御屋形様について
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同年同月 龍野城城代 本多正重
さて、御屋形様から命を賜った訳だが……どうやって備前を攻略していこうか。我らの最終目標は岡山城だ。そのためには周匝茶臼山城、亀山城などを落としていかなければならない。
我らが龍野城で軍備を整えていると十河隼人佑と宇喜多和泉守の二人が遅ればせながら入城してきた。それを某と黒田官兵衛の二人で、暖かく優しく迎え入れる。
十河隼人佑はひどく恐縮していた。それもそうだろう。既に戦が終わってしまっていたのだから。主導権を握るならば今である。ねっとりと絡みつくように慇懃無礼に申し上げる。
「十河殿、宇喜多殿。其方らの遅参、御屋形様は大変お怒りになられており申したぞ」
嘘だ。しかし、それくらいは言っても良いだろう。いや、御屋形様もお怒りになられていたに違いない。彼らが遅れ、何の役にも立っていないのは事実なのだから。
「そ、それはご尤もにござる。挽回の機会を、何卒」
十河隼人佑が頭を下げた。どうやら自責の念はあるようだ。某は官兵衛と目を合わせ、そして頷く。互いの意思を確認した後、官兵衛が口を開いた。
「では、十河殿と宇喜多殿にはこのまま西進いただき亀山城を攻め落としていただきたい。我らは津山城と連携し周匝茶臼山城を攻め落とすことに致す。また、西から姉婿の浦上三郎九郎を恐れた浦上遠江守が室津城に海上から攻め掛かっておられる。恐らく、我らの知らせを聞いて兵を引いているだろうが、今の内に落とせる所まで進むことをお勧めいたしまする」
ただ、ご判断は十河殿にお任せいたす。官兵衛はそう述べた。あくまで十河隼人佑は三好家の者。我らの指揮下ではない。要は亀山城さえ落としていただければそれで良いのだ。
これを聞いた十河隼人佑は深く考えることなく二つ返事で回答する。どうやら、御屋形様がお怒りになられているという言葉が効いたようだ。武田と三好の立場が、逆転したように思う。
「承知仕った。では、これにて失礼いたす」
十河隼人佑と宇喜多和泉守は足早に去っていった。宇喜多和泉守に至っては一言も発していない。彼らの焦りが垣間見えた気がした。俺はこう呟く。
「御屋形様は官兵衛も宇喜多殿も信用はしてないだろう。しかし、官兵衛は厚遇されておる。羨ましいことよ」
官兵衛は表情を変えない。どうやら本人も薄々は気が付いているようであった。主君を見捨て、御屋形様に乗り換えたのだ。信用されるはずがない。また同じことがあればそうする、そう思われるだろう。
「三弥左衛門殿から見て御屋形様とはどのようなお方でしょうか？」
官兵衛がそう尋ねる。彼もまた、御屋形様との距離をはかりかねているのかもしれない。御屋形様は今までに出会ったどの当主とも異なる考えをお持ちのお方だ。俺は素直に自分の意見を述べる。
「御屋形様はな、我らを前へ前へと引っ張っていくようなお方ではないが、我らの声にしっかりと耳を傾けて下さる。これがどうして心地良い。優秀と言う訳ではないが、我らとしっかと向き合ってくれるのだ。道理があれば全てを飲み込んで正しい道を選ばれるお方だ。もっと放蕩三昧の凡愚な当主だったならば出奔してやろうと思っていたのだがな。いや、そう考えると優秀なのかも知れん」
そう言って官兵衛に笑いかける。これが俺の感じている御屋形様である。御屋形様はなんだか背中を押したくなる、そんな当主なのだ。
「成程。どうすれば某は御屋形様に好かれることができましょう？」
「それが分かれば苦労はせぬ。が、嘘は言わぬことだ。取り繕っても良いことはない。御屋形様は失敗しても怒らぬ。いや、それだと語弊があるな。良い失敗は責めぬ」
「良い失敗とは？」
「次に繋がる失敗よ。御屋形様曰く、成功には摩訶不思議な成功があるのだが、失敗にはそれがない。必ず原因があるとのこと。それが我らの準備不足等ではなければ御屋形様は怒らぬ」
そう口に出してみて思う。何ともまあ変わった御屋形様だ。言葉がするりと肚に落ちてくるわ。某にとって御屋形様という存在が摩訶不思議である。
「では、今回の備前攻めも失敗は許されませぬな」
「そう気張るな。申した通り、万全の準備を整えて失敗したのであれば向こうが一枚上手だっただけのことよ。御屋形様は辛勝よりも余裕の撤退を好まれるぞ」
何故ならば被害が少ないからである。御屋形様は被害の増減にやけに拘る。いや、領主としては当然のことか。民の力がひいては国の力よ。
「ふふ、なんとも可笑しな御仁だ。では、某も無い知恵を絞って御屋形様のために被害少なく備前を取って御覧に入れましょう」
官兵衛が笑った。なんともまあ不器用な男だ。仕方がない。備前攻めが上手くいった暁には御屋形様との仲を取り成してやろう。そう心に誓ったのであった。
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