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和睦の条件

 再び毛利元就の前に進み出でる。此処からは尼子家の領地をどれだけ残せるかが問題だ。覚悟を決める。


「尼子右衛門督、和睦したいと仰せに」


 下手に出る。俺は形式的には同盟だが内情は臣従している身だ。下手に振舞って勘気をこうむる必要は無い。今は耐えるのみと自分に言い聞かせる。俺の言葉に毛利元就が反応する。


「和睦か。降伏ではなく、尼子は和睦と申したのか」

「はい。このまま戦が長引けば困るは陸奥守様も同様でございましょう?」


 俺が尼子に兵糧を提供しているため、このまま包囲を続けたとしても二年、いや三年は持つかもしれない。城内の士気もそこまで低くは無かった。


 毛利としてもそこまで領内を空っぽには出来ないだろう。西では未だ大内輝弘が大友から後押しを受けて暴れているのだ。ここで大内輝弘を謀反させたことが効いてきた。


「ただ、我らに和睦をしろと?」

「そうは申しておりませぬ。尼子も相応の対価を支払う用意があると。陸奥守様は落としどころをどうお考えで?」


 毛利元就が何故尼子を滅ぼしたのか。俺が察するに孫の輝元のためではないかと思っている。元就も自分の老い先が短いことを悟っていたのだ。


 だから禍根を残さず、尼子を滅ぼした。いくら両川が居るとは言え、輝元が成熟する前に邪魔をされたら困ると考えたのだろう。確かにその通りだ。朝倉宗滴も見習うべきである。


 尼子は中国地方では影響力が大き過ぎるのだ。大内の匂いを消し去るのも手間であったが、尼子の匂いを消すのはもっと手間なのである。滅ぼさない限り、匂い立ってくるだろう。


 だから今、尼子を滅ぼすのである。しかし、そこに横槍を入れる男が現れた。俺だ。尼子に兵糧を与え、尼子との和睦を画策する男が現れたのだ。


 勿論、毛利としては無視することもできる。だが、結託されては敵わない。西からは大内の遺児と大友が。そして東から我らと尼子が迫ってきたら大事なのだ。


 だから和睦は成る。俺はそう考えている。問題は条件だ。毛利元就がどのような条件で和睦を求めているか。そこが問題である。まずは探りを入れるため、敢えて尋ねたのだ。


「月山富田城の開城を求める。それから出雲国の割譲じゃ」


 これはまた随分と吹っ掛けてきたものだ。いや、尼子を滅ぼすということは再起できないまで追い詰めるということだ。


 その意味で言うと合っているのかもしれない。しかし、俺としても尼子に滅びられても困るし、毛利元就としても吹っ掛けている自覚はあるはず。これは交渉の余地ありだ。


「それは少し欲張り過ぎというものにございます。これでは成るものもなりませぬ」

「はて、そうかのう?」


 それから毛利と俺、それから俺と尼子で何度も何度も協議を繰り返す。何日も費やし、時間をかけて落としどころを探すのだ。この時間をかけるという行為、徐々に有利になるのは我らだ。


 繰り返しになるが毛利は西に火が付いているのだ。こんなところで時間を食っている場合ではないのである。だから我らも少し強気に出られるというもの。


 そうして一日、二日と過ぎていく。考える時間が欲しいと言って三日も取ったこともあった。毛利元就と小早川隆景は無表情だが、吉川元春が貧乏揺すりをしている。焦れ始めているようだ。


 それに毛利輝元の目が泳いでいる。どうやら西国が気になって仕方がないらしい。ここら辺で終わりにしようではないか。


「そろそろこの話し合いも終いにしたいものですな」

「月山富田城の開城、これは譲れぬ」


 毛利元就が吐き捨てる。これが妥当な線である。


 ここで俺は天秤にかける。月山富田城を明け渡す利害と伯耆国を手放す利害。俺であれば前者を獲る。城はまた建てれば良いのだ。銭は俺が貸し付けよう。そして俺は銭を他からふんだくる。


「であるならば月山富田城の廃城、という条件は如何でしょう」


 ただ、月山富田城を毛利に明け渡すのも面白くない。ならば、他に利用されないよう廃城にする。廃城にすれば出雲国も伯耆国も尼子のままで良いというのならば、飲まない手は無いだろう。


 だが、尼子が飲んでくれるか。俺は部外者だから二つ返事で回答できるが、代々続く尼子家の居城である。それを廃城にしろと言って頷いてくれるものなのだろうか。


 待てよ。俺がそこまで考える必要は無いのか。条件を揃え、尼子に提示する。尼子はそれを飲むかどうか、というところか。うん、そうしよう。もう無駄骨はうんざりだ。俺も頭が回らなくなってきた。


