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将軍位簒奪会議

ストック尽きるまで更新続けます。

切れたらストックできるまで更新止まるかもしれません。

 永禄十年(一五六七年)四月 越前国 一乗谷


 一方そのころ、俺はというと西での出来事など知らず、兵を引き連れ一乗谷に向かう。出迎えはいつも通り朝倉景鏡である。今回ばかりは丁度良かった。渡りに船だ。朝倉義景と足利義秋に会う前に状況を伺っておこう。


「式部大輔殿、公方様にお会いする前に、ちと話をしたいのだが何処か場所を設けてはくれないだろうか?」

「それくらいお安い御用にございますれば。早速手配いたしましょう」


 景鏡が部下に耳打ちをする。その部下が首肯してから駆け出して行った。俺は景鏡の別の部下に馬を預け、伝左衛門と共に景鏡の後を追う。


 向かった場所は、以前に光秀と訪れた景鏡の屋敷であった。促されるままに中を進んでいく。そして人目のつかない部屋に通される。殺されるのではないかと内心、冷や冷やしていたのは内緒だ。


「まずは伊豆守様。敦賀郡司のあの親子を追いやってくださり、誠にありがとうございまする。心ばかりではございますが、お納めくだされ」


 そう言って景鏡が差し出したのは二つの袋である。中には砂金がぎっしりと詰まっていた。ごくりと喉が鳴る。蔵にはこの何十倍、何百倍の金が眠っているが、やはり目の前に金を差し出されると心が躍ってしまう。


 受け取っても良いものか。悩ましい。だが受け取りたい。目先の利益に走ってしまいたい。俺は目を瞑ってじっと考える。そして言葉を発した。


「片方は受け取っておこう。もう片方は式部大輔殿に。これからも末永い関係を築いて参りましょう」

「そう仰っていただけるは感涙の極みにございます。是非とも良しなにお願い申し上げまする」


 朝倉景鏡は破顔してこちらを向く。何というか簡単な男だ。俺も笑顔をもって答えた。そんなことより本題である。俺は砂金を懐にしまって話を切り出した。


「お伺いしたいのは公方様のことである。やはり上洛を逸っておられるか?」

「ですな。六角右衛門督様が家督を譲られ六角家が公方様に忠誠を誓いましたからな。上洛までの障害は無いとお考えなのでしょう」

「しかし、上洛となれば三好と戦になりましょう。叔父上(よしかげ)はどうお考えで?」

「我が殿は上洛に消極的ですな。そこで公方様が焦れておりまする」

「だから我らを一乗谷に集め、なし崩しで上洛を決めようとしているわけであろう。叔父上は我らが来るのをご存じで?」

「存じておりませぬ。公方様が直々に某めに命じられました故」

「それはなんとも……」


 朝倉と足利の仲が違えるのは必定だ。このままでは上洛どころでは済まされないぞ。かと言って、公方様に肩入れしない訳にも行かない。嫌な板挟みにされたものだ。


 朝倉景鏡を総大将に上洛をとも思ったが、流石に難しいか。上洛の総大将なのだ。当主が務めるべきである。でなければ周囲に不審がられるだろう。


「浅井新九郎殿、新たに家督を継がれた六角中務大輔殿も一乗谷に参られるので?」

「両名ともに公方様に呼ばれておりまする。某が命を受けて呼び申した。殿には内密でと公方様が仰せに」

「おぉぅ」


 思わず声が漏れる。予想通りではあったが、改めて突きつけられると驚くものがある。幸いなことに浅井、六角の両名は到着していないようだ。今のうちに挨拶してずらかるべきか。


「式部大輔殿はこの件を如何お考えで?」

「某は上洛に賛成ではあるのですが、殿が動かれない限りは何とも……」


 正論である。だが、俺としては明言を避けた、逃げられたという印象の方が強い。毎度のことながら当主とは決断を迫られるものである。


「叔父上が消極的なのは理解した。実を申せば、我らも三好と戦になることは避けたい。公方様には従うが、叔父上には上洛していただきたくないのが本音です。戦になれば、なにかと入用になりますのでな」

「然り。では我が殿と公方様が仲違いするよう、某も動きましょう」


 朝倉景鏡はどうやら両方に良い顔をするつもりのようだ。足利義秋には自分は上洛したいが殿が動かないのでと言い、朝倉義景には銭が掛かるので上洛は止めましょうと言うのである。表裏比興とはまさにこのこと。


