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備中騒乱

 永禄十年(一五六七年)七月 美作国 津山城 明智十兵衛光秀


 御屋形様から文が届いた。どうやら三好勢に助力を請うたようである。その結果は可。彼らを上手く操り、三村家親を滅せと記されていた。


 時間は掛かったが、体勢は整った。武田三河守の尼子攻めの件も丸く収まったと聞く。万全の態勢だ。今ならば力押しでも鶴首城を抜くことが出来るだろう。


 前田利家、宇喜多直家、黒田官兵衛に草刈景継など、諸将を津山城に呼び寄せた。軍議を始める。この戦も長く続いてしまっている。そろそろ終わりにしたい。


 集まった兵数は一万五千だ。さらに三好からの援軍が五千、合わせて二万の大軍で攻め掛かるのである。今回で根伐りにしてしまいたい。


 また、御屋形様も覚悟を決められたようである。備中を諦めるようだ。備前、美作、因幡までを所領とする心積もりらしい。そのため、戦場となる備中は存分に荒らしても良いとのこと。


 今まではその後の統治のために備中を荒らせずにいた。しかし、次の戦はそうではない。歯向かうものは手打ちにし、田畑を焼いてでも三村を討ち滅ぼす。


「御屋形様はそのご覚悟である。各々方も覚悟を決めていただきたい」


 空気が引き締まる。そこからの軍議は有意義なものであった。逸見虎清が率いる若狭衆が美作の西から備中の北東へ侵攻する。黒田官兵衛率いる備前衆が備中の南東から攻め立てる。


 三好勢は海を渡って備中の真南から攻め入り、我ら本陣は津山城から進路を西に進み、備中の真西から攻め進む。四方向からの殲滅戦だ。


 事前に毛利には通達してある。三好勢も馬鹿ではない。備中から西、備後には間違っても進むことはないだろう。三好としてもこれ以上、敵は増やしたくはないはずだ。


 万が一、毛利が我らと手を切って三村側に着いたとしても被害に遭うのは三好勢である。我らとしては丁度良い捨て石なのだ。役割を再確認し、解散とする。


 出来る手は打っておく。我ら真西から攻める本陣の先鋒は垣屋隠岐守恒総と武田三河守高信にお願いした。あくまでも同盟国として助けて欲しいと助力を請うた形である。


 そうは言っても向こうは我らの機嫌を損ねることは出来ない。首を縦に振るしかないのである。彼らも感じているはずだ。信用が薄いから先鋒にされたのだと。


 そういうつもりではないのだが、今回ばかりはなりふり構ってられないのだ。なんとしてでも三村家親を滅ぼす。滅ぼさなくてはならないのだ。寝る間を惜しんで考えを巡らす。


「殿、殿」

「ん、ああ。なんだ?」


 いつの間にか某の傍に藤田伝五はが待機していた。心配そうにこちらを見ている。どうやら思案に耽っていて伝五に気が付けずにいたらしい。


「あまり根を詰められたら体調を崩しますぞ」

「そうは言うがな、もう失敗することは許されぬのだ。出来る手は打っておきたい」

「そうは仰いますがね、御屋形様は備中よりも殿を取ると思いますよ」

「だからだ。だから御屋形様のご期待に応えたいのだ」


 両の手に思わず力が入る。先の備中攻めでは予定外のことも多く発生したため、上手く事を運ぶことが出来ずにいた。しかし、今回は違う。覚悟が違うのである。不退転の覚悟で挑む備中攻めだ。


