三人目の来訪者
「僭越ながら申し上げまする。仰る通り、このままでは東から別所大蔵大輔が。そして西からは龍野城の赤松下野守が攻め込んで参りましょう。いくら伊豆守様とて、挟撃されれば被害は甚大。そこで置塩城を別所大蔵大輔に割譲してはどうでしょう?」
官兵衛が言う。これは妙手である。赤松家父祖伝来の置塩城を別所安治に割譲しようというのである。もし仮に、龍野城の赤松政秀が置塩城を手中に収めんとすれば、篠の丸城は無視できん。
そして篠の丸城と出城の聖山城は落城の憂き目に遭っているのだ。赤松政秀にそれを止める術は無い、ということだろう。
しかし、気掛かりなことが一つある。それは官兵衛達が心の底から俺に臣従を誓っているか、である。さて、どうするか。
「其方が当主ではなかったとは言え、我らの臣従を一度は断ったことは事実。だが、其方が申した通りに親族衆を寝返らせ、別所安治に置塩城を割譲して我らの味方とさせることが能った暁には臣従、いや一万石で召し抱えようではないか」
自分でも破格な条件だと思う。しかし、宇喜多直家がいる手前、安易に反感を買うことは出来ない。それよりも直家よりも優遇し、二人を反目させる方が良い。そう考えたのである。
「ははっ、ありがとうございまする」
「確か其方には三人の弟がおったな。どうだ、これを機に俺の小姓にしてみんか?」
「……勿体ないお言葉。ありがとうございまする。早速手配いたしましょう」
体の良い人質である。これで人質は南条と黒田から取ることになった。乱世の倣いである。俺は積極的に人質を取る。
そして少しずつ洗脳するのだ。いや、洗脳というと聞こえが悪い。武田色に染めていくということにしよう。しかし、だからといって油断はしない。
それから二人を下がらせる。それと同時に本多正信が入ってきた。後ろで会話を聞かせていたのだ。頼れる者は頼る。内藤重政から教わったことだ。
「如何であろう?」
「概ねはよろしいかと。しかし、あの黒田と言う者をやけに重宝しましたな」
訝しげに述べる正信。それもそうだ。彼の才能は俺しか知らないのだから。しかし、それを言うなら正信を重宝しているのもそうだ。なので、思ったことを素直にそう言ってやったわ。
「確かに、仰る通りですな。はっはっは」
「笑い事ではないぞ。彼奴の策、成ると思うか?」
「成るとお思いなのでしょう。某も赤松と別所を仲違いさせるのは悪くはない考えかと。よしんば上手くいかなかったとしても疑心暗鬼にさせることは出来ましょう」
正信も同意を示す。それにはまず篠の丸城と出城の聖山城、それと安積城を落とさねば。官兵衛が此方に付いたとなると、姫路城に志方城も我らのものだ。
地図を広げる。これで宍粟郡と揖保郡、それから飾磨郡の南部が我らの領地となる。残るは赤穂郡、そして佐用郡だ。さて、どうやって攻略するべきか。
佐用郡には福原則尚の守る佐用城、赤穂郡には横山義祐の守る室山城などがある。どちらも赤松側に付くだろう。横山義祐に至っては赤松氏の出だ。
浦上を動かすか。官兵衛の姉が浦上清宗に嫁いでいる。彼なら上手いこと説得するだろう。全て俺にやらせては立つ瀬が無いぞ、などと言って焚き付けるのだ。うん、そうしよう。
「御屋形様」
「如何した?」
俺が正信と話し合っていると菊千代が俺に歩み寄ってくる。その表情は酷く申し訳無さそうであった。良くない知らせだ。彼の表情で分かる。
「十河隼人佑と名乗る者が御屋形様にお目通りを願っておりまする。如何なされますか?」
十河。十河といえば三好長慶の弟筋ではないか。いや、そもそもの十河氏は讃岐の国衆であったか。しかし、何故俺の元に十河が尋ねてきたのだろうか。
察する。彼らが来る要件は一つ。将軍位争いだ。何か動きがあったのかもしれない。それも、相手方の甥である俺を尋ねる程の何かが。
「会おう。呼んで参れ。弥八郎はそのまま此処に控えよ」
「ははっ」
菊千代が退出し、一人の男を連れて戻ってきた。年は二十歳程の強面の武者だ。流石は十河一存の息子である。息子で合っているよな。養子だの何だので複雑過ぎて分からんのだ。
「伊豆守様におかれましてはお初にお目にかかりまする。十河隼人佑と申しまする。こちらまでお出でになっていると伺い、馳せ参じてまいりました」
