の嫡男についても考えている。考えてはいるが、残念なことに男児を授かっていないのだ。現状ではこれが最良の選択のように思う。
「年が近いのは末娘だな。いくつになる?」
「ふ、二つにございます」
三女が有名な玉子、つまりガラシャである。彼女は史実通り細川藤孝の息子と婚約させたい。そうすれば、沼田、細川、明智の強固な絆が生まれるのだ。
沼田と細川は義兄弟である。細川と明智が繋がれば我が武田も安泰というものだろう。十兵衛は鳩が豆鉄砲を食ったような表情をし、弥八郎は考え込んでいる。上野之助は終始、笑顔だ。笑顔なのに怖い。
「我が武田も大きくなってきた。俺一人で全てを見るわけにはいかん。もし、十兵衛に男児が産まれなかった場合は文の子を十兵衛の養子にする覚悟もある」
お家騒動の元になる可能性だってある。早めに養子に出すことだって視野に入れている。北陸は十兵衛に任せよう。まずは能登一国。ここからだ。
もちろん十兵衛に国を与える不安もある。どうしても本能寺の変がちらつくのだ。しかし、そうならないために子を差し出す。元から十兵衛と俺は親族だが、これで更に強固な繋がりとなるのだ。
「どうだ。受け入れてくれるか?」
「ははっ、謹んでお受けさせていただきまする」
十兵衛が頭を下げる。どうやら十兵衛は乗り気のようだ。乗り気だよな。主従関係があるから無理やり頭を下げているとかではないよな。
「これを見よ」
そう言って朝倉景鏡から返ってきた手紙を見せる。最初は美辞麗句ばかり並んでいて内容の伴っていない文章なので飛ばすことにして、要約するとこうだ。
子を授かったことの祝いの言葉に能登の実情について心を痛めている言葉。義景には自分から伝えておくので、三国の湊から能登へ向かえるよう、手筈を整えておくとあった。
わかっている。見返りとして景鏡に銭を握らせる。十貫、いや百貫の銭だ。これで景鏡は我らと友好関係を維持してくれるだろう。良く働いてくれるはずだ。
「十兵衛、無事に子を授かることが出来るかわからぬが、能登攻めの用意だけはしておいてくれ。能登を奪い取る俺の心は変わらん。朝倉中務大輔も寄騎とす。必要な物があれば申し付けよ」
「ははっ」
「上野之助と弥八郎は次善策を考えてくれ。もし、授かった子が女児だった場合である」
「かしこまりました」
「承知いたした」
死産や流産の子とは考えたくないが、考えねばならない。その時は延期だ。文が新たに子を宿すか、それとも畠山義続の口車に乗って娘を妻にするか。無事に男児が産まれてくれるのが最良なのだが。
「子が生まれるのは春先になるだろう。それまでに準備を整えておいて欲しい」
信長も家康も使っていた戦略。子どもを養子に送り出し、一門で固める作戦。これを実行するには子沢山でなくてはならない。幸いなことに藤も霞も文も子を授かっている。
しかし、一門で固める作戦をするのであれば、まだまだ子は足りない。現代のような医療機関もないため、乳幼児の死傷率も高い。悲しい現実ではあるが、それと向き合わねば。
こうして若狭武田家の能登侵攻がゆっくりと開始されたのである。
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