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騙り者現りて厄介事舞い込む

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永禄七年(一五六五年)十月 若狭国 後瀬山城 武田氏館


 俺は毛利に支払う銀鉱石の銭の勘定と尼子の松江城――末次城を松江城と改名するらしい――の築城支援の勘定をせこせことしていた。


 勿論、尼子には見返りとして隠岐の島を割譲してもらった。これには毛利も同意している。隠岐諸島は平地が少なく、旨味の少ない地域だ。俺も重々承知している。俺はここに硝石の基地を作ろうとしているのだ。


 そんなときである。俺に来客が来たのは。こちらもそこそこの大身である。下手な客は菊千代や新吉に対応させているのだが、今回は俺にお鉢が回ってきた。誰が来たかと尋ねると菊千代はこう返した。


「公方様の名代にございます」


 意味が分からなかった。公方の名代というが、将軍位は空位となっているはず。だというのに将軍の代理だというのだから頭が追い付かない。騙り者として捕えても良いくらいである。そうしようか。


 まずは様子を見に行く。すると、そこにいたのは三淵藤英と米田求政であった。確かに名代だ。しかし、それは前将軍の名代であって現将軍の名代ではないはず。


 厄介事になる気がする。俺は人を呼んで彼らを騙り者として牢に押し込むことにした。もちろん、敢えてである。そして細川藤孝を呼んだ。到着するまでは牢に放り込んでおくつもりだ。


「お呼びでしょうか」

「其方の兄が来ておる。公方様の名代としてな」

「は?」


 細川藤孝は訳が分からない顔をしていた。その気持ち、俺もよく分かるぞ。掻い摘まんで事情を説明して藤孝には牢へと向かってもらった。事情を聴いてもらうためである。流石に永遠に牢には入れられない。


 どう言い訳してくるだろうか。三好三人衆は俺が毛利と争っている間に足利義栄を擁立する構えだ。そして当主の三好義重は義継と名を改めた。足利から貰った「義」の名を継ぐのだ。自身が将軍に近付こうと考えたか。


 三好長慶があれだけ足利義輝に苦しめられていたのだ。あれを近くで見ていれば自身が将軍の位に就こうという考えに至っても不思議はない。


 毛利との関係は落ち着いたものの、宇喜多や浦上、三村に赤松とまだ燻っている勢力が多い。更には内藤がまた丹波を荒らしているらしい。まだまだ落ち着く気配が無いのが困りものだ。そんなときに足利の相手などしていられないのである。


「ただいま戻りました」


 考えを巡らせていると細川藤孝が戻ってきた。詳しく話を聞くことにする。しかし、藤孝の口から出てきた言葉はこちらの想定通りの言葉でしかなかった。


「将軍位は弟君であらせられる覚慶様がお継ぎになるのは道理と。そう申して聞きませぬ」

「しかし、既に三好は動いておるぞ。平島公方を従五位下左馬頭にするよう、朝廷に働きかけておる」


 まだ叶ってはいないが明らかに一歩先を行っておる。ただ、三好三人衆と三好義継のずれが気になるところである。それがどう響くか。


「なので焦って御屋形様をお尋ねになったのでしょう。後ろ盾を得ようと。なにせ御屋形様は甥にあたります故」

「なんともまた七面倒な……」


 こちらとしても自分のことでいっぱいいっぱいだというのに。会わずに追い返すこともできるが、無駄に反感を買う必要もない。理はこちらにある。会って追い返すことにしよう。


「会うか。兵部、供を致せ」

「ははっ」


 三淵藤英も米田求政も俺を睨む。怒りが目に表れていた。牢に放り込まれたことをさぞ根に持っているのだろう。お前たちが騙るからそうなるのだ。


 そんなに睨んでいたら俺もお前達を敵視してしまうではないか。今回は俺達に味方になって欲しいのではないのか。良く分からん。


「お待たせいたした。両名とも久方ぶりであるな」

「到着早々に牢に放り込むとは如何なる料簡でしょうや。ご回答次第ではただでは済みませぬぞ」


 憤る三淵藤英。ここで腹を立てているようじゃ交渉は出来ないぞ。お前達は何しに来たのだ。俺にお願いをしに来たのではないのか。断る口実を作ってくれているのだろうか。何と優しい二人だ。


