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城盗物語~明智十兵衛光秀の話~

弘治二年(一五五六年)七月 若狭国 国吉城


 国吉城には様々な旗が風を受けて気持ち良く靡いていた。武田の角菱に明智の桔梗、それから俺の六根清浄である。どうやら本当に十兵衛は国吉の城を落としたらしい。


 伝左と源太と国吉城の中に入る。皆が城門や城壁の補修等で慌ただしく動いている。なるほど、確かに伝え聞いていた通り強固な城のようだ。彼らの横を通り抜け、十兵衛が居るであろう本丸へ。


「十兵衛! やったな!」

「孫犬丸様。ありがとうございまする。これも皆の力があってこそにございますれば」


 謙虚にそう述べる十兵衛。彼の案内で落ち着ける所に移動し、積もる話をする。

 十兵衛は作業を左馬助と伝五に引継ぎ、俺と共に腰を降ろす。


「十兵衛殿、まずは落城おめでとうござりまする」

「そう畏まらないでいただきたい。孫犬丸様は拙者の主君にございますれば気遣いは無用にて」


 十兵衛とはどう接して良いのか、未だに距離が掴めていない。しかし、本人が俺の家臣だと言うのであればそのように接してみよう。


「そうか。しかし、どうやってこの堅城を落としたというのか」

「ふむ。それでは一から説明しましょう」


◇ ◇ ◇


~明智十兵衛光秀の話~


「十兵衛殿。如何様にして国吉の城をお奪いになる心積もりでしょうや?」


 孫犬丸様が去った後、そう尋ねてきたのは上野之助殿。国吉の内情を探るには自らが潜入するのが一番である。


「そうですね。拙者が武田治部少輔様の縁戚であることを活用させていただきましょう。幸いなことに拙者と孫犬丸様が繋がっているという確たる証拠はござらぬ。そこで母妻を連れて国吉に入ると致す」

「成程。流石は十兵衛殿にございますな。では兵を率いる将が足りておらぬ故、左馬助殿はこちらにて預からせていただく。伝五殿を使番として遣わされたし」


 此処まで話しただけで拙者の意図を容易く見抜きおった。この上野之助なる者も相当頭が切れる。どうやら孫犬丸様の許には優秀な家臣が居るようだ。孫犬丸様と示し合わせて何やら行っている様子も窺える。


「承知致した。出来る限り多くの兵を城外に出しましょう」

「機を見て攻め込ませていただく。城の弱き所を伝五殿から伺い、攻めると致しましょう」


 拙者と上野之助殿は互いに頷き合って多くを語らず策を決めたのであった。

 後日、拙者は母妻と護衛の伝五と数人の兵を連れて国吉の城を訪ねた。


「開門いただきたい!」

「何奴か!」

「某、明智十兵衛と申す。武田治部少輔様の甥にござる。粟屋越中守殿に御目通り願いたい」

「確認する故、暫し待たれよ」


 櫓上の兵と言葉を交わし、城門の前で待つ。此度の策、母にも妻にも内密に進めてある。二人は本当に武田治部少輔の許へ向かうと考えているようだ。


 程なくして男が現れた。四十過ぎの下膨れした男だ。何とも髭が似合っておらん。その後ろに男を守るため、数人の兵士が付いていた。どうやらこの男が粟屋越中守のようだ。拙者は頭を下げる。粟屋越中守は某の横を通り過ぎた。