 翌日から進軍を開始する。一万の本陣が備中の松山を目掛けて進んでいく。兵糧は美作の鶴田や勝山に置いてある。種子島も五百挺持たせてある。玉薬も十分だ。


 先鋒である垣屋隠岐守と武田三河守が備中に侵攻した。早速、田畑を荒らして乱捕りを始めている。それを咎めるつもりもない。我らはただじっと待機する。


「伝五、若狭衆と備前衆から遣いは来ているか?」

「まだ来ておりませぬ」

「三好からは?」

「何も」

「そうか」


 我ら本陣は若狭衆と備前衆の両衆と歩調を合わせて進む。備前衆は三好勢と歩調を合わせるため、必然的に全軍が同時に攻め掛かるようになっているのだ。


 兵を分けたことが吉と出るか凶と出るか。気を付けなければならないのが各個撃破だ。そのため、備中には深入りせずに、いつでも兵を退けるよう整えておく。


「ご注進にございます。垣屋隠岐守と武田三河守ともに攻められてございます。寄せ手は上野肥前守隆徳に」

「人数は」

「二千の兵にございます」

「そうか」


 どうやら三村家親の娘婿が出張ってきたようだ。兵数も多くない。急ぎ、迎え撃つための陣を築かせる。垣屋隠岐守と武田三河守の両名を見捨てたと罵られても良い。勝つことが大事なのだ。


 ただ、ここで三村の兵を減らせるのなら嬉しいことはない。被害と損害、どちらが大事か天秤にかけることも必要である。今、抑えたいのは被害だ。自軍の被害である。


「垣屋と武田の戦に加勢はせぬ。だが、逃げてくる者があれば後ろに逃がしてやれ」

「はっ」


 今度こそは必ず仕留める。三村家親、首を洗って待っていろ。


◇ ◇ ◇


 永禄十年(一五六七年)七月 備中国 阿賀郡 山内伊右衛門一豊


「奪えぃ! 焼けぃ! 御屋形様に楯突く者は全て敵じゃぁっ!」


 某は声を上げ、兵を鼓舞しながら村を襲う。今、我らの財政は逼迫しているのだ。武田三河守殿と尼子式部少輔殿とに支払った銭で我が家はすっからかんである。


 武田右衛門佐様にも銭を工面してもらったが、それでもまだ足りぬ。つまり、借銭してしまったのだ。御屋形様はこの借銭というのを心底嫌がっている。


 というのも、御屋形様の育った若狭では借銭と土地の売買が激しく、それが原因で身持ちを崩す武士が多かったからだ。ただ、だからこそ御屋形様は銭で若狭の売られている土地を買い占められたのだが。


 話が逸れた。つまり、某は手柄を立てて早くに借銭を返済しなければならないのである。御屋形様も仰られていた。失敗は悪いことではない。その失敗からどうやって挽回するかであると。


「勘左衛門、吉兵衛、どんどん村を襲うぞっ!」


 お千代に苦労をかけるわけにもいかん。どんどん手当たり次第に乱妨取りを行い、銭になりそうなものを片っ端から掻き集めていく。


「殿、お役目を忘れてはなりませぬぞ」

「わかっておる」


 勘左衛門が諫めてくる。わかっていはいるが、尻に火が付いているのだ。折角、知行二千石ほどで召し抱えて貰えているのだ。どんどんと前田又左衛門との差が開いていく。


 御屋形様が御冗談で「お前は又左衛門、お前は伊右衛門か。右と左で縁起が良いな。そのまま武田の左右を守ってくれ」などと仰られてはいたが、左ばかりが活躍するばかり。口惜しい。槍を握る手に力が入る。


 三村勢が動くまで我らは田畑を荒らして回る。すると、一人の若武者がこちらに向かって走ってきた。背負っている旗から逸見殿の遣いだとわかる。


「ご注進にございます。荘式部少輔の軍勢が向かっているとのことにございます」

「あいわかった」


 どうやらここまでのようである。欲を出して失敗することだけは避けたい。あくまでも我らは助功。無理を言って参戦させてもらったのだ。若狭衆の邪魔は出来ん。


「撤収する。貝を吹け」

「ははっ」


 乱妨取りした荷を馬に載せ鳥取へと戻る。これで借銭が減れば良いのだが。まだまだ明るくならない未来を憂いながら帰路につくのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 適度に借財しないと社会も会社も小さくまとまっちゃうんだけどなあ
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