毛利と松永と織田
永禄八年(一五六六年)二月 若狭国 後瀬山城 武田氏館
年が明けた。冬の間は国力を貯めるために開墾を進めていけるよう、準備を進めていた。大事なのは何をおいても第一次産業だ。
特に宗麟カボチャを早急に広めよう。俺も若狭の武田氏館の裏で宗麟カボチャを育てている。
この日ノ本ではまだ見ぬ食物だ。領民からは奇異の目で見られよう。積極的に育ててもらえるか。これはこちらで育てる場所を確保しなければ。
「御屋形様」
「与四郎か。如何した」
畑に鍬を入れていると、いつの間にか黒川与四郎が近づいていた。手を止め、汗を拭いながら報告を耳にする。
「曲直瀬道三が安芸へと向かう様子。どうやら毛利陸奥守、体調が芳しくないとのこと」
黒川衆の与四郎の知らせでは医師の曲直瀬道三が毛利元就の元へ向かうらしい。どうやら元就の体調が優れないということである。
であれば、どうするか。勿論邪魔をするに限る。難癖をつけて曲直瀬道三を西に向かわせないのだ。そうすれば、或いはが考えられるのだ。
恐らく東の尼子攻めから大返しをして周防国で挙兵した大内を討ちに向かったのだろう。老体に鞭を打ち過ぎたのだ。年齢ももう七十前後である。臥せってもなんらおかしくはない。
いや、待てよ。この際、毛利元就には長生きしてもらった方が良いのではないだろうか。その方が西が安定する。我らは備前と播磨に集中できるというものである。
どちらの方が利が大きいか考える。いや、やはり邪魔をするべきだ。毛利に威張られると三村との揉め事に武力を使うことが出来ないのだ。
それであれば、弱体化してもらい、もっと武田に依存してもらった方が良いのだ。
我らが暴れたとしても周防国が落ち着いていないのであれば我らに構っている暇など無いだろう。これは好機である。全力で邪魔をするよう、与四郎に強く命じた。
「お任せあれ」
そういって影の如く消えてしまった。どうやら、曲直瀬道三が前回、下向したときに見逃したのを酷く反省しているようだ。
今回はその反省を踏まえ、前々から曲直瀬道三の下に何名かを弟子入りさせているようであった。流石は与四郎、抜かりはない。あとは黒川衆に任せることにする。
「御屋形様」
「今度は与左衛門か。如何した」
「はっ。松永弾正と畠山左衛門督が手を組み、三好方と戦になり申した」
どうやら将軍位の後継争いが激しくなって来たようである。俺はこれに加わるつもりはない。あくまでも叔父を失い心を痛めているということにし、立場を表明するつもりはなかった。
大事なのは備前と播磨である。雇い兵を徐々に鳥取城に集めている。そこから一気に南下して西播磨に攻め入るつもりだ。
狙いは浦上宗景である。そして赤松を根絶やしにした後、最後に浦上誠宗を攻め滅ぼして統一する心算なのだ。
しかし、松永も落ち目だな。三好に尽くしてきたと言うのに、ここに来て手の平を返されるとは。となれば、丹波の内藤も危ないだろう。三好と赤井直正が手を組んだら内藤も危ないぞ。
「そうか、報告ご苦労であった」
「知らせはまだ終わりではございませぬ。松永弾正の守る筒井城に尾張からの後詰が入ったとの由」
「ほう! 尾張からか!」
これには流石に驚いた。まさか織田が畿内に入って来るとは思っても見なかったのだ。まだ美濃獲りの最中だろうに。やはり濃尾平野を抑えているのは強い。
それであれば、こちらから支援するのも吝かではないぞ。松永、織田とは昵懇にしたい。兵糧の提供を申し出ることにしよう。まだ余裕はあるはず。
畿内が落ち着いてきたと思ったら、またこれだ。やはり誰かが畿内を治めないといけないらしい。このままだと順当に行くと織田が治めることになるだろう。それに異論は無い。
そうなる前に丹波だけは確保しておかなければ我らの政に支障が出る。交通、領内の移動に支障が出るのだ。現在、我らの領地は東西に伸びてしまっている。丹波を抑えなければ移動の選択肢に制限が出るのだ。
我らは船移動を推奨している。治めている若狭、丹後、但馬、因幡が日本海に接しているのだ。船での大量移動が物流、輸送の中心となっているのである。
この辺りは奈佐日本之介が取り仕切っている。我ら武田は水軍が弱いと思われがちだが、奈佐日本之介を中心に若狭水軍を構築しつつあるのだ。
話を戻そう。丹波は抑えたい。そのためにどうするか。松永と織田と仲良くするに限る。どちらともまだ事を構えたくはない。そして、向こうからも構えたくないと思われる程大きくなりたい。
「承知した。しかし、何故それを俺に?」
「御屋形様は織田に執着されておりました故」
よく見ている。執着というか、前世の知識からくる恐怖だ。そう考えると、やはり備前と播磨攻めは失敗できない。俺の中に緊張が生まれる。
「よく見ているな。では、俺が今欲しているのは何か分かるか?」
「赤松と浦上の仲を更に引き裂くこと、にございましょうか」
「それもある。だが、別所を巻き込まないことも重要だ。別所と赤松の仲も引き裂いておけ。敵はまだ増やしたくない。まだ、な」
「承知仕った」
さて、農繁期になったら攻め込む。我らだけ近代化が進んでいる今が攻め時なのだ。そのために新たな装備の用意もしておる。これが吉と出るか凶と出るか。
ニヤリと笑い、俺は農繁期を楽しみに待つ。そして畑の手入れに精根を使うのであった。
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