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家中穏やかならず

 永禄九年(一五六六年)十一月 若狭国 後瀬山城 武田氏館


 今日は尼子勝久と会う日である。どうやら尼子家中では意見が二つに割れているらしい。片方は尼子義久派、もう片方は尼子勝久派である。


 こう言い換えればわかりやすいだろう。開戦に対し前者が積極派、後者が慎重派である。毛利元就が死んだという知らせを受け、尼子義久は旧領を回復しようと松江城から南下しようとしているのだ。


 どうしても月山富田城を取り返したいのだろう。そして今まで以上の堅城に仕立て上げ、毛利に対して対抗するつもりなのだ。本田家吉や秋上宗信などが同調している。


 対して尼子勝久は今はまだ雌伏の時だと考えているようだ。辛酸を嘗めて堪えることを覚えたことは好ましいことである。ここから毛利は下り坂に入り、尼子は上向けるという確信があるのだろう。ただ、ずっと耐えているだけでは好機を逃すぞ。


 そんな勝久に同調するのは立原久綱に山中幸盛であった。どちらの言い分も理解できる。尼子氏の求心力は未だ健在であり、毛利家中に綻びが見えているのだ。


 また、義久は大友とも結んでおり、背後の我らからも攻められる心配がない以上、全力をもって毛利と当たることが出来るのである。この機を逃せば次にいつ好機が巡ってくるか定かではないと言われればその通りである。


「お久しゅうございまする」

「息災のようだな。安心したぞ」

「いえ、そうでもございませぬ」


 勝久は浮かない顔をしていた。どうしたのかと尋ねてみると、勝久の口から意外な言葉が飛び出てきた。これには流石の俺も頭を抱えそうになってしまった。


「某は誅されるやもしれませぬ。父上のように」


 父上のようにとは新宮党のことだろう。新宮党とは尼子家中の精鋭として知られた軍事集団であり、それを取り纏めていたのが勝久の父である尼子誠久である。


 彼らは尼子晴久によって粛清された。増長していたためと言われているが、真相は俺も良く知らない。勝久も聞かされていないだろう。ただ、新宮党を粛清したからと言って尼子は弱くなったわけではない。


 逆に結束が固まったというのだから、前々から練られていたのだろう。ただ、尼子の歴史は一族の不和の歴史だ。それが勝久を浸食しようとしている。


「それは……誠か?」

「恐らくは」


 これには困った。さて、俺はこのお家騒動に介入しても良いのだろうか。勝久は尼子一門だが俺の家臣でもある。引き上げさせればこれ以上の危害は加えないだろう。


 そもそもである。勝久を誅した場合、我らと戦になるとは思わないのだろうか。流石に義久もそこまで馬鹿ではないだろう。その場合、毛利の手の者にやられたように擬装するのだろうな。


 それとも、もう我ら武田の手を借りるまでもないとでも言うのだろうか。だが、勝久を誅されたら俺は弔い合戦を仕掛けるぞ。


「地図を」


 今、尼子が押さえているのは出雲半国と伯耆一国である。そして拠点を出雲の松江に移した。徐々に浸食されている出雲の旧領を回復したい気持ちは理解できる。


 攻め込まないと約束した毛利が出雲の国衆を調略しているのだ。これは攻め込む大義名分にはなるだろう。しかし、我ら若狭武田はまだ毛利とは事を構えられない。


 三村を取るのか、それとも我らを取るのかの結論を聞かない限り、毛利には攻め込めないのだ。ただ、尼子が攻め込むのを止める権利もない。さて、どうする。


「わかった。其方は松江から退け。そして鹿之助達と共にこの城を復旧させよ」


 俺が指差したのは伯耆国の高城城である。別名は唯落の城だ。この城を勝久の居城とするのだ。東の押さえと称し、尼子勝久が入城する。そして政には口を出さないと誓うのだ。


 尼子義久が毛利と戦ってどうなろうと俺の知ったことではない。山内一豊も引き揚げさせる。そして俺は義久から取り立てを行うぞ。築城を手伝ったのだ。それくらいの見返りを求めても罰は当たらないだろう。


「右衛門督様は納得するでしょうか?」

「納得するかしないかではないぞ。其方が納得させるのだ。状況を落ち着いて見るのだ。其方の背後にいる俺。そして政敵の排除。交渉の素材としては十分であろう?」


 後は鹿之助達が手伝えば上手く説得できるだろう。俺は三村家親の領地、つまりは美作と備中より西に向かう気はないのだ。もし、兵を進めるとしても今ではない。小早川隆景が死んだ後だ。俺はそう考える。


「高城城であれば其方に万が一があった場合、我らも後詰めに向かいやすくなる」


 そして高城城の東には平野が広がっており、天神川が流れている。その川はそのまま日本海へと流れ出ているのだ。河川舟運も扱えるし立地は悪くない。


 そしてそのまま北上し、田尻の辺りに城を築かせて海運の拠点にするのだ。ただ、これは胸の内に秘めておこう。俺が伯耆国の東半分を治めるのと同義になってしまう。


「孫四郎、其方の人生は其方のものだ。其方の生きたいように生きれば良い。振り回しても振り回されるな。振り回されても良いことはないぞ。俺みたいにな」

「肝に銘じておきまする」


 俺は自分に対する嘲笑を浮かべる。足利に振り回され、甲斐武田に振り回され、三好に振り回され、六角に振り回されている俺が言うのだから間違いないだろう。


 勝久が深く頭を下げて退出する。一豊にも戻ってくるよう文を出す。尼子との同盟は解消だな。いや、解消はしないが事実上の解消である。協力することはないだろう。


 ここからは商いの時間だ。尼子に費やした銭を回収する商い。西から来る船には津料を設ける。東から来る船には設けない。瀬戸内に出た以上、西からの商いの海上封鎖が事実上可能なのだ。


 もし、我らに津料を支払わずに京へ荷を運ぶには四国の南を回るしか手はないだろう。それを選択する愚か者はおるまい。


 この銭での海上封鎖がどのような影響を及ぼすのか。尼子で試験させてもらうことにしよう。これが吉と出るか凶と出るか。凶と出たならばすぐに止める。


 今までに尼子に費やした銭がいくらなのか、俺は算盤を弾くのであった。

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[一言] まだまだ危うい綱渡りをしないといけないのはつらいところ。策士、策に溺れることがないようにしないとね。
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