「いやなに。公方様の名代と名乗る者が現れたと聞いてな。其方達はそう述べたのか?」

「はい、そう述べ申した」


 そう答えたのは米田求政である。馬鹿め。そこは嘘でもいいえと答えなければならない場面だ。俺に追及の口実を与えたようなものだぞ。


「はて、公方様は未だお決まりになっていないと存ずるが。誰の許しを得て公方を名乗っているのか。事と場合によっては、ただでは済まぬぞ」


 三淵藤英が放った言葉と同じ言葉を返してやった。将軍位争いで一歩出遅れて焦るのは理解できる。しかし、今回のはいただけなかった。俺との対立を悪戯に煽るだけである。


「将軍位は空位とはいえ、前将軍の弟がその座に就くのが道理とは思いませぬか?」

「思わぬ。全ては帝の御心のままである。それを愚弄するは朝敵であるぞ。朝敵とあらば討たねばならん。違うか?」


 将軍は朝廷を守護する責任者だ。朝廷から任じられて将軍になるのだ。将軍の弟だったから将軍になるのではない。そこを勘違いされては困る。


「さて、今一度確認す。其方達は公方様の名代と申したな。俺はそれを受け入れよう。兵部、其方はこの事実を帝に確認して参れ。もし、違うのであれば俺は彼らを討たねばならん。話はそれからだ」

「はっ」

「お待ちを! 暫く!」


 言葉の綾だったのだろう。もしくは、癖が抜けていなかったかのどちらかだ。だがな、そろそろ自覚せねばならん。其方達は将軍の側近ではなくなったのだと。俺は嶋新吉に太刀を催促する。


 立ち去ろうとする俺を慌てて制止しようとする三淵藤英。しかし、堀菊千代がそれを留めた。菊千代は抜刀も辞さない構えである。


 ふぅ。これで一難去ったか。あとは俺が謀られて怒っているという姿勢を崩さなければ足利義昭――いや、この頃はまだ義秋だったか――が関わってくることは無いだろう。


 後の対応は細川藤孝に任せておけば良い。そのために義輝は細川藤孝を我ら武田の寄騎としたのだから。その義輝もこの世には居ないのだが。


 俺は西国の対処で手一杯なのである。ここから浦上宗景と争わねばならんのだ。宇喜多が攻め込んできたことを口実に浦上宗景に宣戦布告する予定だ。


 そこで遠藤兄弟を浦上誠宗の元へと送っている。敵の敵は味方。つまり、浦上誠宗を担いで浦上宗景と戦う予定なのだ。遠藤兄弟は誠宗の父である政宗に仕えていた。上手くやってくれるだろう。


 本当は内政に力を注ぎたいところだが、流石に宇喜多は放っておけない。放っておけば肥大化することが目に見えているのだから。それに、格下にやられっ放しでは気が済まない。


 問題は浦上誠宗である。説得して旗頭にするのは構わない。しかし、好き勝手されるのも困る。そして一番困るのが俺達が血を流して得た領土を自分のものだと言い張ってくることだ。


 ここはきちんと線引きさせないといけない。事前に取り決めておけばそう問題は起きないはずだ。正直、我らは誠宗の力を必要としていない。御輿にさせてもらいたいだけだ。


 それから尼子の築城の手伝いもせねば。そちらは山内一豊に差配させている。まだ築城普請の見返りについて交渉していたはずだ。このまま山内一豊に任せることにしよう。


 とにかく、畿内に関わらないことが重要だ。足利だの三好だの松永だのに関わっていられないのである。俺は備前に攻め込みたいのだ。


 ここ最近、流石に逃げ腰が過ぎた。もう少し力強い君主の姿を見せなければ舐められてしまう。君主業も大変だ。この押し引きの塩梅が難しい。価値観が違うから、現代の理論も通用しない部分があるのだ。


 今は強い武田を見せなければならないのだ。だから攻め込む。内政に注力したい部分ではあるが、攻め込まねばならぬのだ。ああ、こうして武田は戦へと転がり落ちていくのだろう。


 溜息を吐く。吐いた息が白い。俺は寒い冬の訪れを感じるのであった。

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[良い点] 名門には違いないが、朝倉に吞まれ沈んだ大名が、地の利を活かし人脈を駆使してのし上がるさまが痛快で面白い。 [気になる点] 章立てが全く分かりにくい。読むまで、区切りが分からないと、続けて読…
[一言] お、新展開になるのかな? 前の連載ではこのあたりから迷走ぎみだったもんね
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