「おお、これは牧様にございませぬか」

「越中、突然の来訪を許して下され。世話を掛けますね」

「如何なされましたか?」

「詳しいことは息子の十兵衛に尋ねて下さい。私は少し疲れましたので休ませていただきたく」


 拙者を無視して母と話をする越中。どうやら拙者は眼中に無いようである。何たる無礼な男であろうか。礼には礼を以て尽くすという言葉を知らんのか。


「承知いたしました。むさ苦しい所ではございますが、ゆるりと休まれよ。誰か! 牧様を案内せい」


 兵の一人が母を案内する。その時、母が我が妻をも誘ってくれた。これはありがたい。ようやく粟屋越中と本題に入ることが出来る。


「明智十兵衛と申したか。何用で儂の所に参られたか」

「はっ。拙者は美濃の明智庄を治めておりましたが、国主で在らせられます斎藤山城守様が御子息、斎藤新九郎に討たれ、武田治部少輔様を頼りに逃げ延びましてございます」

「主君が討たれ、おめおめと生き恥を晒して逃げたと申すか!」


 言葉の節々に嫌味と侮蔑を感じる。何と性根の悪い男か。孫犬丸様とは雲泥の差よ。拙者はその言葉に耐え、ただただ「お恥ずかしながら」と頭を下げることしか出来なかった。


「それで、これからどうなさるおつもりか?」

「母は武田治部少輔様の許に送り届けるつもりにございます。拙者は粟屋越中守様の許で是非とも励ませていただきたく。この通りにございまする」


 拙者はその場に座り込み平伏する。後ろに控えていた伝五達も拙者に合わせて平伏した。この粟屋越中という男、それなりに知恵は回るようである。武田治部少輔様に良い顔をしたいとあれば拙者を召し抱えるだろう。


 家中に若狭武田の縁戚が入るのは大きい。その利を粟屋越中は取るだろう。


「何故、某の許へ? 武田治部少輔様の許で励めば良いではないか」

「粟屋越中守さまの名は美濃にまで届いておりまする。今の若狭があるのは粟屋越中さまが舵を取っているからである、と。どうか、拙者を末席にお加え下され。この通りにございまする」


 深く低頭する。どうやら値踏みをされているようだ。恐らくは拙者を使えない人物と見ているのだろう。その上で、若狭武田の縁戚を取り入る利と無能者を召し抱える損とを図っているに違いない。


「分かった分かった。では本日より某に仕えよ。斎藤山城守みたいに儂は甘くはないぞ」

「ははっ、ありがたき幸せ」


 其の方に山城守様の何が分かるのかと心の中で独り言ちる。ただ、これで粟屋越中守の中に取り入ることが出来た。後は戦までに信を得ることが出来れば良い。


「励め」

「はあっ」


 立ち去る越中守。それを低頭しつつ見送り、拙者は伝五に指示を出す。


「伝五、其方は城を隈なく探れ。城の攻め所を見つけるのだ。拙者は具体的な兵数を探る」

「承知しました」

「手早く頼むぞ。拙者もすぐに終わらせる。それらが終わり次第、母と妻を連れて熊川へ戻れ」

「ははっ」


 二手に分かれ、兵数を探る。新参者の拙者には見張りが付けられておるやもしれぬ。慎重に事を運ばねば。

 しかし、これは杞憂だった。どうも粟屋越中は拙者を無能と見なしたようだ。何も出来ぬと。戦場から逃げ出す臆病者と。


 これ幸いと伝五と二人で城のあれこれを数日かけて探る。兵数、兵糧、軍馬に武具まで。

 慌ただしい所から察するにおそらくは一月二月の間に事を起こすに違いない。


 城に籠もっている兵は二百程。後は周囲の村々から徴兵するつもりだろう。となれば、その数はやはり五百になろう。


 五百か。改めて考えると多いな。余程無理をして集める心積もりのようだ。この一戦にそれだけ賭けているのだろう。正に存亡の一戦である。


 それであれば徴兵された兵は傷つけたくない。今後の統治に拘わる。となれば、やはり速やかに国吉城を落とす必要がある。問題はどうやって城内まで招き入れるかだ。拙者が留守居役を命じられるかどうかで取る策も変わってくる。


 しかし、それを粟屋越中に尋ねるのは訝しがられるだけというもの。どちらに転んでも良いように想定しておく他ない。そう考えていると伝五が母上と妻の熙を連れて戻ってきた。


「それでは某はこれにて。御武運をお祈り申し上げます」

「ああ、伝五も息災で。熙、身体には気を付けるのだぞ。母上もお元気で」

「はい。十兵衛様も御達者で」

「しかと励むのですよ」


 母上と熙はこれで無事のはずだ。後顧の憂いは無くなった。後はこの城を乗っ取るだけである。雑兵の調略等を行い、伝五への連絡を密にする。伝五からは孫犬丸様から援軍が届いたと知らせが入った。


 どうやら京極氏から兵を借りたようだ。近江で浅井に追われ落ちぶれた京極氏。銭に目が眩んだのだろう。これで準備は整った。拙者は静かにその時を待つ。


「出陣じゃぁっ!者共、出陣するぞぉっ!兵集めぃ!」


 程なくしてその時が来た。周囲が忙しなく動き始める。粟屋越中が重臣達を集め、軍議を開くようだ。拙者もそれとなく評定の間の末席に陣取る。


「武田治部少輔様が武田伊豆守に対し、兵を起こすとの由。我らもこれに加勢せん!此方には武田三郎様を始め武田宮内少輔様など武田家の一族に逸見駿河守殿が付いておる。案じられるな!これは勝ち戦ぞ!」


