鶏肋
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永禄八年(一五六六年)四月 備中国 備中松山城
明智十兵衛の話
御屋形様が西播磨と備前に向かっているころ、某は備中松山城のある一室に通されていた。
三村紀伊守家親と美作の領地について話し合うためである。
我らとしても美作国は手中に置きたい。三村としても昨年、美作国の三星城を攻めている。
落城させることは出来なかったが、その行動から見ても美作国を欲さんとしていることは明白である。
我らも欲しい。三村も欲しいでは戦になるだろう。しかし、今は互いに毛利を盟主とした同盟国である。更に言うなれば、美作国は尼子のものである。我らがあれこれ言うのは筋違いというものだ。
「お待たせいたした。某は植木下総守である。遠路遥々ようお越しくださった」
やってきたのは三村紀伊守の家臣である植木下総守秀長である。六十を過ぎた老齢の将である。
人生の酸いも甘いも嚙み分けた男。これは難儀しそうである。
「某は明智十兵衛にござる。いえいえ、こちらこそ不躾にお訪ねしてしまい、申し訳ござらぬ」
まずは世間話から。既に肚の探り合いは始まっているのだ。ここまでは穏やかに進んでいる。ただ、問題はここからだ。本題を切り出す。
こちらの要望は美作国に手を出さないで欲しいということ。対する三村としては美作国を手中に収めたいと考えているはず。問題は何処を落としどころにするか、ということだ。
交渉は難航した。それもそうだ。意見が真っ向から食い違っているのだから。妥協する点が見当たらないのである。某もこれには頭を抱えてしまった。だが、妥協する訳にはいかないのだ。
御屋形様は甘さをお捨てになられた。良い傾向である。そこに水を差してはいけない。何度も何度も話し合いを重ねる。しかし、一向に話がまとまる気がしないのだ。
そんなときである。某の元に黒川衆から一つの知らせが届いた。
「如何した?」
「はっ、毛利陸奥守、体調が芳しくないとのことにございまする」
「……それは誠か?」
「誠にございまする。曲直瀬道三が周防に向かおうとしていたところ、御屋形様がお止めになられていると」
「分かった。報告感謝いたす」
これで事情が変わってきた。考える。御屋形様の意図を。どうすれば意に沿えるだろうか。そして、御屋形様はどのような未来をお考えなのだろうか。
成程。どうすれば良いのか朧気ながらも見えてきた。御屋形様と尼子右衛門督との会話を思い出す。そしてこれだ。それであれば美作国に固執する必要は無いのかもしれない。
某は植木下総守との打ち合わせを再開する。向こうも辟易していたが話し合いは今回で終わりだ。某が開口一番、こう宣言する。
「分かり申した。植木下総守殿には負け申した。美作国は西北条郡だけ我らに割譲いただければ手出しは致しませぬ。その代わり、尼子右衛門督殿に賠償として銭をご用立ていただきたい。これにて如何か?」
「仰っている意味が分かりかねますな。何故、美作国を攻め獲ることに武田伊豆守様の許可を得なければならぬのでしょう」
正論だ。ただ、こちらが妥協するのだ。何か一矢報いなければ某の立つ瀬がない。
「これは異なことを。では、我らが美作国を攻め獲ってもよろしいか。攻め獲ったもの勝ちということで」
それであれば有利なのは我らだ。もとは尼子の領地なのである。そして尼子は我らに割譲すると約定を交わした。つまり、美作国の国衆は我らに靡き、三村に敵対視するのだ。いや、させる。させてみせる。
それを銭で止めると言ってるのだ。これは我らなりの譲歩である。ただ、この話がまとまらなければ、我らも急ぎ美作国を攻め獲らなければならない。
某の一存で動かせる兵は多くて二千。いや、農民兵も動員して良いのであれば六千は動かせる。そこに尼子も加われば一万は動員できるだろう。
そして美作国の尼子派は我らに、独立している国衆を一万で落としまえば良いのだ。そうすれば銭は使うが美作国は奪える。だが、三村と敵対することになる。御屋形様はそれを了承してくれるだろうか。
なので、某としては兵は動かしたくない。この話を植木殿が、三村様がこの提案に同意してくれることを望む。
植木下総守は静かに目を閉じて考え込んでいる。
「この話、お答えを待っていただきたい」
「勿論にござる」
どうやら三村紀伊守に話を持っていくのだろう。備中は瀬戸内に面している。海運から銭をそこそこ稼いでいるはずだ。それを我らがせしめる。
若狭武田は銭で成り立つ家なのだと御屋形様は教えて下さった。銭を稼ぐことが国の強さに繋がるのである。
相手の銭を削げるのだ。これは悪い手ではないはず。御屋形様の意に沿っているはずだ。
後日、植木殿が某を呼び出した。恐らくだが、この間の提案の回答が用意できたと見える。
「お呼び立てして申し訳ござらぬ」
「お気になされまするな。この間の回答が貰えるのであれば、何処でも馳せ参じましょう」
回答を持ってきたのだろうな、と優しく圧をかける。某も早く交渉を終わらせたいのだ。まだ終わっていない政務がある。早く自分の預かっている城に帰りたい。
「その件なのだが、我が殿は承諾いたした。銭は五百貫用意しておる。これで手を打っていただきたい」
五百貫か、と思ってしまった。感覚が麻痺している。若狭武田では二千貫など今では端金であるが、諸大名では大金なのだ。帝など、千貫が用意できず御大典が出来ず困っていたのだから。
向こうとしても銭で黙らせられるのであれば、黙らせておこう。そういう腹積もりなのだと推測する。我らは銭に五月蠅い家だと思われているのだろう。
「承知いたした。それで手を打ちましょう」
これで城に帰れる。満面の笑みがこぼれてしまった。この合意の真の狙いは美作を我らの物にするためである。
毛利陸奥守が長くはない。御屋形様が長くさせない。となると山陰と山陽が荒れる可能性がある。毛利の求心力が低下するのだ。
その隙を狙って美作国を奪取する。三村は力攻めで美作国を落としたとあらば、美作の国衆からはそっぽを向かれるだろう。この方が、我らが美作国を手中にしやすいのである。その後の統治も合わせて。
早速、御屋形様にご報告差し上げねば。某は文を認めて黒川衆に預けるのであった。
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