油断と慢心と過信と
永禄十年(一五六七年)七月 備中国 鶴首城 三村紀伊守家親
「ご注進にございます! 修理進様、お討ち死に!」
「なんだと!?」
今日の始まりは最悪であった。息子の討ち死にの報せを皮切りに、続々と悪い報せが入ってきた。三好勢が小田郡にて乱捕りを行っている。阿賀郡も散々に荒らされているという。
武田三河守と垣屋隠岐守の軍勢は追い払うことが出来たが、その後ろに控えている明智十兵衛の軍がしぶとい。これが本隊だろう。むしろ、婿殿たちは少数でよくやっていると思う。
ただ、こうなってしまうとじりじりと貧するだけである。どこかで打開を図らねばならん。まず、現況を冷静に分析する。冷静さを失のうたら負けだ。
まず、我らが取るべきは二つ。継戦か降伏か。これは継戦一択である。降伏などない。だが、現状を鑑みるに、このままだと勝機もない。では、どうすれば勝機を見出せるのか。
思い付くのは毛利の参戦である。この際、なりふり構っていられない。毛利を引きずり込むためにはどうするべきか。我ら三村が毛利と通じていることを暴露すれば良いのである。
そうすれば毛利も戦線に加わらなければならないはずだ。毛利の後ろ盾があればまだ戦える。しかし万が一、毛利から見捨てられたらどうする。
あくまでも毛利と我らとの密約だ。それをこちらから反故にするのである。その可能性は大いにある。駄目だ。この案は採用できぬ。額から溢れる汗が止まらない。
その策が採れないのであれば残った策は多くない。寡兵をもって大軍を制すには奇襲が一番である。故事にもそう記されている。夜討ち朝駆けだ。毛利も厳島で出来たのだ。儂にだってできるはず。
兵を一か所に集めれば一万は居るはず。領地の被害は大きくなるが各個撃破できる。それを四回繰り返せば良いのである。この程度の難所、何度も潜り抜けてきたわ。
「息子たちと婿殿の兵を下げるよう伝えよ。そしてこの鶴首城に集まるようにと」
「承知!」
兵を走らせる。その間にも情報は続々と集まってくる。それを地図の上に反映させていく。まず、三好勢は進路を東に取っているようだ。そして南から向かってくる伊豆守の軍勢は西に向かっている。
どうやら、この両軍は合流を図ろうとしているようだ。そうすると合計兵力は一万となるだろう。しかし、船頭多くして船山に上るとも言う。連携が上手くいかないはずだ。
北部から侵入してきた伊豆守の軍はそのまま南下し、本陣と合流するようだ。本陣も徐々に北上している。四つの軍を二つの軍に再編し、南北から挟撃しようというのだろう。
国衆は衆寡敵せず。次々と降伏して開城しているようである。こればかりは儂でも止められぬ。やはり毛利が動かねば国衆は留まってはくれぬか。
これで兵数による有利差はなくなり、奇襲によって先手をとるしか残された手はない。どちらが組みやすいか。南だろう。三好と伊豆守の混合軍だ。連携が取れないはず。
机上にて家臣と論議を交わす。その間に続々と息子たちが集まってきた。表情はまだ死んでいない。まだ戦うことが出来る。
「恐れながら父上」
「なんじゃ」
三男の元範が儂に話しかけてくる。どうやら献策があるようだ。素直に耳を傾ける。
「此度の伊豆守の軍勢、本気にございます。であればこそ、毛利殿を頼り、和睦してみては如何にございましょう」
和睦。元範がそう申した。和睦は確かに考えておらなんだ。和睦に応じる応じないにかかわらず、毛利の話であれば兵を一度は止めてくれるはず。一息つけるのだ。悪くはない考えである。
「悪くはない。お前はそのまま福原左近允殿の元に向かってくれ」
「ははっ」