「俺が武田伊豆守である。本日はどのような用向きで参ったか」
「はっ。是非とも平島公方のためにお口添えいただきたくお願いしに参った次第でございまする」
「ほう。と言うと?」
「覚慶めが左馬頭に叙位されたと。更には恐れ多くも将軍でないにも拘わらず方々に御内書を出し、京極、仁木、三淵、上野、曽我が参集したと」
義秋と呼ばず、覚慶と呼ぶ辺りに十河の怒りを感じ取れる。
しかしなんとまあ懲りない奴らだ。将軍でもないのに御内書を出すとは。いや、俺に会う前に既に出していた可能性が高い。これだから家柄に胡坐をかく連中は嫌いだ。
「他にも関東管領の上杉、毛利、相良、畠山、松平にも御内書を出して出兵し上洛を求めたと。他にも尾張の織田が上洛に協力しているとの知らせもございまする」
流石は手紙公方と揶揄されていただけのことはある。この頃からその片鱗をしっかりと見せつけていたとは。いや、これで味を占めていたのかもしれない。
「して、何故我らのところに?」
「伊豆守様は覚慶めの要請を一蹴したと伺っておりまする。であれば是非とも我らにお味方いただきますよう、お願い申し上げまする」
「勘違いされては困る。俺は叔父上と敵対している訳ではない。帝の定めし将軍に従うと宣言しているのである。よって、協力することは出来ぬ」
ぴしゃりと一蹴する。成程。俺が義秋の名代をけちょんけちょんにして追い返したから取り入る隙があると思われたのだろう。これは身から出た錆だ。致し方ない。だが断る。
しかし、ここで義秋と義栄が良いように争ってくれるのが此方にとっては都合が良い。今は義秋が有利のようだ。であれば、義栄に肩入れしても良いかもしれない。争わせたいのだ。
「銭はいくら用意できる?」
「は? え?」
「銭はいくら用意できるかと尋ねているのだ」
久我晴通を通じて献金し、足利義栄に対して融通を図ってもらおうという考えだ。前に若狭に来た久我通堅の父であり、俺の大叔父だ。
通堅は駄目だ。何をしでかしたか知らんが前年に帝より勅勘を被り正二位から従二位に落とされている。ただ、家格は摂家に次ぐ清華家だ。影響力はあるはずである。
「二、いや三百貫であれば某でも用立て能うかと」
「話にならん。三好日向守にでも話をつけて二千貫用立てよ」
「に、二千貫にございまするか!?」
「出来ぬか?」
そう尋ねると黙ってしまう十河何某。仕方がないので助け舟を出すことにした。俺にとっても十河が来てくれたことは渡りに船である。
「ならば千貫用立てよ。残り千貫は我らで用立てしようではないか」
「あ、ありがとうございまする! それであれば――」
「ただし!」
十河の言葉を遮って制止させる。固唾を飲んで俺を見ていた。俺はにやりと笑ってから十河何某にこう告げた。
「播磨攻めを手伝って欲しい。そうだな。弥八郎、どうするのが良いだろうか」
「はっ。小豆島より赤穂郡を攻めさせるのがよろしいかと。我らが北と東から攻め、南から十河殿に攻めていただきましょう」
「妙案である。三方から攻められては一溜まりもあるまい。如何かな、十河殿。お手伝い願えますかな?」
銭を出せよりも兵を出せの方がしっくりくるだろう。そういう顔をしている。銭勘定が苦手で戦が得意そうな顔だ。苦手なことでとやかく言うよりも、得意なことをやらせた方が良い。
「承知いたしました。三千の兵で攻め込みましょうぞ」
自信満々にそう告げる十河何某。俺はそれに一抹の不安を覚えた。そこで妙案を閃く。いや、厄介払いかもしれない。
「菊千代、悪いのだが宇喜多和泉守を呼び戻してきてはくれぬか?」
「ははっ」
程なくして戻ってくる宇喜多直家。俺は供の花房正幸も招き入れる。そう、彼らを十河何某の寄騎として同道させようというのだ。その旨を三人に伝える。
「よろしいかな? 十河隼人佑殿」
「はっ、願ってもない申し出にございまする」
「と言うことだ。よろしく頼むぞ、和泉守」
「承知仕り申した」
宇喜多直家がどのような働きをするか見物である。俺は敢えて何も指示しない。小豆島の城を盗ってきたら笑ってやろう。
俺は彼らと別れた後、南下を急ぐために内藤政高を城代として残し、手勢を引き連れて安積城へと向かうのであった。
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