「よろしくお頼み申す。では、私は明朝、公方様にお会いして参ろう」

「それがよろしいかと。今日は宴を用意しました。今は難しいことを忘れて楽しみましょうぞ。おい、これへ!」


 またいつもの景鏡の動きである。顔を引き攣らせながら景鏡の宴に参加し、早めに切り上げたのであった。


 ◇ ◇ ◇


「公方様に於かれましてはご機嫌麗しゅう存知奉りまして、誠に結構なことと承ります」

「堅苦しい挨拶は要らぬ。其方がいの一番に駆け付けてくれたことは嬉しく思うぞ、豆州」

「ははっ」


 早朝から足利義秋に目通りする。立ち合いは朝倉義景と三淵藤英、俺の護衛は熊谷伝左衛門が後ろで控えていた。立ち合いはそれだけだ。他は部屋の外で待機している。こういう小さなところで点数を稼がねば。


「其方が六角左京大夫を説得してくれたお陰で上洛の道が見えた。其方の手柄ぞ」

「勿体ないお言葉にございます」


 破顔する足利義秋に対し、苦虫を嚙み潰したような顔をする朝倉義景。さて、どうやって立ち回るべきか。出来れば上洛はしないでいただきたい。我らの負担も大きいのだ。


「しかし、上洛となりますと平島公方率いる三好勢と戦になりましょう。朝倉左衛門督様はいつ、どのように上洛をお考えで?」


 話を振られた朝倉義景は苦悩に苛まれる素振りを見せながら首を横に振る。そしてやや演技がかった口振りで義秋を気にしながらこう述べた。


「やはり直ぐにとは。三好との戦になるとあらば軍備も整えなければならぬ。上洛ともあれば一万は用意せねばならぬだろう。調練に調達、早くとも来年になりましょう」


 今度は足利義秋の顔が歪む。そこで口を挟んだのが三淵藤英であった。佐幕の志高いこの男が息巻いてこう述べるのである。


「いやいや、朝倉左衛門督様が全てを用意せずとも武田伊豆守様が二千いや三千を率い、六角左京大夫様が二千を率いれば朝倉左衛門督様は五千で済みましょう。浅井も兵を動かせばそれ以上になりまする。それであれば直ぐにも上洛できるのでは?」

「物事はそう簡単ではございませんぞ。平島公方は少なくとも二万の兵を用意してくるでしょう。であれば我らはそれを越えなければなりませぬ。彼らだけではなく北畠殿、松永殿にも声を掛けなければなりませぬぞ」


 そう口を挟んだのは朝倉景鏡であった。そう。相手は天下の副王の右腕たち。そう簡単に将軍位を譲ってくれる訳がない。


「豆州、其方は如何程の兵を動かせるのだ?」


 足利義秋の問いに全員の視線が俺に集まる。さて、どう答えようか。一万以上動員できると素直に答えたらば、義秋は喜び義景は苛立つだろう。対三村のこともある。その回答は無しだ。


 現実的な回答をするならば五千が限度だろう。兵よりも将が足りない。一人で二千も三千も指揮できるわけではないのだ。将の足りない兵など烏合の衆でしかない。


「はっ。美作や丹波のこともございます。三……四千ほどが限界かと」


 丹波。今、丹波では松永久秀の弟である内藤宗勝と丹波の国衆たち、そして三好勢の三つ巴となっているのだ。俺は虎視眈々と漁夫の利を得るためにじっと息を潜めている。


「左衛門督様は如何程で?」

「……五千程であろうな」


 三淵藤英の問いに応える朝倉義景。見栄だろうか。我らよりも千多く述べてきた。しかし、これでは絶対に三好を打ち破ることは出来ないだろう。


「ふむ。ならば上杉に後詰めを頼もうぞ。上杉弾正であらば我が求めに応えてくれるだろう」

「おお、それは良きお考えかと」


 にこやかに足利義秋がそう宣言した。それに追随する三淵藤英。朝倉義景も満更ではない。彼らが欲しているのは盟主の座だけである。それさえ確保できれば問題ないと考えているようだ。


 いや、むしろ上杉に戦を任せ、自身は後方の安全な場所でゆるりとしている心積もりだろう。そうに違いない。それならば朝倉は、乗る。


 上杉謙信。それは、我ら武田の宿敵である。俺の顔には笑顔が張り付いたままであった。願わくば、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いにならず、俺に恨みを抱いていませんように。と祈るほかなかった。