 意気軒昂に立ち上がり、大声で皆を鼓舞する。確かに錚々たる顔ぶれが並んでいる。耳に良い言葉だけが並べられているが、敵方の内情も探っているのだろうか。


 孫犬丸様から伺うに向こうは公方様のご助力も得ているとのこと。御教書までいただいているようだ。それであれば地元の豪族は伊豆守様に靡くだろう。


 その報は受け取っているのだろうか。士気を上げるためにわざと内密にしている可能性もある。それであれば策士だな。それと、気になるのは陣容だ。特に留守居役とその兵数が気になる。


「田邊半太夫!地侍と雑兵を集めて参れ」

「ははっ」

「山本豊後守!其の方は兵馬兵糧の用意じゃ」

「承知仕りました」


 各人に割り振られている役割。皆が頭を下げて足早にその場を離れていく。どうやら総兵力は六百、そして四百を引き連れて参陣するようだ。こちらの想定よりも百も多い。下手をすると手古摺るやもしれん。


「十兵衛!」

「ははっ」

「そちは留守居役じゃ。この強固な城であれば戦に敗れた其方でも守れるじゃろ」

「……ははぁ」


 拙者は静かに頭を下げた。いちいち癪に障る物言いをなさる。だが、これで懸念は払拭された。特に難しい手はずを取らなくても城を乗っ取ることが出来そうだ。


 もし、留守居役に命じられなければ道半ばで引き返し、左馬助と伝五の両人と合流して帰還した隊を装い中へと入り来む予定であったが、その必要も無いであろう。


 粟屋越中の魂胆としては拙者に武功を立てさせたくないのだろう。いや、武功を立てることすら出来ぬと思っているやもしれん。拙者を舐めてくれるのであれば好都合というもの。


「どうせ敵方は若狭の最東端までは来ん。安心して城を守れ」

「然らば兵は百で構いませぬ。どうぞ、五百の兵で武田治部少輔様を、伯父上をお助け下され」

「そうか。それもそうだな。ではお主は百の兵でこの城を守っておれ。余計なことはせずとも良いぞ。ただ、守っておれば良いのだ」

「ははっ」


 深く頭を下げる。どうやら拙者が武田治部少輔様の甥であることから、伯父を心配しての加兵だと思ったのだろう。ただ、拙者としては国吉の城から兵を出したいだけなのだが。


 しかし、新参者に易々と城を任せるだろうか。某が武田治部少輔様の甥だから信用した、ということなのだろうか。この粟屋越中の考えていることが分からぬ。


 そこからは迅速であった。懐柔して信の置ける雑兵を引き抜き城に籠もる。伝五と左馬助が粟屋越中を監視し、直ぐには戻って来れない位置まで進軍したのを確認してから伝五と左馬助が国吉城にやってきた。彼らを城内に招き入れる。


「急げ!気が付いたら粟屋越中は戻って来るぞ。城の防備を固めよ!」


 伝五と左馬助の率いた兵は三百。拙者に付き従ってくれた国吉城の兵は五十。併せて三百五十の兵で国吉を守っておる。これだけの兵数があれば十分に防衛できる数じゃ。


 それから城内に居る粟屋越中守と家臣の親族や家臣達を城から追い出した。抵抗する者は首を取る。彼らに城内に残られるのは拙い。これも戦だ。悪く思わないで欲しい。


 粟屋越中が国吉城を強固に作ってくれたのもありがたかった。千の兵で攻めて来られても守れようぞ。

 この拙者の謀反の知らせは直ぐに粟屋越中へと伝わるだろう。しかし、もう手遅れよ。


 こうして、拙者は粟屋越中守の失態も相俟っていとも容易く国吉城を手中に収めたのであった。


◇ ◇ ◇


「という次第にございます」

「逃げて生き恥を晒したと十兵衛を罵った男が逃げるとは。滑稽だな」


 そう言って十兵衛の奥方が出した白湯を啜る。さて、問題はこの後どうするかである。

 しかし、俺の中では既に腹は決まっていた。ここからは俺の仕事。俺の大戦である。

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