戦わずして勝つ
「御屋形様、お呼びでございましょうか」
真田昌幸と本多正信が俺のもとへ出仕してきた。要件は足利義秋と足利義栄の将軍位争いに関してどう関わるかを尋ねるためだ。そして二人に俺は自身の考えを伝えた。
「うむ。呼んだのはな、他でもない畿内のことだ。今、将軍位を争う形で畿内が乱れておる。また、厄介なことに松永弾正が助力を請うてきた。どうするべきか考えたのだが、其方達の意見も聞かせて欲しい」
俺は自分の考えを述べる。それを黙って聞いている真田昌幸。その昌幸をじっと見つめる本多正信。俺の話を全て聞き終えた昌幸は目を閉じて考えをまとめていた。更に情報を与える。
「今、俺が動かせる常備兵はざっと一万くらいだ。農兵なりなんなりを含めればもっと動かせるが、国家存亡の戦でもない。できれば一万で何とかしたいと思うている。東と西にどれだけの兵を残すべきか」
「東に二千、西に六千を残すべきかと」
これはまた、なんとも大胆な割り振りをしてきた。そうすれば二千で六角と対峙しなければならない。いくら落ちぶれたとはいえ、二千の兵で斃せるほど六角は落ちぶれてはいない。
普通ならば馬鹿にしているのかと激高するところだが、相手は真田昌幸である。何か考えがあるに違いない。彼の考えに耳を傾けることにしよう。
「それは、二千で六角に勝てると?」
「そのようなことは。ただ、二千も居れば御屋形様の望む結果を得ることは出来ましょう」
「ほう。詳しく聞かせてもらおうか」
「かしこまりました。まず、御屋形様には六角左京大夫に糾弾の文をお送りいただきたい。その文に滋賀郡に攻め込む旨を書き記してでございます」
待て待て待て。そのようなことをしてしまっては六角に勝つのはおろか、滋賀郡すら奪うことが出来なくなってしまうではないか。何を考えているのだろう。
答えを聞いてしまうか。いや、まずは自分で考えよう。この手紙を送った場合、六角は足利義秋派に寝返るだろうか。若狭武田、松永、北畠、三好義継から攻められるのだ。風聞もよろしくない。
だが、三好三人衆の後詰めは期待できる。足利義栄の後ろ盾もある。そして将軍位に近いのは足利義栄だろう。なので、意を翻し、我らの味方になるかは五分五分である。
六角義賢であれば足利義秋に与しただろうが、今の当主は六角義治である。彼は三好に擦り寄っているに違いない。いや、しかし、国内に叛意の芽があるのだ。
後藤に進藤、蒲生や三上など。今の当主である義治に不満を持っている者が多い。だから勝算はあると真田昌幸は見ていると読んだ。
「六角親子を大々的に糾弾して内外から圧を掛け、平島公方から距離を取らせようと言う肚だな。しかし、三好三人衆の影響力は強い。果たして上手く行くかどうか」
「構いませぬ」
「は?」
「上手く行かなくても構いませぬ。某が望むのは戦線の膠着にございまする」
俺の目を見てはっきりと断言する昌幸。戦線の膠着とは一体、何を指しているのだろう。どうやら俺の一歩も二歩も先を読んでいるようだ。その昌幸が地図を広げて説明を始める。
「御屋形様はこの戦に乗り気ではないと伺っておりまする。であれば、戦線を膠着させるべきにございまする。六角親子を糾弾し、あの貧乏公方……失礼、公方様からの命にて攻め込む旨を知らせればどうなるか。防備を固めましょうな。しかし、周囲を松永、北畠に囲まれ、足元にも叛意の兆しがある。向こうからは攻められませぬ。こちらからも攻めず、向こうからも攻められぬ状況を作り出すのです」
確かに昌幸の言う通りだ。六角は足利義栄と三好三人衆に与している以上、この状況になるのは必然。俺が考え、辿り着いた先は確率、可能性だが、こちらは必定だ。
「三好から後詰めを貰えば周囲の反感を買いまする。そうなれば大戦に発展するでしょう。六角はそれを望んでいない。なので、膠着するのです。最初に述べた通り、御屋形様はそもそもの話、この戦に前向きではございませぬ。なればこそ、膠着させるのが一番かと」
この策は俺がどうしたいのかまで織り込んで立案されていたか。だから西に兵を六千も回す。そして三村を潰すことを優先したようだ。これには俺も舌を巻かざるを得ない。
「成程。形だけは伯父上の為に動いていると見せ掛けるのか。損失は兵糧くらいだが、その損失も六角の方が多いだろう。分かった。その案を採用する。源五郎、其方は二千の兵を五千の兵に見える工夫を考えよ」
「ははっ、かしこまりましてございまする」
俺は真田昌幸を下がらせる。そしてその場に残った本多正信にこう話しかけた。
「弥八郎、其方が入れ知恵をしたのか?」
「まさか。あの者が一から考えてございまする。何やら独自の情報網をお持ちのようで」
「信ずるに能うか?」
「能いましょう」
「何故そう思う?」
「御屋形様が我らを頼り、我らの声に耳を傾け、我らに信賞必罰を約するからにございます」
美麗字句を並べ立てられているだけのような気もするが、今は正信の言葉を信じることにする。まずは、方針が決まった。兵数も決まった。残るは将だ。
対六角を堀久太郎に任せてみる。補佐をそれこそ真田昌幸と信尹の兄弟にさせてみよう。高島郡の高島越中や朽木、田中たち七頭にも兵を率いて参加してもらう。
戦に発展する可能性は低い。だが、もし発展した場合に備えて細川藤孝に手紙を出しておこう。まずは西を落ち着かせるのが先だ。尼子が暴れている今が好機なのだ。
俺は真田昌幸の回答に満足し、大きく頷くのであった。
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