 まだまだ話は続く。俺を除く満場一致で上杉謙信に助力を求めることが決まったのだが、問題は誰が上杉謙信を説得しに行くかである。


「豆州、其方が上杉弾正に上洛の助力を要請してくれぬだろうか」


 足利義秋が言う。どうして俺なのか。反論しようと思った矢先、朝倉義景がこれ幸いと言わんばかりに同意を示した。


「然り。なにやら豆州は本願寺とも仲が良いと聞く。我らは越中の一向宗とは仲が悪い故、越後に向かうこと叶わぬ。豆州、行ってはくれまいか?」


 まさかこんなところで本願寺と懇意にしていたことが裏目に出たとは。確かに本願寺とのわだかまりは無いが、かといって仲が良いかと言われると答えに窮する。


「お待ちくだされ。某は上杉弾正殿の怨敵である武田信玄の孫娘を妻に迎えているのですよ。歓迎されるわけが――」

「其方は儂の甥でもある。将軍の甥ぞ。幕府に忠義を尽くしている上杉が蔑ろにするはずがない。案ずるな」


 俺の言葉を遮って足利義秋が自信を持って宣言する。賛同する朝倉勢。反対しているのは俺だけなのだ。どうすれば断れるだろうか。


 いや、これは無理だ。冷静に考えろ。ここで断った場合、三好との戦で主攻を任されるのは目に見えている。それならば下手に反論せず、受け入れた方が却って得なのではないだろうか。


 上杉が乗った場合、もちろん上杉が主攻を務める。損害が大きいのは主攻を務める上杉だ。だが、武田と交戦中の上杉が乗る確率は低いと言わざるを得ない。


「甲斐武田との和議は?」

「儂が取り成す」

「しかし、上杉は納得しますまい。甲斐武田は上杉との和議を反故にした過去がありますから」


 そうなのだ。第二次川中島の戦いで両者は停戦に合意したのだが、その停戦を破り、武田信玄は何度も北上を狙っていたのである。


「武田は今、南下に執心だ。この和議は武田の方が喉から手が出るほど欲しているのでは。伊豆守様の方がそれを重々承知しているかと」


 そう言う三淵藤英。それは俺も理解している。武田は合意するかもしれないが、上杉が武田を信用せずに和議が成らないと話しているのだ。説得を試みる。


「いや、そもそもである。豆州は甲斐武田の孫娘婿なのだ。ならば甲斐武田の利になるよう、動くべきなのではないだろうか」


 ここで朝倉義景が裏切る。足利義秋についてヨイショした方が得と判断したようだ。ここまで言われてしまったら、俺一人が反論したところで詮無きことである。


「承知仕り申した。では、私は上杉弾正殿の使者をこちらに連れて参りましょう」


 上杉を説得してくるとは言わない。上杉の使者を連れて来るから後は自分たちで説得してくれ。そんな感じで俺は頭を下げた。流石に足利義秋も朝倉義景も首を横には降らなかった。


 さて、どうしたものか。足利義秋の前を辞し、廊下を歩きながら考える。海路で向かうか陸路で向かうか。海路ならば奈佐日本之介の出番だな。


 だが海路だと逃げ場が無い。越中の本願寺――下間頼総か杉浦玄任か――に連絡を取り、通過させてもらうのが安全かもしれない。どちらを選択するか、悩みものだ。


「これは伊豆守殿ではございませぬか。お久しゅうござる」


 声を掛けられて顔を上げる。そこにいたのは浅井新九郎長政であった。爽やかな好青年にすくすくと育った長政が、にこやかな笑みで声を掛ける。


「備前守殿。お久しゅうございます。何年ぶりでしょうか。備前守殿も公方様に呼ばれたので?」

「左様にござる。我らは公方様がお命じになるのであれば喜んで先陣を切らせていただく所存。武門の誉れにございませぬか!」


 どうやら何故呼ばれたのか理解しているようだ。それもそうだ。朝倉から浅井に情報が流れない訳がない。一人気を張って息巻いている。


「我が父御も浅井殿の精強な兵に敗れたのでしたな。その時は頼りにさせていただきます。では」


 頭を下げて横を通り過ぎる。この皮肉、届いただろうか。そうだ。俺には目的があったのだ。皆で父の仇を討つという。


 上杉がどうのこうのと考えるのは、大事の前の小事に過ぎない。ならばこれも好機に変えるべきだ。上杉と誼を通じる良い機会だ。そう思おう。


 そうすれば北も安全になる。本願寺と懇意にしている。武田信玄の孫娘婿。並ぶ条件は決して好材料ではない。それでも腹を割って話そう。


「伝左衛門、小浜に戻り支度をするぞ。さて、誰を使者として上杉に遣わすか。悩みものだな」

「ははっ」


 船で能登半島を迂回するのは、流石に危険が大きい。それならば陸路で向かう。これならば越前から飛騨、信濃を抜けて越後に向かうことが出来る。その辺りの地理は真田昌幸が詳しいだろうか。


 こうして俺は上杉謙信――いや、この頃は輝虎か――に会いに越後へと向かうことが決まった、決まってしまったのであった。

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