誑し謀りて
永禄十年(一五六七年)四月 因幡国 打吹城 福原左近允貞俊
「遠路遥々、ようこそお越し下さった、福原左近允殿。して此度の用は?」
「まあまあ、そう急かずとも宜しいではござらぬか。まずは一献」
今日、某は武田高信にお会いしている。理由はもちろん、我ら毛利の味方になってもらうべく、説得しに参ったのだ。とは言うものの、高信は武田の遠い親族。注意を払わねばならん。
武田高信は今や因幡国の東半分を治める人物である。彼も伊豆守と同じ清和源氏の武田氏の出自だ。遠い親族である。彼を籠絡出来れば伊豆守は親族も疑い始めるだろう。
「おっとと。しかし、某が五万石の主か。山名の客将から良く登り詰めたものよ」
そう零しながら盃を傾ける。専ら、酒を飲めばこの話を繰り返すようだ。それだけ大身になれたことを喜んでいるのだろう。裏切らせるのは難しいか。
「何を仰る。武田三河守殿であれば十万石、いや二十万石も夢ではございませなんだ。何故、五万石で満足されているのか」
「そうは仰るがこれ以上、領地を増やせぬではないか。西の尼子を討てとでも申すのか。そのようなことをすれば伊豆守殿の勘気に触れること、間違いなしだ」
「いやいや、某が聞いたところによれば尼子右衛門督と伊豆守様は仲違いされたようにございますぞ」
「……それは、真か?」
「真にございますとも。疑わしいのであれば確かめられれば良い。三河守殿は伊豆守様の覚え目出度く、尼子を撃ち滅ぼしてもお咎めはありますまい」
武田高信の喉が鳴る。離反させることが出来ないのであれば我らの敵を排除してもらうことにしよう。武田高信が背後から尼子を襲えば壊滅は必至。我らとしても東の敵が居なくなるのは願ったり叶ったりである。
「そ、そうか。では確認してみることにしよう」
「そうすれば十万石に届きましょう。また、東には垣屋がおりまする。彼らを食らえば更に領地は広がりますぞ」
「馬鹿を申せ。それこそ伊豆守様に心酔している者どもではないか」
「それがそうでもございませなんだ。四方を伊豆守様の領地に囲まれ、また対等な同盟のために支援も無い。ジリ貧になり、謀反を考えているとの噂にございますぞ」
前半は事実。後半は嘘である。正しくは伊豆守に臣従を考えていると座頭衆から聞いている。しかし、虚実織り交ぜることによって虚の真実味が増すのだ。
「伊豆守様もお忙しいお方だ。某が伊豆守様に確認を取りましょう。御屋形様に掛け合い、伊豆守様から三河守殿に文を送るようお伝えしておき申す」
「おお、それは忝い!」
「三河守殿は戦の支度を整えられよ。共に協力し領地を広げようではありませぬか!」
これで尼子を潰す算段が立てられた。しかし、肝心の伊豆守を止める策が無い。家臣に付け入る隙は無かった。垣屋は四方を伊豆守に囲まれている。謀反しても一瞬で鎮圧されて終わりだ。
であれば、三好と手を組むか。それとも丹波。波多野と手を組むのが無難やもしれぬ。これは小早川殿に相談してみることにしよう。
「かしこまった! 久方振りの戦だ。腕が鳴るわ!」
鼻息荒く、血気に逸っている高信。これであればもう少し策を弄せそうだ。確か、高信には三人の息子が居たはず。そこを突こう。
「そうそう。話は変わりますが、御屋形様が小姓を探しておりましてな。三河守殿のところには三人の男子が居るとか。如何でしょう。一人、御屋形様の小姓として預けては如何かな?」
「おお! あの毛利の小姓か。それは願ってもない話に。しかし、某の一存では何とも……」
「勿論ですとも。この件も我らが伊豆守殿に許諾を得ておきましょう」
「何から何まで申し訳ござらん」
頭を下げる高信。これが人質だとは思っていないようだ。どうやら本当に武田と毛利が仲良しだと信じて疑っていないようである。いや、それは伊豆守もそう思っているだろう。なので、高信が信じ込むのも無理はない。知らぬは本人ばかりなり、ではなく、知っているのは我らだけなのである。
「いえいえ。我らと武田、両国の末永き同盟のためなれば」
武田高信が杯を返し、それに清酒を注いでいく。その清酒を見て思う。武田の強さを。椎茸や昆布の販売。清酒の造酒。更には瑪瑙細工などの奨励に関税の緩和と来ている。
京にも近く、また財もある。年若く才気溢れる当主。時間が経てばじり貧になるのは我らだ。小早川殿の懸念も今ならば理解できる。武田が小身の時に潰しておくべきだったのだ。そればかりが悔やまれる。
だが、まだ我らの方が大きいのだ。今ならばまだ間に合うはず。武田を封じ込める。いや、武田の領地へと食い込むことが今ならばまだ可能なのだ。
武田高信にはせいぜい、役に立ってもらうことにしよう。毛利の、毛利輝元様の戦はここからが始まりである。
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