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君主の太刀

永禄九年(一五六六年)四月 因幡国 鳥取城


 俺は鳥取城に居る。何故居るのか。それは播磨の赤松を攻めるためである。

 一つ、面白い話をしよう。毛利元就の容態だが芳しくないらしい。


 と言うのもだ。医師の意見がまとまらないのである。曲直瀬道三という名医がいれば意見もまとまろう。しかし、その名医がいない以上、あーでもないこーでもないと遅々として治療が進まないのだ。


 また、誰もが処置の責任を取りたくないのだろう。治療も他の人任せとなっており、積極的な治療が進んでいないとのことであった。これは曲直瀬道三を西に向かわせなかった結果が出るやもしれん。


「御屋形様、揃いましてございます」

「うむ」


 俺は井伊直親に促され評定の間へと向かった。そこには飯富虎昌、長坂昌国、曽根虎盛の甲斐組と松宮清長、内藤重政、宇野勘解由の譜代組。渡辺守綱、本多正重、本多正信の三河組。そして垣屋恒総、太田垣輝延、田結庄是義の但馬組が並んでいた。


 他にも草刈景継、一色重之、そして遠藤秀清が待機していた。俺が入り、全員が頭を下げる。着席し、一言、面を挙げよと。全員の目が俺に向く。


「さて、皆に集まってもらったのは他でもない。これより我らは西播磨へと攻め入ることに致す。我ら武田を軽んじたこと、赤松と浦上の両名に後悔してもらおうではないか」


 ここに居る全員が兵を三百は率いてきている。つまり、裕に五千を超える兵が集まって居るのだ。しかも、その全てが雇い兵である。これで一気呵成にまずは赤松を落とす。狙うは播磨国の波賀城だ。


 波賀城は山に囲まれて居るため進軍するのも一苦労である。ただ、道は覚えやすい。鳥取城から南下し、八東川沿いに進軍すれば良いのである。


 まずは出陣式を滞りなく済ませる。俺としては行わなくても良いのだが、まあ一種の験担ぎだ。これを信じている者も多数いる。


 ただ、吉凶占いはやめさせる。あんなもの、占い師の一存だ。それよりも今までの研鑽と練りに練った策、何よりも日頃の鍛錬を信じよと皆には伝えてある。


 途中、若桜鬼ヶ城に寄って休憩し、そして波賀城に攻め込む。そこからでも移動で丸一日はかかるだろう。これは久し振りに本気で攻城戦をしなければならないようだ。そもそも、大軍が布陣できる平野が無いのである。


 ただ、宍粟まで行くと平野が現れる。その宍粟に山崎城だったか篠ノ丸城があるのだ。恐らく、赤松は此処に兵を集めてくるに違いない。此処を抜ければ姫路まであっという間である。


 若桜鬼ヶ城の城主、矢部吉茂に会う。我らが来ることを先触れから聞いていたのだろう。しっかりと持て成しの準備をしてあったわ。しかし、その悉くを断った。


「我らは戦に行くのであって遊びに行くのでは無い。矢部山城守殿にお願いしたのは宴の用意であったかな?」


 そう述べたら顔を青白くして苦笑いをしておった。これで許していたらツケ上がられてしまう。締めるところは締めねば。その塩梅が重要なのである。休憩の礼はたんまりとしてやろう。


 俺が虚仮にされて怒っていることが伝われば良いのだ。そして俺を怒らせてはならない。ただ、正しい行動をすれば賞賛してくれると。そう思ってもらえるよう振る舞うのだ。君主業も楽では無いな。


 そうすると朝、若桜鬼ヶ城から出発しようとしたところ武者の一団が我らの元に進み出た。そして一人が俺の前に進み出でてこう述べる。


「某は矢部山城守の家臣である矢部小次郎行綱にございまする。我らを是非とも伊豆守様の軍にお加えいただけますよう、平にお願い申し上げまする」

「これは忝い。矢部山城守殿のご厚意に甘えさせていただく」


 その数およそ三十。俺の圧が効いたのか、兵を出してきた。良い傾向である。そのどれもが侍だ。農繁期である。雑兵は集められなかったのだろう。だが、それで良い。


 しかし、これだけで褒美を授けるに値する行為と賞賛しよう。そして、広くわざとらしく喧伝するのだ。他の国衆達が真似てくれるようになったら御の字である。


 八東川に沿って南下を続ける。波賀城の城主は中村宗秀である。官位は土佐守だ。どうやら赤松晴政に臣従していたのだが、一度、尼子晴久に従属し、そして現在は再び赤松義祐に従属しているとのこと。


 押せば臣従してくれるかもしれん。しかし、こちらは一度臣従の使者を遣わしている。それを断ったのは他の誰でも無い中村宗秀なのだ。それであれば是非は無い。もう、待ったは効かないのだ。


 波賀城の北にある音水湖に陣を張る。今日は此処で一泊し、早朝に波賀城に向かって城攻めだ。兵を休ませている間、俺は主だった将を集めて軍議を開く。


 まずは一息入れる。身体が疲れていては頭が回らない。それと同時に思考する時間を取るのだ。

 そして俺が口を開く。物見からの知らせを報告せよ、と。


「はっ、物見によらば波賀城には五百の兵が詰めているとのこと。籠城の構えにござる。また、赤松出羽守が置塩城を出て篠ノ丸城に入ったとのことにございまする」


 そう報告するのは本多正信である。篠ノ丸城に入ったということは、そこで戦をするつもりのようだ。篠ノ丸城で兵を集めているのだろう。では、波賀城は時間稼ぎか。


「波賀城に梃子摺っていては置塩城など夢のまた夢だな。さて、此処は一つ、小細工無しに正面から力で捻じ伏せてみようではないか」


 今回の戦は我ら、若狭武田の力を誇示するための戦でもあるのだ。力押しで城一つ抜けないで何が大名か。笑う周囲を黙らせる必要がある。先鋒を務めたい者を志願させた。


「某にお任せを」

「いや、某に!」

「いやいや某でござる!」


 名乗りを上げたのは飯富虎昌に井伊直親、そして渡辺守綱であった。どれも血気盛んな武者である。俺は城の南面には飯富を。東面には井伊を。そして西面には渡辺を配置することにした。


「御屋形様、苛立つ気持ちも分かりますが、逸ってはなりませんぞ。山県孫三郎のことをもうお忘れにござるか?」


 そう俺を諌めたのは内藤重政であった。一時の感情に任せて力攻めをしてはならないと。妄りに兵の命を弄んではいけないと。


 そしてこう続ける。「御屋形様は未だ若過ぎる。堪えることを覚えませんと」俺は堪えているつもりなのだがな。まだ足りないらしい。深呼吸をする。


「確かに頭に血が昇っていたかもしれん。孫三郎のことを持ち出されると何も言えんな。しかし、我らの力を見せつけなければならないのも事実。よって、この戦、其方が全てを差配せよ。俺は口出しせん」


 この戦は内藤重政に任せることにする。勿論、全軍が内藤重政の指揮下だ。それを証明するために修理亮盛光を貸し与える。


 これを預けている間は俺も内藤重政の指揮下に入ろう。俺でも分かる。今の俺は冷静な判断ができないだろうと。いや、それがわかっているならば冷静か?


「ははっ、ありがとうございまする。必ずや期待に応えてみせましょう」


 俺は残念なような、しかしそれでいて、どこかほっとしたような気持ちになるのであった。

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