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近江侵攻

 永禄十年(一五六七年)三月 近江国 清水山城


 俺は手勢を引き連れて近江は高島郡、高島越中の居城である清水山城に着陣していた。高島郡の国衆達を率いるのは若き天才、堀久太郎だ。国衆合わせて千名を率いている。真田昌幸は俺の補佐についてもらう。


 俺が若狭から引き連れてきたのは熊谷伝左衛門と市川信定、山県源内、宇野勘解由と南条宗勝の五名を同道させた。それぞれ三百の兵を率いてもらっている。俺だけ五百の兵だ。


「さて、喜兵衛。この三千の兵を六千に化けさせることは出来るか?」

「お任せくだされ。左近。手はずは?」

「はっ。滞りなく済んでおりまする」


 そう答えたのは真田昌幸の後ろに控えていた横谷左近である。昌幸と同い年の彼が何か手を回したようだ。どのような結果になるか見ものである。


「旗だけは大量に用意したぞ」


 武田菱や六根清浄などの旗を一万本以上用意した。と言っても、旗は城に眠っていたものを掘り起こして持ってきただけだが。もはや、誰の旗なのかわからないものまである。


 今回、兵には旗を複数背負う策は行わない。それを行ってしまっては有事の際に戦えないからだ。なので今回は泣く泣く却下する羽目に。ただ、戦闘になる可能性は低い。がしかし、万が一を考えてである。


 清水山城で休息をとりながら趨勢を見守る。既に松永と北畠の約定は――足利義秋経由で――取り付けてある。どちらも三好――義継ではなく三人衆――憎しである。


「さて、となると問題はどこに着陣するかだ」


 地図を広げる。出来れば高島郡の、地の利がある場所に布陣したい。そう考えると何処に布陣するべきなのだろう。真田昌幸に意見を求める。


「太山寺城にて刻を待つのが最良かと」

「ほう。その心は?」

「六角軍が高島郡まで北上するには二つの道がありまする。淡海沿いの道と山道の道にございます。そのどちらにも睨みを利かせ、且つ攻め込みやすい場所は太山寺城を置いて他にありませぬ」


 その意見に同調したのは南条宗勝であった。しきりに頷きながら昌幸の意見に補足を付け足した。


「某も同じ考えにございます。御屋形様は攻め込まず睨みを利かせるだけとお考えなのであれば、太山寺城にて静観するのが最良にございましょう。その行為こそ高島郡が御屋形様の物であると裏付ける証となりますぞ」


 なるほど。二人の言うところは尤もである。俺は戦をするつもりはないのだ。更に宗勝の言う通り、俺が太山寺城にまで入れば高島郡全域を手中に収めたと喧伝できるという手はずか。


 六角義治にしてみれば阻止したいだろうな。清水山城に入ることも阻止したかったに違いない。どうやら乗る船を間違えたようだな。義栄ではなく義秋に乗るべきだったのだ。うん。


 だが、朝廷は義秋ではなく義栄を将軍に据えるようだ。大叔父の久我晴通によれば朝廷から消息宣下を出すという話が出ているようだ。それもこれも三好三人衆の財力、後ろ盾があってこそだろう。


 しかしだ。今、畿内が乱れている。いや、俺たちが乱してしまっている。朝廷としてはこれを正さない限り、消息宣下は出さないだろう。そうなると懸念事項が一つ。


「三好は出てくるだろうか」


 そう呟く。それに答えたのは源内であった。


「出張ってくるでしょうな。しかし、それは六角が助力を乞う形になる。それを六角が許すかどうか」

「いやいや、そうとは限らんぞ。三好としては義栄に早く消息宣下を出させたいのだ。となれば対等な同盟関係を築くかもしれん。何、義栄を握っている三好三人衆が立場は上なのだ。対等な同盟くらい何とも思ってもないかもしれんぞ」

「だからなんだというのだ。我らは六角と対峙しているだけに過ぎん。今は南の松永、北畠の相手で手一杯だろう。蒲生も後藤も進藤も兵は出さぬようだ。なにやら病で臥せっているらしいぞ。それらを防げるか怪しいものだ」


 伝左と源内、勘解由の三人が喧々諤々と議論を交わす。良い兆候だ。自分で考え、行動を決めるという当たり前の行為が根付き始めている。戦とは何も敵を討ち果たせば良いというものではないのだ。


「では、三好は出てくる前提で話を進めよう。と言ってもやることは変わらん。城に籠もって事態の趨勢を見守るだけだ」


 そして気になる動向がもう一つ。そう、浅井長政である。六角を食うには絶好の機会だ。このまま南下を始めるだろう。そうなると六角は我らと浅井、松永と北畠の四勢力から狙われるのだ。


「ふむ……。伝左、悪いが伯父上……公方様のところまで一っ走りしてくれぬか?」

「かしこまりました。して、内容は?」

「朝倉と浅井を動かすようお願いして欲しい。もし、両者が動かないのであれば三好に降るも止む無しと。そうなれば消息宣下は止められぬでしょうと」

「かしこまりましてございます」


 これで朝倉と浅井が動けば大きな戦になる。畿内がどちらの公方のものになるか、見ものだ。伝左が出立する姿を眺めながらそんなことを思っていた。


 いや、浅井は動く。必ず動く。今を逃せば領地拡大の機会は当分訪れないだろう。それを逃す愚鈍な男ではない。あの男の目は野心に満ち溢れている目であった。


 俺の立ち回りとして義秋が朝倉を動かさなければ三好三人衆と停戦する。松永と北畠がいる手前、和睦することは出来ない。あくまで停戦だ。


 向こうも消息宣下を急いでいるはずだ。停戦には乗ってくれるだろう。本来ならば三好三人衆は畿内を荒らしたくはないのだ。六角も黙らせてくれるに違いない。まあ、黙らせてくれないのならば、その時に考えよう。


 朝倉と浅井を動かしてくれなかった義秋への当て付けとして高島郡を六角に返還して事を丸く収めることも視野に入れる。そうなると俺の評判も下がるが、そこは全て義秋のせいにして被害を減らす。


 もし、三好三人衆が動いてきた場合のことを考えて、本願寺を動かすことも視野に入れようか。さて、太山寺城に移動してから諸将を集めて現状の説明をせねばならんな。


 荷駄をまとめさせ、太山寺城へと移動を始める。その移動の直前、使い番がやって来た。報告を耳にする。使い番は息を切らしながらこう報告した。


「ご注進にございます! 浅井新九郎、坂田郡に兵を集めておりまする!」

「動いたか」


 六角包囲網が徐々に迫ってくる。こうなれば足利義秋に泣きつくか三好三人衆に泣きつくかのどちらかだ。ただ、そのどちらを選んでも過去の栄華には戻れないだろう。


 諸行無常、盛者必衰とはこのことを言うのだな。としみじみ思う。三月の風が、少し冷たく思えた。

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