武をもって覇を成す覚悟
永禄七年(一五六五年)十一月 若狭国 後瀬山城 武田氏館
「只今戻りましてございまする」
「ご苦労であった。して、如何であった?」
俺の前には戻ってきたばかりの遠藤秀清と遠藤俊通が報告のために参上していた。二人とも難しそうな顔をしている。どうやら交渉は難航したのかもしれない。
「三郎九郎様は御屋形様の手をお借りしたいと申しておりました。ただ……」
「ただ、何だ?」
歯切れが悪い。どうやら俺には言いにくいことのようである。しかし、言ってもらわないと話が進まない。両名を責めないと公言し、何とか言葉を吐き出してもらった。
「御屋形様が一度参られて挨拶をせよ、と」
苦々しいものを吐き出すように声を絞り出した秀清。彼も無礼な物言いであることを理解しているのだろう。流石の俺もこれには来るものがあった。
これは舐められたものだ。
浦上としても年下の俺に舐められたくなかったのだろう。俺と対等に渡り合えるものといえば家格しかないのだろう。紀貫之だか紀長谷雄だかの子孫だったはず。つまりは公家だ。
それで、それだけで俺に対抗しようとしたのだ。舐められているなんてものではない。しかし、これは身から出た錆。俺が甘かったが故に周囲がつけあがるのだ。
俺の中で何かが割れた音がした。
「どいつもこいつも好き勝手なことを抜かしおって。今が戦乱の世だということを理解していないのではなかろうか。其の方ら、まだ浦上に忠節を持っておるか?」
「はっ、先代に恩はあれど我らは御屋形様の臣にございますれば」
「そうか。其方達の忠節を嬉しく思うぞ」
頭を下げる二人の肩を叩く。俺の肚は決まった。毛利と盟が成ったのであれば西を気にする事無く攻め込むことができる。これが毛利と結んだ最大の利よ。
本当であれば美作国の占領を進めたいところなのだが、三村家親と美作国の主領権で揉めているのだ。そちらの交渉には叔父上の武田信景と明智十兵衛に任せている。
なので、西播磨に攻め込み一気に備前を狙う。東播磨の別所とはまだ事を構えない。まずは西播磨の赤松、そして浦上の両名に我らが武勇を見せつけてやる。
これには宇喜多を牽制する狙いもある。我らが土地を抑えてしまえば反発したくても出来まい。宇喜多は我らに対し恨みを持っている。それを野放しにしておくと文字通り寝首を掻かれるぞ。黒川衆に伝えておかなければ。
「赤松は代替わりしたばかりであったな」
「はっ、赤松左京大夫が没し赤松出羽守が。しかし、以前から出羽守が政を担っており申す」
赤松出羽守、つまり赤松義祐だ。父である左京大夫である赤松晴政が浦上政宗の長男である清宗の婚儀を急襲して殺めた人物である。その父が今年の初めに没したのだ。
では、赤松義祐に権力が集中しているのかというとそうではない。親子間で対立が起き、義祐が勝利した際、父である晴政は娘婿である赤松政秀の元へと逃げ延びたのだ。
つまり、西播磨と備前は赤松義祐と赤松政秀、それに浦上宗景と浦上誠宗が争っている地域なのだ。そんな群雄割拠な地域は俺が最も得意としているところである。
ただ、今回は調略をあまり用いず、武力にて攻め落とす。それくらいの剛勇さを見せつける必要が出てきたのだ。今なら理解できる。何故秀吉が天下を取ったのかを。
あの苛烈な信長の次だからだ。武力を以て天下を取った後だから融和な秀吉が歓迎されたのだと俺は思う。最初に武を示さなければ誰もついてこないのだ。今になって理解する。
「来年の春、西播磨に攻め込むぞ。其の方らはもう浦上三郎九郎から後詰要請の言質を取って参らなくても良い。ただ、潰すと。そう告げて参れ」
「ははっ」
「かしこまりましてございます」
大義名分などどうとでもなる。宇喜多に攻め込む道理はあるのだ。そのどさくさに紛れることなど造作もないのである。
そして瀬戸内海に出る。やはり商いの中心は瀬戸内だ。どう足掻いても堺には勝てぬのだ。だから堺との商いに便利な……そうだな、岡山と姫路を今回の目的にしよう。
今思えば浦上誠宗の後詰めなどと言わず、自分で兵を進めた方が良いに決まっているのだ。その方が後々になって領地の割譲だなんだと揉めずに済む。俺が切り取った領地は俺の物だ。
それでも俺が切り取った領地を寄越せと言ってきたら。
そう言ってきたならこちらのものである。目出度く浦上誠宗含む諸共滅ぼすことが出来るという算段だ。悪くはない考えだ。我ら武田を舐めるとどうなるか思い知らせてやる。
俺は部屋に籠もり明智十兵衛と本多正信、それから沼田上野之助に文を送る。今決めた内容を認めた文をだ。
今回ばかりは覚悟を決めたぞ。備前と播磨から浦上と赤松を根絶やしにしてやろうではないか。我ら武田に手向かうとどうなるかを教えねばならんようだ。それは浦上や赤松にではなく、内外に喧伝するのだ。
「まずは使者を送れ。備前と播磨の国衆達にもだ。だが、一度で良い。それでこちらに靡かぬようであればそれまでよ」
俺は次の標的を定め、春先の種蒔き時期に合わせて戦の準備を進めていくのであった。
励みになりますので、評価とブックマークをしていただければ嬉しいです。
ブックマークだけでも構いません。登録していただけると助かります。
評価は下の☆マークからできるみたいです。評価がまだの方は押してみてください。
私の執筆意欲の維持のためにも、ご協力いただけますと幸いです。
今後とも応援よろしくお願いします。