元範が数人の供を連れてこの場から立ち去っていく。軍を再編し、鶴首城を出発して南下する。狙うは三好長治と黒田官兵衛の首である。兵は神速を尊ぶ。三村の用兵、見せてしんぜよう。
◇ ◇ ◇
永禄十年(一五六七年)七月 備中国 黒田官兵衛孝高
「ご助力、感謝いたしまする」
某は参戦してくださった三好長治に感謝を述べる。三好勢の働きが今回の備中攻めの可否を握っていると言っても過言ではない。御屋形様も明智殿も同じ認識である。
「これも三好のことを思えばこそ。これで御屋形様のお心を安んずることが出来るのであれば安いものだ」
堂々とした受け答えをする長治殿。これも篠原殿の薫陶のお陰だろう。挨拶もそこそこに長治殿と軍議を開く。同席したのは篠原、十河、宇喜多、本多などである。
さて、ここからどうしたものか。既に御屋形様の御心には備中を治める考えはないであろう。領内をいくら荒らしても問題はない。
そこで領内を積極的に荒らしに行く案と、三村家親を迎え撃つために防備を固める案の二つが考えられる。ここは敵地だ。拠点となる場所が欲しいところだ。
「我らは一万となり申した。三村とて先の傷が癒えてないはず。一気呵成に三村紀伊守を狙うべきである」
そう述べたのは篠原殿である。面白い着眼点だとは思う。我ら武田勢にはその視点は皆無だろう。だからこそ相手の虚を突くことが出来る。できるがあまりにも危険を孕んでいる。
「如何なものか。窮鼠猫を噛むとも申される。死に体だからこそ、何をやってくるかわからぬのだ。まずは拠点を築くことこそ肝要であろう。徒に兵の命は捨てられぬ」
そう述べたのは本多の三弥殿である。如何にも上に噛み付き、下を檄する彼らしい意見だ。ただ、今この場に際しては、言うのを躊躇った内容を、躊躇なく発言してくれることは助かった。
「それは、其の方らは三村紀伊守の兵が怖いと申すか?」
「左様にござる。三村紀伊守の用兵巧みなれば、安易に攻め掛かれば我が方の被害甚大になりましょう」
そう挑発したのはまだ若き大将である長治殿であった。堂々とし、自信に溢れているのは素晴らしいことだが、思慮が足りぬ。大将としては不十分である。
「では、三好阿波守様が先鋒となり、三村紀伊守を討ち滅ぼしていただきたい」
喧嘩腰で返す三弥殿。上手く話しを持って行ったものである。篠原の兄弟や十河には口を挟ませない。明らかに試しているようである。
「良いだろう。その三村紀伊守ごとき、我らで刈り取ってくれよう」
鼻を鳴らしながらそう宣言する長治殿。おそらく三村元親を討ち取った自信からそう宣言しているのだろう。堪え性が無いのもまたいただけない。
「上手くやるものだな」
横で宇喜多和泉守殿がぼそりと呟いた。海千山千の経験豊富な我らに対し、弱冠十四、五の長治殿。大人げないと言われたらそうかも知れぬ。しかし、そんな泣き言は言ってられぬのだ。
「まずは宇戸谷にある茶臼山城を攻める。その先鋒をお願いしたい。如何か?」
「構わぬ。我らに任せてみよ」
売り言葉に買い言葉である。しかし、これで方針は決まった。決まってしまった。篠原殿は後ろで頭を抱えていた。心中、お察し致す。某は小声で宇喜多殿と意思の疎通を図る。
「拠点を築けなかったのは痛いが、先鋒を引き受けてくれたのは僥倖ですな」
「然り。我らは後詰めとなって美味しいところだけをいただくとしよう」
「気を付けるべきは奇襲ですな。三好との戦を嫌がり、迂回して我らを狙うやもしれぬ。それに備えるだけかと」
三村紀伊守は神出鬼没である。どこから襲ってくるかわからぬ。勝手知ったる備中の土地。用心するに越したことはない。
我らは互いに頷き合って粛々と支度を進めるのであった。
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