織田と六角と浅井
永禄十年(一五六七年)十一月 若狭国 後瀬山城 武田氏館
織田が美濃を手にした。一色龍興は這う這うの体で越前へと逃げ落ちたらしい。これで織田は尾張と美濃を手に入れた。三河と遠江の半分も『同盟国』の徳川が握っている。
そう。同盟国だ。建前は同盟国だが、扱いはどう見ても属国だ。徳川は三河で起きた一向一揆を自力で収束できなかったのが痛い。俺が裏で三河の一向門徒に金と米を渡して支援していた効果だろうか。
東を同盟国が守っているお陰で信長の目は西を向いている。このまま対六角となるだろう。俺が気にしているのはそこではない。武田の、甲斐武田の動きである。
嫡男である岳父の義信は死に、跡を継いだ勝頼は織田信長の養女を妻に娶っている。既に駿河侵攻は開始されていると見るべきだろう。水面下で調略の手が伸びているに違いない。
北の上杉とは停戦にまで漕ぎ着けていない。北を牽制しつつ南下するのは至難の業だ。更に徳川の影響力が低下していることで今川が息を吹き返しつつある。さて、信玄はどうするだろうか。
もし、オレが信玄だったらば今川を支援して今川と徳川を戦わせる。どちらも疲弊したところで漁夫の利を狙いに行くのだ。信玄としても表立って徳川を攻めることは出来ない。織田の『同盟国』だ。
武田は南を見て織田は西を見る。そして織田に居る足利は三好を敵視する。そうなると三好も織田を警戒するわけだ。本来ならば静観したいところであるが、日和見を決め込んで日和見順慶となるわけにはいかない。
はっきりと宣言しよう。俺は織田に味方する。織田、浅井、武田の連合であれば三好も太刀打ち出来まい。織田が畿内を制して安定した政を行ってくれれば、万事めでたしである。
そのためには何をしなければならないのか。そう。織田が近江を通過することが必要なのだ。六角を説得しなければならないのである。それが俺の役目なのだ。
織田に渡した手紙には俺が六角を説き伏せると綴った。もし、説き伏せられなかった場合は叔父上の御為に六角征伐も止む無しと。正直、俺としてはどちらに転んでも問題はない。六角の興亡など些事である。
ただ、何もしないのも薄情なので義理として行うに過ぎない。そこで六角承禎に面会を申し入れた。どうせ断られるはずもないと高を括っていた俺は後瀬山城を出て琵琶湖に近い清水山城へ向かった。
清水山城では高島郡の国衆達を率いる若き天才、堀久太郎と積もる話をする。高島郡だけでも六~七万石はある。それを任せているのだ。気苦労は絶えないだろう。
生え抜きでもない、気心の知れない国衆たちを若造だと罵られながら差配する。何があろうと俺は久太郎の味方だ。久太郎には長い間、小姓を務めてもらったのだから。
「近江の様子はどうだ?」
「落ち着きませぬな。浅井が織田の威を笠に着て、攻勢を強めておりまする。六角は一色が滅ぼされ、劣勢です。家中も穏やかではないでしょう。今は伊勢の北畠氏、長野氏、関氏との連携を模索しているようで」
「浅井に付け入る隙は無いか?」
「残念ながら。家中の結束も固く、朝倉とも良好な関係を築いておりまする」
「そうか。いや、それなら良いのだ。俺の願いは浅井と朝倉がもっと親密に繋がることなのだから」
「はぁ」
久太郎が気の抜けた返事をする。浅井と朝倉が昵懇になることで父の仇が討てるとは思っていないのだろう。俺も歴史を学んでいなければ思っていなかっただろう。
「呆けているでないぞ。もし、六角が浅井に馬をつなぐことを良しとしなければ戦だ」
「戦にございますか」
久太郎の顔が強張る。十中八九、俺は戦になるとみている。よしんば承禎が良しとしても子が首を縦に振らなければ意味がない。承禎は家督を譲っているのだ。
俺が承禎を訪ねるのはあくまで説得しましたよというポーズを見せるだけだ。心から説得しようなどと思っていない。そうなるとどうなるか。戦になる。
「戦では久太郎に尽力してもらいたい。意味は分かるな?」
「ははっ」
対六角の戦に本気で取り組むつもりはない。あくまで主攻は織田と浅井である。我ら武田は織田に、叔父上に味方したとわかれば良いのだ。高島郡にいる五千の兵を向かわせれば十分なのである。
これを良い機会と捉え、高島郡の国衆たちの忠誠心を図るつもりでもあるのだ。補佐には今まで通り真田兄弟を付ける。戦になった場合、彼らが良い働きをしてくれるだろう。
今か今かと承禎からの返事を待つ。待つ。待つ。一日経っても二日経っても一向に手紙が返ってくる気配がない。そこで観念することにする。どうやら返事も出したくないようなのだと。
念のため、蒲生定秀に承禎に手紙を送ったが返事がない旨、これから足利義秋が上洛を目指す旨、織田が六角に攻め込む旨を記して送った。
もう織田が六角を目の敵にしているのは周知の事実である。何故なら叔父上が吹聴しているからだ。そうして織田を後戻りできない状況に追い込んでいるのだろうが、身内ながら恥ずかしい。
「俺は後瀬山に戻る。こうなったら戦は免れぬな。もしやすると三好が後詰めに動くやもしれん。心するように」
「ははっ」
満を持して織田が畿内に入り込んできた。しかし、まだまだ敵は多い。六角、北畠、三好、朝倉を斃し覇を唱えることが出来るだろうか。後瀬山からゆっくりと見物させてもらおう。
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