 毛利元就は考えている。月山富田城が無ければ尼子としても抵抗することは難しい。それだけ強固かつ堅牢な城なのである。そこを廃城にするというのだ。誠意を汲み取ってほしい。


「……良かろう。廃城にするなら和睦を認める」

「今後十年間、不可侵の和睦を認めていただけますね?」

「いや、五年じゃ。そう心配せずとも我、天下を競望せず。彼奴らにも言い含めておく故、な。かっかっか」


 俺の言葉を訂正する元就。どうやら十年も待ってやれないとのことであった。恐らく、吉川元春と小早川隆景が前線を張れる内に尼子を潰そうという腹なのだろう。


 いや、もう死んだ後のことなど知らないとでも言ってるのだろうか。このご老人の真意が分からない。計り知れない。さて、この交渉の勝者はどちらだろうか。


「承知いたしました。では、その条件で尼子に持っていきましょう」


 さて、ここからは尼子の説得だ。そして、俺は今でも尼子を盾にしたいと考えている。明智十兵衛と本多正信を呼び寄せ、出雲国の地図を広げた。


「さて、和睦の条件だが所領は安堵。その代わりに月山富田城を廃城にしろと仰せだ。しかし、俺はこれで良かったと思っている」

「その心は?」


 そう尋ねたのは本多正信であった。今の時代、あのような山城は役に立たない。確かに攻めづらく、守りやすいがあの城を居城にされると経済が動かんのだ。最後に逃げ込む城であれば納得できる。そう説明する。


「では、御屋形様はどうお考えで?」


 今度は十兵衛がそう問いかけてきた。俺も既に俺の中に答えはある。


「海沿いに居城を設けるべきだ。そして貿易で財を成し、国を富ませ兵を強くさせる必要があるのだ」

「成程。では米子城か末次城か。それとも再び白鹿城を建てるかですな」

「その辺りは尼子に任す。我らは商いにてどう尼子を繁栄させつつ、我らも栄えるかを考えるのみよ」


 俺は十兵衛に巻物と筆を持たせ、その場で書を認めてもらう。残念だが、俺はまだ立ちながら巻物に文字を書く技術がない。あんな芸当、到底無理だ。最後の花押だけ俺が入れる。


 そしてそれを使い番に持たせて月山富田城へと送り出した。そして正信が述べる。


「もし、拒否した場合は如何なさいます?」

「その場合は仕方ない。我らも尼子を攻め滅ぼすほか無いだろう。義理は果たした」

「であれば伯耆国を攻め獲るのが一番でしょう。手配をしなくてよろしいので?」


 正信が圧力をかけてくる。やるならばとことんやれ、と。正信の言葉は正しい。池に落ちた犬は叩いて沈めるべきなのだから。明智十兵衛もこれに続く。


「しかし、これで我らも毛利の下に成り下がりましたな」

「話の流れから致し方ないことだと思っている。俺に弁の才能があれば切り抜けられたやも知れぬが……。それに一時的だ。まずは力を貯めなければ。かの大楠公……あ、いや楠判官も赤坂で破れ雌伏の時を迎えていたではないか」

「然り。かの尊氏公も九州に都落ちしておりますが、再起を果たしておりまする。負けることは悪いことではないですぞ」


 正信がそう補うも、十兵衛の表情は変わらない。俺を遠回しに諫める。こうやって言う方が俺に有効だとばれたみたいだ。そして、その十兵衛の読み通り俺はその言葉を重く受け止める。


「家臣は離れるか?」

「毛利に臣従したとて家臣の暮らしは今と何も変わりますまい。銭の出費が増えるだけにございます。もし、離れる者が居りましたら放っておくべきかと。御屋形様は胸を張ってお進みなさいませ」

「そうか、そう言って貰えると俺も心が軽くなる」


 人を殺める指示を出すより、家臣が離れることの方が怖かった。しかし、明智十兵衛から言わせてみれば、その程度で離れる家臣は家臣と思うなということだろう。


「しかし、また思い切ったことをされましたな」


 今度は本多正信が俺に告げる。俺は彼らが話しかけてくれるのを喜んだ。歓迎していた。諫められるということはまだ見放されていないと同義であるからだ。


「うむ。何故俺がここまでしてやらねばならんのだと思ったらつい、な」

「だからそう申し上げておりましたでしょうに。まあ、結果だけを見れば上々ですかな」


 そんな話をしていると使い番が戻ってきた。どうやら尼子義久はこの条件を呑むようだ。おそらく、山中鹿之助や宇山久兼が説得したのだろう。


 尼子も恥を忍んで退くことが出来たか。その事実を俺は尼子義久が一回り大きくなりそうな予兆と捉えたのであった。

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