想定外の出来事
永禄十年(一五六七年)四月 美作国 津山城 明智十兵衛光秀
「おい十兵衛! 全然崩れねぇじゃねぇか!」
開口一番、そう口を開いたのは前田利家であった。今回の三村家親攻めに千の兵を率いて参上した利家。しかし、彼我の戦力差は大きくなく、攻めあぐねている状況が続いていた。
毛利から三村攻めの黙認が下りた後、我らは直ぐに兵を進めた。しかし、三村も我らに備えていたのか、虚をつくことは出来なかった。
「そうは言うがな、仕方ないだろう。向こうも存亡の危機だ。そう簡単に崩れるわけがない」
「そうは言うがな、なんで一万二千の兵も動員できてるんだよ。俺らですら一万五千がやっとだったんだぞ。明らかにおかしいじゃねぇか」
利家が文句を述べる。こいつは口を開けば文句しか出てこない。もっと建設的な意見はないものだろうか。話を他に振ることにする。
「官兵衛、三郎右衛門。其方達はどう考える?」
「はっ。やはり背後に何者かが付いているものと思われますな」
「某も同感だ。考えられるは三好か。大友か。或いは毛利か」
黒田官兵衛も宇喜多直家も同意見のようだ。思えば美作国に攻め込んだ時もそうである。三村勢は戦うことなく美作国を放棄した。あれだけ欲していた美作国をあっさりと放棄したのだ。
「十兵衛殿、国衆からも某のもとに陳情が上がっておる。田畑が荒らされており、このままでは飢え死にしてしまうと。伊豆守様に助けて欲しいと願い出ているそうだ。これには義弟殿も手を焼くだろうな」
そう述べる草刈景継。これを聞いて疑念は深まるばかりである。どうしてあっさりと美作国を放棄できるのか。裏が無いわけがない。この毒饅頭をどこまで食らうべきか悩みあぐねていた。
「ご注進にございます! 武田三河守殿、伯耆国は高城城へと攻めかかりましてございます!」
「なんと!」
使い番が走り込み、大声でそう知らせる。武田高信が伯耆に攻め込んだ。この事実は我らを揺るがすに値するに十分な報告だった。もし、三村家親と武田高信が結んでいるのならば、我らは袋の鼠である。
「これは困ったことになり申したな。退かれますか?」
「退いては美作の国衆が不満に思う。踏み止まる外ない」
嶋左近の問いに応える。そう、美作を手中に収めるならば退くわけにはいかぬのだ。しかしだ。何故、武田高信は伯耆に攻め込んだのだろうか。落ち着け。まずは敵を知り己を知るところから始めるのだ。
「武田三河守に確認することは能うか?」
「能わぬでしょうな。情報の真偽が疑わしい。裏切ってるのかどうかが定かではない以上、その情報に価値を見出せませぬ」
官兵衛がばっさりと切り捨てる。だが、言う通りだ。信じられない情報を増やすことは己を惑わすことになる。余計な情報は頭に入れたくない。
進むか退くか。これだけは決断しなければならない。某が軍を預かっている。御屋形様の顔に泥を塗ることは出来ない。じっと目を閉じて考え込む。
「津山城で防備を固める。草刈殿は高山城を固められよ」
「承知」
「事情が判明し、武田三河守が御屋形様に弓引いたとあらば、美作ではなく因幡を攻め取る。後顧の憂いを断つことを先決と致す!」
「「ははっ」」
津山城の防備を固める。御屋形様が知恵を絞られた難攻不落の城だ。そう簡単には落ちない。籠城に備えて大量の食糧を運び込む。
数日かけてその作業を行っている最中、一人の騎馬武者が津山城に駆け込んできた。山内一豊の家臣、祖父江勘左衛門だ。血相を変えて津山城に入り込んできた。
「明智十兵衛様はいらっしゃれるかっ!?」
「某であれば此処である」
気になって見に降りたところ、どうやら某を探していたようである。急ぎの知らせがあるようだ。祖父江勘左衛門が下馬し、頭を下げた。
「武田三河守殿の件で参った。事情は伺っておられるか?」
「いえ、存じておりませなんだ」
その事情を話すために急ぎやってきたのだろう。つまり、彼らが侵攻に関与しているということだ。尼子勝久は我が弟子でもある。気にならないわけがない。祖父江勘左衛門が事の詳細を話し始めた。
「武田三河守殿が武田右衛門佐様にお尋ねになられたのです。御屋形様が尼子と手切れになった。盟がご破算になったのかと」
某はそこまで話を聞いて、全て合点がいった。つまり、武田高信が御屋形様の叔父である武田信景に確認を取ったと。そして武田信景がその事実を認めた。そのようなところだろう。
そう尋ねると祖父江勘左衛門が首肯した。ただ、その話は正しくもあり誤りでもある。尼子義久とは手切れになった。義久とは共同歩調をとるだけに過ぎないが尼子勝久とは手切れにはなっていない。
そこまで伝わっていないのである。これは由々しき事態だ。何か手を打っているのかと尋ねると既に山内一豊が武田高信を説得しに向かっているのだと言う。
これは明らかなる落ち度だ。誰のと言えば武田信景であろう。いや、もっと言うなれば武田信景まで正確に情報が伝わっていなかったのかもしれない。
「拙いことになりましたな。この件で御屋形様はお叱りになりましょう」
「真に。叱られるは武田右衛門佐様ではなく、我が殿になりましょう。我が殿は武田右衛門佐様のお目付け……失礼、補佐を命じられておりました故」
それだけではない。三村家親に態勢を立て直す猶予を与えてしまった。正面からの切り崩しは多大なる損害を生む結果となるだろう。
一人、頭を抱えてしまう。将兵も攻めあぐね、士気が下がり不満が溜まっているのに、さらに攻めづらくなるのだ。三村家親攻めが暗礁に乗り上げようとしていたのであった。
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