その労の価値は
永禄十年(一五六七年)七月 安芸国 福原左近允貞俊
「失礼いたします。殿、お客人がお見えになっておられます」
「客人? 誰だ?」
「三村宮内少輔なる者にございます。火急の用なればお目通りをと」
三村、三村か。厄介なことになった。もし、若狭武田に我らと三村が内通していることが露見したら大事になる。儂の命は無くなるだろう。冷静に対処せねば。
「何用だと?」
「はっ。三村と武田の和睦を取り次いでいただきたいとのことにございます」
三村と武田の和睦。どうやらいよいよ三村も進退窮まったか。しかし……悪くない手である。我らとしても両者が和睦してくれる方がありがたい。
「そうか、話を聞こう。通してくれ」
「はっ」
すると、若武者が供を伴って入室してきた。戦場から出てきたのだろう。さて、三村と若狭武田の戦況を詳しく伺うとするか。
「福原左近允である。遠路はるばるよくぞお越しくださった。まずは一服落ち着かれよ」
「忝う存じまする」
若武者が白湯を啜る。どうやら一心地ついたようだ。自己紹介を済ませ、落ち着いて現況を話し始める元範なる武者。噂には聞いていたが三好と武田が手を組んだのは本当らしい。
「それで、我らには何を望むのか」
「出来ますれば、我らと伊豆守殿との取り成しをお願いしたく存じ上げまする」
悪くはない。悪くはないが足元を見て吹っ掛けても良いやもしれぬ。領地の割譲を望むか。いや、下手に領地に手を出したら若狭武田に何を言われるかわからぬ。ここはやはり錢だ。
「もちろん取り成してやりたい気持ちはあるのだが、向こうに納得してもらう材料が無ければなんとも。其の方らは何を差し出せるのだ?」
三村の三男坊に答えが出せるかどうか。後ろをちらりと見る。そして頭を垂れてこう述べた。
「我ら三村家一同、毛利様に臣従したく存じ上げまする」
すべてを差し出してきた。しかし、これは不味い。我らは三村を臣従させるわけにはいかないのだ。臣従させてしまえば、武田に付け入る隙を与えてしまう。それこそ三村と心中することになってしまう。
「待て待て。某の判断ではどうともできん。今より左衛門佐様に沙汰をいただく故、着いて参られよ」
これは某如きでは判断できぬ小早川左衛門佐様に急ぎお知らせすることこそが毛利家のためである。急ぎ先触れを走らせ、身支度を整えて彼らを率いて西に向かう。
道中にて武田との戦について話をした。どうやら武田はなりふり構わず、本気を出してきたようだ。備前の村々を焼いて回っているのがその証左だろう。
これは美作の国衆たちが憂さ晴らしに行っているのかもしれない。しかし、それを止めていない以上、武田も同罪である。だがしかし、それほどまでに三村が手強かったとも言えよう。
我らと武田との国境は決まった。備前か、美作か。急ぎ吉田郡山に向かい小早川左衛門佐様に目通り願った。左衛門佐様は難しい顔をしている。
「今一度、詳しい話をお聞かせ願いたい」
左衛門佐様が涼やかにそう仰られた。三村元範が詳らかに現況を説明する。そして臣従する意思を伝え、供の者と共に深く頭を下げた。その目には涙が浮かんでいる。しかし、左衛門佐様の表情は変わらない。
「委細承知いたした。一度、伊豆守様と話をしてみることにしましょう」
「おお! 忝のうございます!」
三村元範が感嘆の声と共に再び頭を垂れる。左衛門佐様は微動だにしない。そして元範に丁寧に優しく声をかける。
「後事は我らに任せ、其許は急ぎ紀伊守の許に戻られては。今頃は苦戦を強いられているでしょう」
「お言葉に甘え、失礼させていただきまする」
男泣きを終えた元範は供を連れて退室し、足早に東へと戻っていった。遠くへと立ち去ったのが確認できてから、ようやく重い口を開いた。
「面倒なことになりましたね。さて、どうするのが我ら毛利の益となるでしょうか」
「和睦の仲介をすることは賛成にございます。どう転んでも我らに益はあるでしょう」
思わず口を挟んでしまった。まず、我らには二つの選択肢がある。三村を見捨てるか助けるかだ。これは後者の方が我らの為になる。必ず後者を選ぶべきなのだ。
三村を見捨て、武田と領地を接するなど言語道断である。必ず緩衝地としての三村を残すべきなのだ。また、和睦の仲介をすることで存在感を示せる。中つ国の雄は我ら毛利なのである。
「果たして、本当にそうだろうか?」
「え?」
「我らは武田と三村の諍いに口を挟まぬと約束した身。和睦の提案はそれを反故にしたと捉えかねぬ」
「であれば、三村を見捨てろと?」
「先を考えるのであれば、それも一考だろう。ただ、毛利と武田の力関係は逆転しているやもしれぬがな」
自嘲めいた笑みを浮かべる左衛門佐様。馬鹿な。そのようなことが起こり得る訳がない。ただ、左衛門佐様がぽつりと「大内のように」と零した言葉で肝が冷えた。
我らは大内を食らい、尼子を食らい覇者となった。喰らうことが出来るということは、いつでも喰らわれるということである。
「とはいえ、福原殿の言に一理あるのも事実。今のうちに主従をはっきりさせておくのも手ではある。はてさて、どうするべきか」
こうなってしまった以上、某としては左衛門佐様に全てをお任せするしかない。どうやら三村に肩入れし過ぎてしまったようだ。気持ちを切り替えて沙汰を待つのであった。
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