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ずれ行く歴史

永禄八年(一五六六年)三月 若狭国 後瀬山城 武田氏館


 粛々と戦支度を進める。今回、新たに用意させた装備は靴である。草鞋では悪路を走破するのが難しい。そこで貫という馬上靴の量産を進めていた。


 我らは牛を食べる者が多い。鶏も食べる。これは我らが苦心して徐々に浸透させていった結果である。領内の分国法でも定めている。ここでは分国法こそが規則なのだ。


 牛を食べるとどうなるか。牛革が手に入るのだ。日本では牛革が用いられるのはもう少し後だが、鹿革は一般的に広く用いられている。処理の仕方はほぼ同じだ。


 革の量が豊富にあるのだ。生かさなければ勿体ない。この革をインソールに使うのだ。これで砂利道でも足裏の痛みが軽減されるだろう。機動力は強さだ。


 山陰の因幡国から山陽の備前国、播磨国に抜けるには山を抜けなければならない。そして狙うは宍粟郡である。波賀城を奪い、播磨攻めの拠点とするのだ。


 本当であれば備前の浦上宗景から攻め落としたい。しかし、美作国を平定できていない以上、津山城から南下することが難しいのである。なので、鳥取城から山を越えて南下し、波賀城を奪って拠点にするのだ。


 攻め込むには大義名分が要る。それはどの国でも、いつの時代でも変わらない。周囲が納得するだけの理由を揃えなければならないのだ。


 今回、我らは形式上は浦上誠宗と同盟を結び、その盟に従って彼の父兄を討ち果たした赤松親子を誅する立場となっている。搦め手での侵攻だ。


 強さが正義だとは思わない。だが、弱いままでいるのは悪だ。弱いなら、強くなる努力をしなければならない。弱いなら弱いなりに知恵を絞らねばならないのだ。


 だというのに、若狭武田は毛利にひれ伏した。腰抜けだなどと抜かす者の多いこと。ここまで虚仮にされて怒らぬ者がどこにいるというのだ。そう述べてきた赤松と浦上に抗議の文を送りつけてやったわ。


 いや、待てよ。もしかしてこれが開戦事由になるのではないだろうか。本多正信と検討してみよう。出来るのならば、他者のためではなく、自分達のために戦いたい。


 そして、舐められぬようになりたいのだ。強くなれば、一目置かれるようになれば、そう易々と攻め込まれなくなるのである。その最たる例が清だ。


 清をパイに見立てて列強諸国が切り分けている風刺画を一度は目にしたことがあるだろう。つまりはそういうこと。今はそういう時代なのだ。


 早速、本多正信に文を出そう。先程の暴言から宣戦布告の糸口を掴めないかという相談の文を。そして可能ならば速やかに実行に移して欲しい。そう書き記して。そうすれば浦上との盟約も結ぶ必要はない。


 さて、今日はこれから商談である。というのも、金と銀が溢れてきたのだ。それもそうだ。使わずに蔵にずっとしまっているのである。徐々に場所を圧迫してきているのだ。


 金と銀を幾らか手放すつもりである。しかし、南蛮に金銀を手渡すのは面白くない。かと言ってずっと抱え込む訳にもいかない。世の中とはままならぬものである。


 今回はいつもとは趣向を変え、堺から商人を呼び寄せた。その名を武野新五郎と言う。かの今井宗久の娘婿だ。若狭武田の末裔を自称しているらしいが、はてさてどうなることやら。


 金と銀の在庫を正確に記録する。商いは信頼と数字が全てだ。なので、正確に把握しないとどれだけ放出して良いか判断に苦しむ。


 今回は南蛮の品々を譲ってもらう交渉を仕掛ける。機械時計に洋装。綿花に芋が手に入れば御の字である。そして硝石だ。今回は硝石の交渉といっても過言ではない。


 硝石を隠岐の島でと考えているが、そうそうすぐに結果が出るものではない。当面の硝石の仕入れは急務なのだ。それが無ければ火薬が作れぬ。


「御屋形様、武野新五郎なる者が参りましてございます」

「そうか。すぐに向かう」


 嶋新吉が声を掛けてきた。俺は襟を正して武野新五郎と対面する。といっても向こうは平伏したままである。


「面を上げよ」

「はっ」


 武野新五郎は十七、十八程の青年であった。商人としてはまだまだ半人前だろう。俺と年が近く、組み易しと思われたのかもしれない。


「其方が武野新五郎か。俺の親族らしいな」

「はっ、武田が下野し、武野と名乗ったと伺っておりまする」

「商いは何を」

「主に武具を。それから皮革等も扱っておりまする」

「ほう、革か。我らも革には五月蠅いぞ。何せ牛革も扱うくらいだからな」

「牛革にございまするか。是非とも詳しくお聞かせをば」


 そこからは話が弾んだ。どうやら根っからの商売人のようだ。銭勘定が好きなのだろう。武士ではなく商人になって正解だ。それを俺が述べても説得力が無いか。


「ときに新五郎」

「何でございましょう」

「其方は硝石を仕入れることは出来るか?」

「硝石にございまするか。岳父であれば可能かと。如何程ご入用で?」

「あればあるだけ良い。それから南蛮の衣服など、目新しい物があれば仕入れてきてくれ。銭は弾むぞ」

「畏りましてございまする。まずは硝石の量を急ぎ確認いたしましょう」

「頼む」


 それから俺は新五郎に何か面白い話をとせがんだ。すると新五郎は堺と京の噂話を聞かせてくれた。堺も京も次の将軍が誰になるのかの話題で持ちきりである。やはり話題はそれか。


 どうやら少しずつ俺が知っている歴史とはズレが生じているらしい。というのも、足利義秋が焦っているのだ。


 甥である俺にまで愛想を尽かされたと京では専らの噂だ。確かに愛想は尽きているが、そもそも会ったこともない叔父に愛想などあるだろうか。いや、無い。


 その足利義秋だが、以前から六角のお世話になっているとのこと。悪くない選択だろう。こちらに擦り寄ってこなければそれで良いのだ。


「御上が三好との関係に気を遣うのであれば次期将軍は平島のものになるだろう」

「失礼ながら伊豆守様はこの争いにお加わりにならないので?」

「これに加わるくらいなら隣国を攻め取った方がマシよ」


 そう言って笑う。新五郎は「そんなものですか」と呟いていた。そんなもんだよ。


 そうだ。隣国を攻め取った方がマシなのである。争いが向こうから着々と近付いてきおった。今の内に食らえる国は全て食らっておかなければ。


「硝石の件、頼むぞ」

「ははっ」


 こうして武野新五郎との商談を和やかに終えたのであった。

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