どうする家親
永禄十年(一五六七年)七月 備中国 鶴首城 三村紀伊守家親
「ご注進にございます。武田伊豆守が攻めてまいりました。その数、五千!」
兵士の一人が大声でそう叫んだ。やはり来たか。伊豆守が東へ向かったのは罠よ。彼奴がそう簡単に諦めるような男ではない。以前に小早川殿が仰っていた、その通りである。
しかし、五千か。少ないな。ということは別に動いている兵が居るはずである。儂は兵を走らせ、国境を見張らせた。すると、続々と報せが届いてくるではないか。
「ご注進! 北より五千の兵が向かっておりまする!」
「ご注進。南より五千の兵が向かっており申す!」
総勢一万五千の兵で狙ってきたか。兵を分けてきたのであれば、各個撃破の良い的である。深く入り込んだところを狙って疲弊したところを一網打尽にしてやろうぞ。
しかし、次の報告は儂の予想外であった。流石は伊豆守、儂の想像を軽く超えてきよる。
「ご注進にございまする! 南より三好阿波守、十河隼人佐が攻め掛かりましてございまする! その数は五千!」
これには儂も驚いた。伊豆守と三好は不倶戴天のはず。伊豆守は足利義秋の甥で、三好は足利義栄を担ぎ上げている。犬猿の仲のはずなのだ。それが共闘している。それだけ、儂を憎く思っているということなのだろう。
いつの間にか握り拳をつくっておった。手のひらを見るとじっとりと汗を掻いている。ここまで来ると、流石に形勢が不利だ。このまま三好に備中の南西を抑えられると毛利からの支援が届かぬ。
「ぬぅ」
思わず声が漏れる。盤上に駒を置き、伊豆守の軍を可視化した。北はまだ備中に入っておらん。南もである。東から攻め寄せる軍が備中に入ったようだ。
「動きはどうだ」
「はっ。手近な村々を荒らし乱捕りを始めたとのことにございます」
「……その報せ、真か?」
「真にございまする」
とうとう村を焼いたか。伊豆守は本腰を据えて侵攻してきたと見える。思わず、汗がこぼれ落ちた。このまま放置すれば国衆は我らを見限って伊豆守に付く。村を焼かれたら困るからだ。
「兵を出すぞ。婿殿に声を掛けよ」
「ははっ」
まずは一当てする。伊豆守の軍勢の反応を見るためだ。どっしりと構えたいところだが、乱捕りを行ったとなれば悠長なことは言ってられない。早く鎮めなければ領地の運営にかかわる。
婿殿には千、いや二千の兵を率いてもらい伊豆守の軍を退けてもらう。明らかに不利なのは理解しているのだが、一か所に多く回すことは出来ない。
これが全て伊豆守の軍であれば良いのだが、異彩を放つ三好の軍勢。果たして三好に売られた喧嘩を買っても良いものなのだろうか。それがわからない。わからないから、動けない。
進路から推測するに、三好勢は小田郡から侵入してくるようだ。伊豆守は一番いやらしいところに三好を置く。毛利に助けを求めて良いものだろうか。
毛利が儂を表立って支援することはない。このことが露見したら儂などあっさりと見捨てられるだろう。慎重に事を運びたいが、その時間が無いのだ。
荘元祐と三村元範を呼び出す。どちらも儂の息子だ。その補佐に弟の親成を付ける。彼らにも二千の兵を率いてもらい、北から進軍する伊豆守の軍勢にあたってもらうことにしよう。
儂は手勢を率いて南東から来る伊豆守の軍勢を叩くことにする。それから三村元親を南西に送り込んだ。元親には三好勢を説得してもらう。状況が状況である。こちらも厚遇をもってすれば離反はあり得るはずだ。
その気概で伊豆守の軍勢が出張ってくるのを今か今かと待っていたのだが、一向に攻め寄せてこない。来るのは三好勢と垣屋、武田三河守など小物ばかりである。
軍権を預かっている将――確か明智十兵衛と言ったか――は万全を期すようだ。いや、違うな。儂らと三好を食い合わせようという腹らしい。となれば、鍵は元親にある。
元親が三好勢を翻意させることができれば儂らの勝ちの目が見えてくるのだ。伊豆守と三好は同じ将軍を仰ぐことができない立場。必ず綻びが入るに違いない。そうせねば我らの勝ちは無いのだ。
伊豆守の軍勢が国境で待機しているのは、三好勢に汚れ役を押し付けたいがために違いない。このままだと被害を被るは必至。味方に引き込めるはずである。
三好勢さえ翻意させてしまえば、あとは此方のものである。断腸の思いだが、全てを元親に任せ、儂も具足を付けて出陣するのであった。
◇ ◇ ◇
永禄十年(一五六七年)七月 備中国 小田郡 十河隼人佐存之
篠原殿と共に海を渡り備中国へ足を踏み入れる。下船中を狙われるかと思ったのだが、意外にも三村家親は攻め寄せてこなかった。察するに、我らの登場が予想外だったのだろう。伊豆守様の思惑通りだ。
しかし、我らも背水の陣である。東に展開している黒田官兵衛殿の部隊と連携して備中を掻き回すことにしよう。と思ったところに思わぬ来客である。三村家親の嫡子、三村元親だ。彼の者の使者が訪れる。
「我らは三村修理進の軍である。三好左京大夫の軍とお見受けした。大将は誰ぞ!」
その声に呼応するかどうか躊躇してしまった。某も大将格の一人である以上、名乗り出てもおかしくはないのだが、総大将は三好長治殿。実質の所を申せば篠原長房殿である。
「儂が大将の篠原紫雲じゃ。三村の子倅が何用だ。さっさと失せろ。その首掻き切るぞっ!」
大声でそう脅して使い番を追い払う。どうやら三村家親、元親親子は思い違いをしているようだ。我らであれば説得で伊豆守様と対立させられると思っているのだろう。
甘い。甘露よりも甘い。某がどれだけ伊豆守様に恩があるか。もう頭が上がらぬのである。それに三好全体としても伊豆守様を敵に回すことは出来ない。
畿内に近く、五十万石を超える大名である。隣には縁戚の朝倉氏。後顧の憂いなく全軍で攻めてこられたら、いくら三好といえど被害は小さくないのである。
また、その伊豆守様が折れて我らと同じ平島公方様を奉戴してくれるのである。我らとしてもこの機を逃すわけにはいかないのだ。篠原殿もそれを理解していると見える。
「十河殿、先鋒を任せてもよろしいか?」
そんな篠原殿が某に話しかけてくる。もちろんである。二つ返事で快諾した。すると、篠原殿が某に対し、こう言葉を零す。
「彦二郎様も齢十四である。もう少し戦というものを経験してもらいたい。この戦は恰好の場よ」
そう。毛利も三村も我ら三好においそれと喧嘩は売れないはず。こちらから毛利に対し、働きかけをするわけでもなく、また三村にとっても彼奴等の仇はあくまで武田である。
「まずは戦場の荒らし方から教えねばな」
そう言ってにやりと笑う。そうだ。我らはこの地を治めるわけではない。乱捕りし放題なのである。銭までもらえて乱捕りできる。それくらいやらないと旨味はない。こうして我らの備中荒らしが始まったのであった。
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