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小言と子ども

 人を集める。本多正信に堀久太郎、沼田上野之助に細川藤孝も呼んでおいて正解だった。そして明智十兵衛も俺への指導――と言う名の教育――のため、後瀬山城に滞在していた。


「皆に少し相談事がある。いや、それは後で話すとして、まずは公方様からの御内書だ」


 添え状は三淵藤英である。これならば高島越中も納得してくれるだろう。そして肝心の御内書にはこう書かれていた。


 俺の言うことは尤もである。今は内輪で争いをしている場合ではない。公方として其方が高島郡を取り纏めることを命ず。この命に逆らう場合、倒幕の意ありとみなす。


 過激な文章だと思う。倒幕って。そこから察するに、逆らう家を潰してでも高島郡を足利のために平定しろと言っているに違いない。高島や朽木は将軍の忠臣なのだ。この言葉に喜ぶ正信。


「狙い通りですな。これで淡海に出られますぞ」

「うむ、久太郎。高島七頭を取り纏めてみよ」

「そ、某がですか?」

「そうだ。何事も経験だ。なに、一人でやれとは言わん。十兵衛や弥八郎から助言を貰って進めていけば良い」


 良い経験になるだろう。失敗することはないだろうが、万に一つ失敗したとしても高島郡であれば攻め落とせる。直轄地に出来るのならば、それに越したことはないのだ。


「して、御屋形様。その『困ったこと』とは何でございましょう?」

「ああ、十兵衛。そうだったな。そのことが大事なのだ。実はな、能登に出ようかと思うておる」


 周囲からほぅと声が上がる。十兵衛も藤孝も正信も好意的のようだ。俺も理解できる。もし、朝倉が敵に回ったとき、北から圧をかけられるのは利だ。


 しかし、その能登も混迷を極めており、また、越前に向かうには加賀を越えなければならないのだ。一向宗の押さえている加賀を。ただ、一向宗との関係は悪くない。悪くないが、近くに置きたくもないのも事実。


「やはり諦めるべきか」

「いやいや、それは早計でございましょう。そもそもあの似非公方が許しませぬ。まだ事は起こさねど、その気概があることは内々に、我らに周知するべきかと存じまする」

「そうか、そうだな。兵部の言、尤もである」


 そうだ。能登に向かうには越前と加賀を通らなければならない。そして足利義秋は能登に兵を向けるのならば、三好に兵を向けろと言ってくるだろう。そして畠山はそれを拒めない。


「もし、朝倉と三好が事を構えたら如何する?」


 義秋を擁する朝倉と義栄を擁する三好。万に一つというのがあり得る。ただ、この意見に異を唱えたのは十兵衛であった。


「それは別の問題かと。能登攻めと朝倉、三好の戦は関係ありませぬ。それよりも公方様が朝倉から動座された時が厄介かもしれませぬな」

「それこそ公方様に左衛門佐様を押さえていただければ良いでしょう。あのお方はご自身が将軍位に就くまで諦めませぬ。もちろん、周囲の者も」


 藤孝がそう述べた。確かに十兵衛の言う通り能登攻めと将軍位争いは別問題だ。能登を攻めていても戦が起これば参戦の要請が届く。そして、検討しなければならないのは将軍位争いの方なのだ。


 能登攻めに関しては決定である。利が大きい。海運も見込まれる。能登二十万石から大量の食糧を運び込むことが出来るだろう。しかし、ここで上野之助から忠告が入る。


「しかし、上杉はどう思われますでしょうか。某ならば武田に『挟まれた』と思います」


 能登の隣は越中、越後だ。そして南は信濃、甲斐へと続く。俺は正妻が甲斐の武田。そして側室が能登畠山となるのだ。俺を起点に能登と信濃が繋がることになる。上杉からしてみれば嫌だろう。


 ただ、もう武田という時点で上杉から敵視されている。信玄の孫も娶っているのだ。今更、上杉との関係を改善できるとは思っていない。大事なのは上杉謙信がいる間は領地を接さないことだ。


「それは構わないのでは。向こうも承知で声を掛けてきたのでしょう。また、信玄公にとっても上杉を牽制できるのです。好転の兆しとなりましょう」


 正信が飄々と述べる。俺もこの意見には同意だった。正直、能登がどうなろうと知ったことではない。いや、むしろ上杉が奪い取ってくれた方が攻め込む口実となる。


 違うな。将軍である――になるだろう――義秋にお願いして返してもらうのだ。うん、今は能登に情報と商いの拠点をつくれるだけ良しとするべきだ。


「皆の意見は良く理解した。では、将来的には能登に攻め込むことにする。そのための口実づくりは俺が頑張ろう。兵部、済まないが手配を頼む」

「かしこまりました」


 皆が頭を下げる。そんな中、正信が俺に対し、こう尋ねてきた。


「ということは、御屋形様は文殿を室に入れるということですかな?」

「そこまではまだ考えておらん。だが、そうせねばならぬだろうなとは思っておる。子を授かったらそれは俺の子だ」

「成長されましたな。あんなに側室を嫌がっていた御屋形様とは思えませぬ」

「言うな。自分でも反省している。今は婚約の重要性を理解しているつもりだ。さて、藤のところへ行ってくるとするか」


 西が一段落したかと思えば、東から思わぬ話題が転がってきた。問題は文の件をどうやって藤と霞を説得するかである。無理に押し通すこともできるのだが、良好な関係を築いていきたい。


 藤に話を通そうと彼女のもとを尋ねようとしたところ、藤が俺に会いに来ていた。心なしか気分は上々のようである。これ幸いと俺は藤の話を聞くことにした。


「俺に何か用か?」

「私に稚児(やや子)が出来ました」

「何!? それは本当か!」


 これはめでたい。待望の子である。問題は男子か女子かだ。男子であれば無事に育ってくれれば嫡男問題が解決する。急ぎ、名医を呼び出さなければ。


「良くやったぞ! 藤!」


 藤を強く抱きしめる。この流れであれば藤に側室が増えることを伝えられそうだ。機会を伺う。それよりもまずは子が出来たことを盛大に喜ぼう。


「して、お前様も私に何か用があったのでは?」

「いや、それは、その……」

「お前様?」


 せっかくの慶事である。水を差すのも悪いと思って言葉を濁そうとしたのだが、藤に睨まれて白状することにした。


「あー、それなんだがな。実は側室を娶ることにした」

「は?」

「ほら。あのー、あの娘だ。文を正式な室にと……思って……おります、はい」 


 藤の表情が徐々に険しいものへと変わっていく。藤の目から光が消えた。俺の背中を汗が流れる。この後、俺は藤から小言をくどくどねちねちと言われる羽目になったのであった。

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