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父の御心

弘治二年(一五五六年)八月 若狭国 後瀬山城 武田氏館


「其の方が明智十兵衛か。面を上げよ」

「ははっ」


 父と十兵衛の視線がぶつかる。俺は十兵衛を後瀬山城にある武田館へ連れ戻った。理由は勿論十兵衛を国吉城の城主に据えることである。国吉は渡せない。


「其の方、確か叔母である牧の息子だったな。何故、父上ではなく儂に味方したか。直答を許す」

「恐れながら申し上げます。拙者、御屋形様にお味方した訳に非ず。孫犬丸様にお味方いたしたまでに」

「ほう」


 父の片眉が上がる。どうも十兵衛が俺に味方したというのが興味深く感じたらしい。

 謁見の場の空気が重たい。父の後ろに控えている菊池治郎助と宇野勘解由も眉を顰めていた。


「孫犬丸が国吉を落とせと申したか」

「左様にございまする。落とした後は拙者の城にしても良い、と」

「真か。孫犬丸」


 鋭い眼光で俺を睨む父。此処で引いてはならない。俺は十兵衛と上野之助を守るためなら父をも敵に回す覚悟だ。漏れそうな股に力を入れて父に相対する。


「真にございまする。粟屋越中は父上に背いた逆臣にございまする。彼奴に城は危のうて持たせておけませぬ。父上、十兵衛に国吉城をお渡し下され。平に、お願い申し上げまする」


 頭を下げる。粟屋一族は武田も助けてきたが、何度も若狭武田に叛いてきた逆臣だ。何故彼等を許してしまうのか。それは粟屋抜きでは治めることが能わないからだ。


 それであれば粟屋抜きでも治められることを証明すれば良い。それが十兵衛なら出来る。


 父は無言を貫く。何も発さない。どうする。ここは俺から動いて打破するべきか。しかし、どう動く。父の腹の底が見えない。切り出せ。勇気をもって俺が十兵衛たちのため、父を動かすのだ!


「もし、お許しいただけないのであれば某が国吉城主となり、父上に刃を向けまするぞ。我が武田家は代々、そうして来たはず」

「若様、何を申されますか!?」

「治郎助は黙っておれぃっ!!」


 俺は話しかけてきた治郎助を一喝する。これは俺と父との戦よ。十兵衛達が命を賭けて奪ってくれた城。ここで俺も命を賭けんでいつ賭けるというのか。呼吸が自然と荒くなる。


「如何かっ!?」

「……ふぅ、構わん。国吉城は十兵衛にくれてやれ。十兵衛、良く治めよ」

「ははっ」

「あ、ありがとうございまする!」

「ただし、治めること能わずと見れば取り上げる。そのことを努努忘れるな」


 俺はお礼を述べながら父に頭を下げる。国吉城を治める詳しい条件なんかは父と十兵衛に詰めてもらおう。ホッと一息吐いていた俺を見て父がこう述べる。


「しかし、まさかあの孫犬丸が声を荒げてまで儂を説得するとは。良いものを見れた。礼を述べるぞ、十兵衛」


 くっくっくと喉を殺して笑う父。俺が必死の様子だったのが面白かったようだ。しかし、そんなに笑うかね。何はともあれ、国吉城は十兵衛のものである。俺の肩の荷も下りたというもの。


「父上、お戯れはお止め下され」

「戯れであるものか。其の方の赤心は奈辺にあるのか。親の儂ですらわからん。その孫犬丸が初めて感情を露わにしたのだ。喜ばぬ訳がなかろう」


 そう言われてしまっては返す言葉が無い。ただただ無言で平伏する他なかった。

 なんにせよ、これで三方郡はほぼ俺のものよ。十兵衛と父の前を辞して歩きながら小声で話す。


「十兵衛、其の方は引き続き調略を頼む。なんとしてでも三方郡の豪族を取り込め」

「既に市川氏はこちらに。息子の市川右衛門信定を我が元に送ってございます。現在は松宮殿と足並みを揃えて居る次第にございまする」


 流石は十兵衛。手が早い。それではその右衛門とやらを俺の、いや伝左の下に付けよう。まずは信の置ける人物か見定めなければ。その後は流れで決める。


 後は上野之助にも褒美を与えなければ。十兵衛ばかり贔屓してると誤解されても困る。そうなると俺が後瀬山城に住んでいるのは不便だ。違う場所に居を移すか。


 やはり何度考えても国吉城の立地は素晴らしい。すぐ東には敦賀、西には美浜の平野部が広がっている。美浜の更に西にある一宮城も押さえてある。となれば、南か。美浜の南に居を構えたい。


