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知らず知らずの成長

永禄十年(一五六七年)八月 若狭国 後瀬山城 武田氏館 椙杜少輔十郎元秋


「その方が椙杜少輔十郎であるか?」

「ははっ、椙杜少輔十郎と申しまする」


 あの後、何度も後瀬山城に足を運びようやく武田伊豆守と顔を突き合わせる機会を得ることができた。俺は小早川の兄者から大事な命を下されている。なんとしても伊豆守に会う必要があったのだ。


「面をあげよ」


 恐る恐る顔を上げる。そこに鎮座しているのは俺と同い年の青年であった。しかし、迫力が違う。脇息に肘を付き、こちらを見下ろしている。ただ、見下ろしている。だというのに、なんだこの迫力は。


「俺に何用だ?」

「は、はっ。我ら毛利からの提案にござる。備中攻めに難儀している様子。そこで如何でしょう。我らが仲立ちをして三村と和議を結んでみては如何か?」


 努めてにこやかに振舞う。しかし、武田伊豆守は微動だにしない。背中に汗が流れる。いや、大丈夫。もし破綻したとしても仲立ちしようとした事実が大事なのだ。


「ふむ。その和議によって我らに利はあるのか?」

「兵の損耗を押さえ、西を安定させる必要がございましょう。手間取るくらいならば、三村を飼い慣らしては如何か?」


 伊豆守は損得勘定の出来る人間だと小早川の兄者から伺っている。なればこそ、ここで力押しを選び自軍の被害を大きくすることはしないはずだ。


「話にならぬな。出直して参れ」

「は? え? な?」


 そんな俺の予想虚しく、けんもほろろに袖にされてしまった。呆けている俺に伊豆守が言葉を畳みかけてくる。


「三村には煮え湯を飲まされたのだ。悪いが根伐りにするまでは終わらんぞ。ここらで一つ、我ら武田も力攻めが出来ることを内外に知らしめぬと馬鹿が沸くのでな。もちろん、盟を結んだ者として三村一族が毛利に逃げ込んだ暁には引き渡してくれるのであろうな?」


 伊豆守の両の目が俺を捉える。蛇に睨まれた蛙とはこのような気持ちなのか。三村は我らに降伏し、臣従を宣言している。とてもじゃないが、引き渡しなどできはしない。


 だからといってこの問いに異を唱えることもできぬ。代替案を出すべきか。それとも軽々に返事をせず誤魔化すか。もしくは武田に靡くか。考えどころである。


「もちろんにござる。我らは武田家と盟を結んでいる身。両家に仇成す家は手を取り合って滅ぼすべきである」


 考えた結果、俺は武田に擦り寄ることにした。家中に一人くらいは親武田派をつくっておかねば、いざとなったときに伊豆守と連絡が取れぬ。そのための、必要な措置なのだ。


「そうか。少輔十郎殿にそう言ってもらえて何よりだ」


 伊豆守が初めて笑みを浮かべた。しかし、目が笑っていないように思う。その伊豆守が上座から降り、俺の方へと二歩、三歩と近づいてくる。


「三村は毛利殿に泣きついたか。どうやら限界が近づいているらしい。小早川左衛門佐殿の使いとのことだが、三村と面会したのは小早川殿かな」


 この言葉の意味を探る。盟を結んだ我らの落ち度を探しているのだ。そこを見つけ、追求し、何らかの処分を下そうと考えているのだろう。


「いえ、然に非ず。小早川の兄者は家臣から相談を受けたまでに」

「そうか。ではその家臣はよほど我らのことが嫌いなのであろうな」


 そう述べて伊豆守は戻り、そして再び脇息にもたれかかる。明らかに我らを警戒している。三村の肩入れを疑っているようだ。もしかして、物資を密かに流していたことに気が付いているのだろうか。


「まあ、毛利は大身なので、そういう輩も出てくるでしょう」


 無難な言葉で逃げる。言質を取られるのは痛い。俺も毛利に連なる身。余計なことは口に出来ない。ただ、毛利の中では親武田になろう。これで毛利の血は絶えないはずだ。


「言わんとしていることは理解できる。大きくなるというのは辛いものだな」


 ほぅとため息を吐かれる伊豆守。どうやら武田にも悩みがあるように見受ける。やはり、武田としても和睦はしたいのではないだろうか。少し揺さぶりをかけてみる。


「もし、万が一ではありますが三村が降伏するとなると――」

「ならん。三村は根伐りにせねばならんのだ」


 力強い言葉で明確に意思表示をする伊豆守。これは取り付く島も無いかと思われた矢先、伊豆守が言葉を悩みながらも続けた。


「だが、そうだな。備中を明け渡し、三村紀伊守が腹を召すというのならば、子女は助命しようではないか」


 三村紀伊守には八人の子女がいる。だが、この戦で次々と討ち死にをしているのが事実。そこから察するに、何としてでも三村紀伊守だけは生かしておけないようだ。


「かしこまった。その旨、兄者に伝えておきましょう」

「その条件を飲んでくれるのならばいつでも和議に応じるぞ」


 その言葉を耳にして話し合いを終える。伊豆守が退出され、俺と伊豆守の小姓だけが残される。小姓は目を伏せ、ただじっとしている。静寂が耳に痛い。


 色々と考えさせられるものであった。俺も伊豆守も立場は近しい。俺は大大名である毛利元就の息子。向こうも若狭国の大名であった武田義統の子だ。


 しかし、同い年、同じ立場にもかかわらず当主になるとこうも差が出てくるものなのだろうか。俺は伊豆守に畏敬の念を感じざるを得ないのであった。

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