塩を送る相手は
【重要なお知らせ】
拙作の『餓える紫狼の征服譚 ~ただの傭兵に過ぎない青年が持ち前の武力ひとつで成り上がって大陸に覇を唱えるに至るまでのお話~』が書籍化することになりました。
どうして『餓える紫狼の征服譚』が書籍化するのか。こちらも面白いからです!
是非とも読んでみてください。ご予約などはまだなので、また改めてご案内させていただきます。
お一つ、手に取っていただければ幸いです。
本多正重から返答が来た。俺が向かうことで兵の士気が上がるので、是非とも来て欲しいという返答であった。その要請に応じて、さあこれから備前に向かうぞという時に来客だ。
その人物は武藤喜兵衛という名の眼光の鋭い青年であった。要件は簡潔であった。塩を恵んで欲しい。それだけである。どうやら、甲斐の武田は三国同盟を破棄するつもりだ。
しかし、そうなると困るのは塩だ。内陸国である甲斐で塩は採れない。北は天敵の上杉である。南はこれから攻め込む予定の今川だ。そうなると生きていく為の塩が確保できないのだ。
これを上手く使えないだろうか。塩を譲ることなど造作もない。しかし、それ以上の旨味が欲しいのだ。思案し、一つの案が思い浮かんだ。
「勿論、当家として異論はござらぬ。しかし、運ぶ手立てが無い。そこでどうだろう。尾張の織田殿を頼ってみては如何か?」
「織田殿、にございますか」
そう。尾張の織田を頼るのである。織田からしてみても美濃の東を治めている武田と誼を通じることが出来るのは利が大きい。美濃の一色に圧を掛けることができるのだ。
俺も織田には婚儀のお祝い程度の付き合いしかない。これを機に仲を深めるのも有りだろう。それに足利将軍家の情報を共有したい。
「我等からも頼んでみよう。これを機に商いを活発化させることができれば我等としても喜ばしいことだ」
我等は織田と領地は接していないが織田の妹婿の浅井と接している。浅井経由で織田領に入り込めば良いのだ。その際の関銭を織田からの圧力で無しにしてもらおう。そうやって織田と浅井の仲に軋轢を芽吹かせる。
さて、誰を武藤喜兵衛と共に織田へと向かわせるか。面識があるのは前田利家だが、彼は交渉に向かないと思う。織田に強く出られたら負けるだろう。
それであれば、堀久太郎に任せてみることにしようか。彼であれば我等の利に繋がる交渉をしてきてくれるだろう。俺が何を求めているのか、久太郎が傍で一番見てきたのだ。
「時に武藤殿、貴殿には兄が二人いると伺ったが?」
「はっ。共に御屋形様にお仕えしており申す」
「長兄は二百騎、次兄は五十騎持と聞いておるぞ。其方はどうなのだ?」
そう尋ねると武藤喜兵衛は静かにこう答えた。
「某は十五騎持にございまする」
「十五騎! 其方程の力量を以てしても十五騎しか持てぬのか。流石は信玄公。家臣団も盤石なのだな。其方や其方の弟が俺のところに来たのならば、五十騎、いや百騎を任せているだろう。それだけではない。城持ちになれるだろうな」
現に同年代の本多正重が城持ちになっているのだ。それ程、人材が不足しているのである。いや、人材が不足しているのではない。領地の拡大速度が速いのだ。つまりは嬉しい悲鳴である。
「それは、真にございましょうや」
「真だとも。嘘を吐いて何になる。其方ならば……そうだな、俺なら弓木城を任せてみたいと思う。海運で発展しそうな良い土地だ。楽しいぞ」
そう言ってにやりと笑う。武藤喜兵衛はじっと俺を見ていた。さて、雑談はここまでだ。俺は元服させたばかりの堀久太郎を呼び出す。彼は小姓から近習へと鞍替えをしている。もう十四歳。早い内から様々なことを経験させてやりたい。
「お呼びでございましょうや」
「ああ、呼んだ。俺の名代としてこの武藤喜兵衛なる者と共に尾張の織田三郎殿に会うて来てくれ。ああ、それと信玄公が塩を欲しているらしい。尾張から譲ってもらえるか頼んでみてもらえぬか。細かいこと、その一切は其方に一任する。ああ、それから出来れば我等も織田殿と商いをしたいものだ。ただ、浅井の関が邪魔でな。何とかなればなと思うぞ」
「承知いたしました」
今川は織田と武田の共通の敵になるのだ。織田が一色を、武田が今川を攻める。それを互いに助攻するのだ。悪い話ではない。
貧乏くじを引かされるのは松平、つまり徳川だ。甲斐の武田と領地を接しているのは織田ではない。三河の徳川である。浅井も徳川も織田には逆らえまい。
こうやって少しずつ織田に対する不満を貯めていくのだ。それがいつか、三河で花開くと信じて。
「話は終まいで良いな?」
武藤喜兵衛に確認する。短い返事と共に首を垂れた。これで塩の問題は終わりである。しかし、塩か。もっと効率的に大々的に生産できないものか。検討してみるとしよう。
少し遅くなってしまったが、備前に向かう。手勢は三百。既に勝勢となっているらしい。今は黒田官兵衛が浦上誠宗の説得に当たっているという。妹を、甥を悲しませたくないのだろう。
時間制限は俺が備前に着くまでである。俺が備前に着いてしまったら総攻撃は避けられない。だから敢えて、俺はゆっくりと備前に向かった。これは領内の視察も兼ねてだ。
作物が良く育っている。飢饉は起きなさそうだ。保険として、各地で南瓜を育てさせている。有事の際はそれで凌いでもらうしかない。
そんな俺の横にぴたりと着く一人の人物。鉢屋衆の弥之五郎である。何やら報告があるようだ。俺は馬の歩みを止めずに、耳を傾けた。
「毛利陸奥守、ご危篤の由。いよいよもって危ないかと」
来たか。どうやらこの時が来てしまったらしい。詳しい話を聞く。どうやら医師の意見がまとまらないようだ。皆、責任を負いたくないのだろう。
曲直瀬道三が居ないだけでこうなってしまうのか。彼が居れば彼の言う通り処置を行うだけである。しかし、居なければ医師がやいのやいの言い合って治療は遅々と進まないのだろう。皆、責任を負いたくないから。
その気持ちはよく分かる。よく分かるが、これは好機だ。南のごたごたが片付きそうなのだ。そろそろ、三村には利子をつけて美作を返してもらう必要があるな。
曲直瀬道三はというと、黒川の里で医術を黒川衆に伝えている。これで黒川衆が将兵の手当でができるようになると戦略が一つ、広がるのである。
「毛利家に不満を抱いている者は?」
「主だった者は市川にございましょう」
市川元教か。それだけでは足らぬな。毛利の足元を揺るがす謀反を引き起こさねば。それからこの知らせを尼子にも教えてやろう。小躍りして喜ぶはずだ。
さて、西にも綻びが見えてきた。楽しくなりそうな予感を持ちながら、備前へと向かったのであった。
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