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三方郡の開発を

弘治二年(一五五六年)八月 若狭国 後瀬山城 武田氏館


 熊川ではいつも通り上野之助が俺を出迎えてくれた。しかし、その表情は明るくない。いや、明るいのだが、何か取り繕っているような気持ちの悪い明るさなのだ。嫌な予感が背筋を走る。


「上野之助、如何した?」

「何が、でございましょうや?」

「呆けるでないわ。隠し事をしているのがよう分かる。目の下の隈が一層酷い有様になっておるぞ」


 そう言うと上野之助が目の下を撫でる。隈は撫でるだけでは消えないぞ。とはいえ、特段焦っている様子は無い。どうやら隠し事をしているが疚しいことは無い、というところだろうか。


 軍略家である上野之助に腹芸が出来ない訳がない。此処で迷っていたのは俺に知らせるか否かである。おそらく、俺が勘付いたら報告するつもりだったのだろう。食えぬ男である。


「いえ、隠し事をしている訳にはございませぬ。ただ、忙しいだけにて。先の戦の際、野盗が熊川を荒らしにやってきましてな」


 どうやら野盗が熊川に攻め込んできていたらしい。上野之助は兵を確保できていたため、追い返すことには成功したが田畑を荒らされてしまったというのだ。そして、その後始末に苦心しているという。


「そういうことであったか。まずは民への慰撫を急げ。腹が減っては希望も持てぬぞ。銭はどうした? 椎茸で儲けているのではないのか?」

「はっ、そちらはありがたく使わせていただいておりまする」


 それでも上野之助の顔は晴れない。では一体、何が彼をそんなに悩ませているというのだろうか。込み入った話を聞くため、熊川の屋敷の中に入る。足を踏み出す度、ギィィと板の鈍い音が辺りに響いた。


「如何したというのだ?」

「はっ、恐れながら申し上げまする。是非とも、城を築かせていただければと存じまする」


 上野之助の並々ならぬ決意が言葉の節々から感じられる。確かに城があれば被害はもう少し減ったのかもしれない。食糧を貯蔵することもできれば領民を避難させることもできる。それに、直ぐに城持ちとなった十兵衛への嫉妬もあるだろう。


 何故、上野之助が俺に願い出ているのか。それは勝手に城を築くと怒られる可能性があるからだ。今は戦国時代、難癖をつけて攻め込まれるのは日常茶飯事である。父や武田四老に吹っ掛けられたら沼田家は吹き飛んでしまう。


「ちょうど良かった。実はな、今日はその話があってここへ来たのだ」


 俺は努めて明るい声を発した。上野之助にはそこまで気を揉んでほしくない。それと、上野之助と俺の考えが一緒であることを示したかったのだ。上野之助は俺に欠かせぬ存在であるのは明白。十兵衛が右腕なら上野之助は左腕よ。


「上野之助、銭はいくらある? 築城の許可は俺が父上に貰っておこう。お前にしてやれるせめてもの褒美だ。そして熊川と新庄を道で繋ぎたいのだ」

「しばしお待ちを」


 上野之助はそう言って席を離れた。そして一枚の紙を持って戻ってくる。どうやらこの周辺の地図のようだ。それを穴が開くほど念入りに見つめながら、俺にこう述べた。


「国吉と新庄を結ぶのは然程難しくはありませぬ。しかし、新庄とこの熊川を結ぶには三十三間山が邪魔にございまするな」

「何とか出来ぬか。山を掘り抜くとか」


 そう言うと上野之助は黙ってしまった。流石に荒唐無稽な話過ぎたか。重機の無い時代だ。山を掘り抜くとなると人手と銭がどれだけ飛んでいくか分かったものではない。一揆を起こされて終わってしまうわ。


「熊川の北を天増川が流れておりまする。こちら、辿れば三十三間山の奥まで参りましょう。そして新庄を南に下り、能登又谷を下った先にも川がございまする。そして、両川の一番近しい所であれば一里もございますまい。十五町といったところでしょう。ここであれば或いは」


 そう言って考え込む上野之助。「その場合、河川の開発から行わねば――」とか「十五町の山を掘り抜くよりも山道の整備を進める方が――」とか「十兵衛殿と連携を――」等と何やらぶつぶつと呟いている。


 俺は上野之助の考えがまとまるまで待つことにした。ここは上野之助が幼い頃から遊び歩いてきた場所。それであれば上野之助の意見を尊重するのが主たるものの務めだろう。出されていた冷めた白湯を口に含む。


「こちら、是非ともなさるべきでございます。さすれば熊川から国吉まで二刻もあれば到着することが出来ましょう」


 どうやら上野之助は川沿いを開発し、道を作るようだ。確かに川沿いは何かと便利である。特に川上から川下に荷駄を送れるのが大きい。


 それから川と川の間は山道を整備するようだ。標高差はおよそ三百ほど。中心地に集積所を作るつもりなのだとか。そうすれば熊川の椎茸などの特産物を敦賀へと流すことが出来るようになる。


 それであれば集積地だけにするのは勿体ない。家畜を育てよう。この時代、仏教の関係から四つ足の食肉が禁止されている。ウサギを羽で数えるのはその名残だとか。しかし、牛と鶏は育てたい。


 と言うのも牛からは乳が、牛乳が手に入る。つまり、蘇を造ることが出来るのだ。これも高値で売り捌くことが出来る。後は採算が合うかだな。いや、最悪の場合、牛は食べてしまえば良いのだ。


 じゃあ、どうやって牛を食べるか。これは南蛮人の力を得るしかないな。南蛮人が食べているから食べても大丈夫なのだ、とこじつける必要がある。


 それにチーズを作ることも出来る。牛乳に酢を入れるとカッテージチーズができるはずだ。これも売り捌くことが出来よう。慣れねば食えんが。いや、賞味期限が持たぬか。


 南蛮人が居るのは……堺か。流石に遠いな。堺へ向かうには理由が弱すぎる。さて、何か良い方策は無いものか。


 他の誰かを使いに送るか。いや、相手は南蛮人ぞ。一筋縄ではいかぬ。しかし、南蛮人と渡りが付けば山羊やじゃがいも、サツマイモなどを送ってもらうことが出来る。これは大きい。


「上野之助。集積所では牛と鶏を飼う。それらも手配せよ。椎茸で儲けた銭はまず熊川に城を築く費えにしろ。その次が川沿いと山道の整備、最後が新庄に館である」

「承知仕りました。ご配慮、ありがとうございまする」

「繰り返しになるが俺は父上に熊川と新庄に城を築く許可と開発を行う旨を伝えておく。そちらは任せておけ」


 頭を下げる上野之助。俺は更に追い打ちをかけるよう、彼の肩に手を置き顔を近くで眺める。相変わらず、顔色は良くない。しかし、それは彼が頑張っている証拠である。そう思うと胸が熱くなるのを感じた。


「其の方が俺の資金源だ。其方だけが頼りなのだ。くれぐれも自愛してくれ」

「ははっ。ありがたきお言葉にございまする」


 酒蔵が完成すれば上野之助を楽にさせることが出来るのだが、そればかりは十兵衛の手腕次第だな。

 俺は一度、情報を整理するため武田の館に戻るのであった。

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