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京に蛇を

永禄十年(一五六七年)八月 若狭国 後瀬山城 武田氏館


「どうです? 良い太刀でしょう?」

「ほう……これは来派の国光か。綺麗な刀だな」

「そうでございましょう。何と言っても刃紋が美しゅうございます」


 俺が組屋の源四郎と商談に花を咲かせていたとき、それは突然訪れた。新たに小姓として召し抱えた井伊直親の息子である井伊万千代が俺の傍に跪き、耳打ちをする。


「御屋形様、小早川左衛門佐の使いなる者が参っておりまする」


 小早川左衛門佐というと、小早川隆景か。さて、何用だろうか。いや、わかっている。みなまで言うな。十中八九、備中と美作で起こっている三村討伐の戦の件だろう。


「左衛門佐が直々に会いたいと?」

「使いの者はそう申しておりまする」


 小早川のことである。つまり、内々に話がしたいということなのだろう。その場合、俺はどのような手を取るべきなのか、頭を巡らせる。


「使者殿には断りを入れておけ」

「かしこまりました」


 まずは断る。小早川が密談を持ち掛けて来たということは、三村が毛利に泣きついたということだ。つまり、三村としては相当に苦しいに違いない。だが、次に要望があった場合は会うつもりだ。


 そこで、我らとしては三村が治める備中を再起不能になるまで、完膚なきまでに荒らし尽くす必要がある。もう統治は出来ぬ。国境を備前から美作そして伯耆で確定させるしかない。理想は備中を奪い備中と伯耆で毛利と和議を結ぶことであったが、こればかりは出来ない。欲張って何度も痛い目を見ているのだから。


 いや、待て、待てよ。むざむざ毛利にくれてやるのも馬鹿らしい。それであれば壁をつくるべきだ。尼子という壁を。伯耆を制しているのも尼子。伯耆と備中で尼子という名の壁を構築するのだ。


 今、尼子勝久はひょんな手違いで居城を崩されてしまっている。これ幸いと尼子勝久を備中の大名に仕立て上げるのも悪くはない。同族が治めるのだ。尼子義久も同意してくれるだろう。


「万千代、十兵衛に早馬を飛ばせ」

「承知仕りました」


 十兵衛に当てた手紙には指示ではなく提案として伝えることにした。俺はこのように考えているのだが、どうだろうかと。普通の将であれば阿るところだが、十兵衛ならば正しく判断してくれるだろう。


 備中では乱妨取りも許可してある。これで雑兵の憂さ晴らしになってくれると良いが、癖になると困る。将というのは難しいのだなとつくづく思い知らされる。


「大変でございますな」


 そう声をかけたのは組屋の源四郎であった。そういえばこ奴が居たのを忘れていた。そのような目を向けていると先を打たれて「退室を命じられておりませぬので」などと宣う始末。肝が据わっている商人だ。


「武田様は西でも東でも大変そうですな」

「なに、そんな苦労はない。優秀な家臣も多いでな。西は十兵衛に任せておけば良く、東は上野之助に任せておけば良い。我らは盤石だ」


 そんなことはない。東も西も南も敵だらけだ。だが、源四郎は我らと懇意にしているが、他家とも懇意にしている可能性がある。隙は見せられない。


「それは素晴らしいことです。では、そろそろ官位などをお求めになられては如何にございましょう?」


 官位。官位かぁ。正直、そこまで魅力を感じないというのが事実。この時代に官位は有名無実化しているのが実情で、金銭で官位が買えてしまうのだ。


「もし、武田様が朝廷と懇ろになっていれば、今のような将軍位の争いもなかったでしょう。朝廷が武田様にどちらが将軍位に相応しいか尋ね、それで決まる。残念ながら三好様はそれになれなかったようですな」


 ああ、成程。つまり源四郎はこう言いたいのだ。将軍位の争いだなんだに巻き込まれて辟易とするくらいなら、いっそのこと朝廷を抱き込んでしまった方が話が早いぞと。銭で解決できるのだぞと。


 そう言われると官位を授かるのも吝かではなくなってくる。まだ、この時代は朝廷に価値があるのだ。実際に貰う貰わないは別として探りを入れておく分には問題ないはず。


 親族である久我晴通に手紙を送る。内容は至って簡素だ。いくら積めばどのような官位を賜れるか。それを尋ねたに過ぎない。その手紙を源四郎に託し、銭を握らせて贈り物を用意させる。


「毎度毎度ありがとうございます」

「抜け目のない男だ。折角だ。言伝も頼もう」


 源四郎に言伝を頼む。内容は早く平島公方を将軍位に据えろという内容だ。文に認めることはできないため、源四郎に口頭にて圧をかけさせる。久我晴通としては足利義秋に継いで欲しいみたいだけど、そんなもんは無視だ無視。


 源四郎が立ち去る。俺は祐筆を呼び、手に入れた来国光の白鞘に鞘書を入れさせる。家臣への褒美用にするか、それとも自分の愛刀にするか頭を悩ませるのであった。

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