天下を競望せず
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永禄九年(一五六六年)七月 安芸高田 吉田郡山城 小早川隆景
「ええい! 曲直瀬道三はまだ来ぬのかぁっ!」
苛立ちを募らせた兄者が脇息を蹴り飛ばし立ち上がった。怒りを振り撒いたところで曲直瀬道三が到着するわけでもないのに。小姓が怯えているではないか。
「兄上、その辺で。叫んだところで父上の容態が良くなるわけでも無し」
兄者を宥める。実のところ、ここまでは兄者と打ち合わせ済みの動きである。我らが苛立っていることを体現したのだ。これで座頭衆も血相を変えて曲直瀬道三を探しに行くだろう。
ただ、見つかるとは思っていない。これだけ待っても来ないということは、そういうことなのだ。誰かに妨害されている。そう思うとある人物の顔が浮かんだ。
薬師どもも曲直瀬道三を当てにして自分たちで処置をしようとしない。これでは父上は弱まる一方である。万が一、処置を誤って父上を死なせてしまう責を負うのが怖いのだろう。気持ちは、まあわからんでもない。
「しかし、どうする。親父の容態、隠し通せるとは思うておらぬぞ」
「私も同意見です。勘の良い者……恐らくは武田の麒麟児などは気付いているでしょう。あの者、弱みを見せたら噛みついて来ましょうぞ。早めに始末するべきです」
某は兄者に何度も武田孫犬丸を排除するよう嘆願する。しかし、兄者は何度も首を横に振るばかりであった。
「親父が決めたことだ。儂には覆せん」
これの一点張りである。正しいのだが、その正しさを今は求めていないのだ。変なところで律儀で困る。
父上は武田孫犬丸を手本に輝元様を鍛えようとなされているようだが、あまりにも危うい。あのような蛇のようなじりじりと締め滅ぼしてくる輩が一番厄介なのだ。父上という重しが外れたらと思うと、恐怖すら覚える。
あるいは輝元様と孫犬丸が昵懇の仲になることを願っているのだろうか。そうなれば所領は安泰だが、拡大は望めない。西か南に伸ばすしかなくなるのだ。
どうしても輝元様とあの孫犬丸とを比べてしまう。年の頃も同じで、どうしてああも違うのか。孫犬丸はどことなく父上と似ているような気がした。
必死に考え抜き、頭を使い、心を鬼にし、清濁併せ吞んで所領を拡大していく。その覚悟が孫犬丸にはあるような気がした。荒波に揉まれた男の眼をしていたのだ。
某もそんな父上に憧れていた。実のところ、兄上たちを見下していたときもあった。自分を卑下し続ける兄に、戦うことしか考えていない兄。某と話せるのは少輔四郎だと思っていた。
しかし、そんなことは無かった。兄たちは兄たちで必死に藻掻いていたのだった。向かう道は違えど、この毛利家を良きものにしようと足掻いていたのだ。
そんな某たちを見かねた父上が矢を三本取り出し、窘められた。顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしたものだ。そのように耽っていると輝元様が我らの許にお越しになられた。
「御爺様が目覚められた。叔父上方を呼んでおられる」
某と兄者の会話に割って入った輝元様。どうやら父上が呼んでいるらしい。兄者と顔を見合わせ頷き合ってから父上の許へと向かう。その順番は兄者、某、輝元様だ。
「呼んだか、親父」
「父上、又四郎にございます」
父上が横たわっている隣にどかりと座る兄者。某は静かに胡坐を組む。両の眼で我ら兄弟を見る父上。容態は芳しくなさそうであった。
「二人とも、来たか。すまんな。この体たらくだ」
「何を仰られますか。容態は快方へと向かっていると聞き及んでおりますぞ」
嘘だ。しかし、病は気からとも言う。兄者を見ると兄者も頻りと頷いていた。どうやら某の嘘に乗っかってくれるようだ。察しが良くて助かる。
「ふっ、そうか。今日はな、其方ら両名と幸鶴丸に伝えておくことがあっての」
そう言って身体を起こす父上。兄者が父上の片側を支え、某は反対側に回り込み父上を支える。どうやら身体を起こすのも一苦労のようだ。もう年も年である。覚悟を決めるべきか。
「今思えば、家臣の井上に放逐され、身代一つからよくぞここまで上り詰めたものよ。上出来ではないか」
そう言ってカラカラと笑う父上。それにつられて兄者と某も笑う。笑っていないのは目の前にいる輝元様だけである。
「中々楽しい人生だったわ。最も、あの武田豆州の存在は想定外だったがな。時間をかけて取り込むつもりじゃったが、どうやらそうもいかんらしい」
済まんなと、父上が小声で某に謝る。どうやら声高に武田の孫犬丸を殺せと言ってるのが耳に入ったようだ。それが、父上を責めているような気がして酷く恐縮してしまった。
それと同時に、父上であればあの孫犬丸も丸め込んで取り込んでしまえそうな気がしていた。惜しむらくは、その時間がそう多く残されていないことだろう。
「日を同じうにし、力を同じうにし、心を同じうにすることだけは忘れるでないぞ。必ずや調略の手は西から東から伸びよう。其方たちで当主を盛り立てていくのだ。頼む」
どうやら、父上は既に自身の死後のことを考えているようだ。安心して欲しい。自分がいる限り、そのようなことはさせない。そう言いたかった。しかし、声が出なかった。
「これだけは言い残しておく。我、天下を競望せず。及ばざるは過ぎたるより勝れり。ああ、倅が生きておれば……」
そう言って父上は意識を手放した。薬師を呼びに行く兄者。某は父上を介抱する。輝元様はただ見ているだけだ。最後の言葉だけが、ずんと重く伸し掛かるのであった。
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