叱咤激励に奮起す
程なくして内藤重政が俺の元にやってきた。後ろには息子の内藤政高が控えている。他の将は居ないようであった。
「御屋形様、こちらを」
重政が恭しく太刀を返納する。俺はそれを受け取り、頭を下げた。
「其方の戦ぶり、見事であった。感服するばかりだ。良いものを見せてもらったぞ」
「何を仰ります。百もの被害を出してしまい申した。ご容赦の程を」
この被害も俺のせいである。俺が赤松の軍勢を殲滅せよと命じたが故だ。
逃げ道の無くなった敵兵が死兵となって死に物狂いで戦った結果だ。全て、俺のせいなのだ。俺は下を向く。
「何故、下をお向きになる。大戦果ですぞ。こちらをご覧下され」
内藤が見せてくれたのは首であった。人間の生首。ついさっきまで動いていたであろう人間の首を持ってきたのだ。
端から赤松義祐、間島氏勝、宇野政頼と宇野祐清の親子、梶原景秀に鳥居職種、そして小寺政職の首である。
「赤松の大将首から武将首の悉くを討ち取ってございまする。我ら以外の諸将は急ぎ播磨を抑えるため南下を進めておりまする。それが某が最後に下した命にございますれば、平にご容赦の程を」
内藤親子が揃って頭を下げる。しかし、俺は俯いたままであった。何が麒麟児か。皆に煽てられて有頂天になっていたのだ。
今は恥ずかしさしか無い。内藤重政が居なかったらと思うとゾッとする。これ以上の被害が出ていただろう。内藤は遠回しに俺を諫めてくれたのだろう。調子に乗っていた俺を。
「良い加減顔を上げられよ! 戦はまだ続いているのですぞ! 当主たる者、如何なる時でも前を向きなされ! 反省は後でも出来ます。今は今しか出来ぬことをなさりなさい!」
内藤重政から檄を飛ばされる。父に物事を教われなかった、教わる機会が無かった俺からしてみれば内藤重政は父親代わりのような男である。怒られる機会が無かった俺にしてみれば、非常に新鮮な叱咤であった。
「そうか、そうだな。反省は後でもできるか。今は為さねば成らぬことを行おう。内藤の、なんと指示を出したのだ?」
「某に難しいことは分かりかねます故、本多殿のお好きなようにと。某は御屋形様を説得するとだけ」
俺に指示を請わなかったのは神速を貴ぶためだろう。総崩れしている今が西播磨を占領する好機なのだ。しかし、兵が纏まるだろうか。皆が勝手に攻め込んでは烏合の衆になるだけである。
そのときであった。本多正信から早馬が届いたのである。使い番が下馬して俺の前に跪く。
「ご注進にございまする。波賀城、落城してございます。波賀城にて次の下知をお待ちとのことにございまする」
流石は本多正信。主君を立てることを忘れない。急ぎ地図を広げる。波賀城は押さえた。そのまま南下すると安積城があるはずだ。引原川と揖保川の合流地点にある城である。因幡に通ずる街道のある要衝だ。
そこを押さえてそのまま南下し、篠の丸城と出城の聖山城を落とし、香山城まで落としたい。そうすれば赤松義祐の居城だった置塩城が狙えるのだ。
まずはそこまでを考える。そこまで行動して次を考えることにしよう。目標は変わらない。目標は瀬戸内海だ。姫路だ。
「そのまま南下し、安積城を攻めるのだ。硬軟使い分けて何としてでも落城させよ。先鋒は井伊直親に任せておけ。寄騎が必要であれば申せ。そのように致すと伝えよ」
「ははっ、畏まりましてございまする」
早馬は馬を乗り換えて来た道を戻っていく。さて、我らも早く波賀城へと向かわなければ。
陣を引き払って南下する。波賀城では本多正信と本多正重、それと松宮清長と宇野勘解由が俺を待っていた。
「遅れてすまない」
「なんの。此処までは上手く事を運べておりましょう。先の戦で赤松勢の大半を叩くことが出来申した。今、安積城は井伊肥後守殿と渡辺半蔵殿、曽根九郎左衛門尉殿が攻めておりまする」
本多正信に代わり本多正重が答える。俺は本多兄弟の両名に質問を返す。
「落とすこと能うか?」
「能いましょう。安積城には将も兵も残っておりませぬ。時間の問題かと」
堀菊千代に地図を広げさせる。そして皆でそれを車座になって囲い今後の展望を話し合う。我らにまだ余力はある。兵には今、休息を与えている最中なのだ。
「では、篠の丸城と出城の聖山城を今から落とすことは?」
「篠の丸城は宇野氏が代々居城としている城ですな。出城の聖山城も宇野氏の家臣が守っていることでしょう。宇野親子を討ち取っております故、落城はそう難しくは無いかと」
「であれば急ぐが吉か?」
「でしょうな。我らの兵には十分な休息を与えており申す。籠城の準備が整う前に囲んでしまった方がよろしいかと」
俺は長坂昌国と垣屋恒総、それから本多正重と松宮清長を篠の丸城に。大将は松宮清長に務めてもらう。
それから太田垣輝と飯富虎昌、宇野勘解由は聖山城だ。大将は飯富虎昌に任せる。
俺と本多正信、内藤親子はこの城の留守居役だ。内藤は十分な功を立てたし、正信は功に興味が無い。俺に侍っていれば十分なのだろう。其の才を遺憾無く発揮できる場所を求めて居たのだ。
後は待つのみ。まだまだ学ばなければならぬことは多い。戦において総大将が最前線に出なければならない場面と後ろにどっかと控えていなければならない場面がある。今は後者だ。
我らは攻勢に出ている。初戦を大勝して赤松勢を瓦解させたのだ。
本来ならば此処で正信を遣わして調略の一手である。ただ、今回は我らの武を見せつけるため、此方からは敢えて送らない。
しかし、機を見るに敏。状況を正確に把握できる将は俺の下に臣従を希望する使者を遣わしていた。
そして、その中には姫路城代の小寺官兵衛の名があったのである。主君が討たれたというのにだ。
さて、どうするべきか。相手は稀代の名軍師である。俺は、心臓が一つ高く鳴ったのを感じたのであった。
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