 国吉と熊川の中間に居を構えるのだ。新庄の辺りだ。平野部だし、耳川という大きな川も流れている。水田にするにはもってこいの環境だ。産業を奨励して特産品を耳川に乗せて国吉まで運ぶ。うん、理想的である。


 ただ、一つ問題なのが熊川が山間部で北西から東南に抜ける道しかない。しかし、国吉は熊川の北東にある。さて、どうするべきか。三十三間山を開発するしかないのだろうか。上野之助と相談だな。


「さて、俺はこれから熊川へ向かう。十兵衛、其方はどうする?」

「はっ、拙者は国吉へと戻り、仰せの通り酒蔵を建てましょう。さて、どの辺りに建てるべきか」

「それであれば、国吉の南に建ててくれ。俺は新庄を開発したい。あの平野は魅力的だ」


 そう答えると十兵衛が驚いた表情をしていた。どうやら五歳の稚児がそのようなことを発言するのが意外だったようだ。俺も意外に思う。現代でも考えられないだろう。しかし、これは存亡のために実行せねばならん。


 今のうちに足場を固めねば十年ちょっとで滅亡してしまうのだ。今、まさに真綿で首を絞められている気分だ。しかし、未来は確実に変わっている。十兵衛が俺の傍に居るのがその証左と言っても過言ではない。


「御屋形様には何とご報告されるので?」

「父上に内緒でだ。なに、銭ならある。それに俺が居なくなっても気付きはせぬよ」


 そう言ってずるずると銭を垂れ流していくのだろう。父上が借銭をする気持ちが今ならば理解できる。


「いえ、恐らくは気が付いておりますよ。何もかも。その上で自由にさせているのでしょう。親とはそういうものです」


 そういうものなのか。残念ながら俺は結婚とは縁遠い生活を送っていた。当然子供も居ない。正直なところ、親の気持ちと言うのが分からんのだ。


「そういうものか」

「そういうものにございます。拙者にもまだ子は居りませぬが。では急ぎ戻り、国吉城の足場固めを行いまする」


 そう言って笑う十兵衛。まあ、十兵衛がそう言うのならそういうものなのだろう。俺は新たに護衛にした山県孫三郎を呼び出して熊川へ向かう供をせよと命ずる。


「孫三郎。市川右衛門信定という男を存じておるか?」

「ふむ。市川山城守定照殿の御嫡男にございますな。父の市川山城守殿は冷静かつ忠義者と噂の御仁でござる」


 成る程。反抗の意思が無いことを示したかったのだろう。十兵衛も若狭武田に連なる人間だ。

 問題はそれが虎視眈々と下克上の機会を窺っているのでなければ良いのだが。


「孫三郎、市川右衛門が信の置ける者なのか見極めて欲しい」

「承知仕りました」


 熊川へと向かう際中、孫三郎にそう伝える。孫三郎は畏まって返事をしていたが、苦手そうに頭を掻いていた。

 なんと言うか、本当に腹芸の出来ない男である。だから信も置けるというものなのだが。


 孫三郎は武名一辺倒なのだ。人を探ることには向いていないのだろう。そう難しく考えず、会って話して感じたものを報告してくれればそれで良いのだ。


 要は適材適所ということだろう。配置する将の力量に依るのだ。

 滅亡を避けるため、俺は人事に考えを巡らせながら熊川へと向かったのであった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

【現在の状況】


武田孫犬丸 五歳(数え年)


家臣:熊谷直澄(伝左衛門)、沼田祐光(上野之助)、明智光秀(十兵衛)、逸見源太、山県孫三郎?

陪臣:明智秀満(左馬助)、藤田行政(伝五)

装備:越中則重の脇差

地位:若狭武田家嫡男

領地:国吉城(十兵衛)

特産:椎茸(熊川産)

推奨:酒造り

兵数:100

金銭:0

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