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戦国大名の目覚め

 俺はそのまま毛利の陣を抜けて月山富田城へと向かった。どうやら前線でも戦闘は行われておらず、毛利による包囲のみが行われているようであった。


 このままであれば月山富田城は飢え殺しになるだろう。しかし、飢え殺しになるまで幾日が必要か。当分は先だ。その前に毛利の銭が干上がってしまう。


「十兵衛、頼む」

「はっ」


 十兵衛を使者として月山富田城に送る。向こうも気が立っている。間違って射られても困りものである。そこに関しては再三の注意を払って欲しい。なので俺が行くよりは十兵衛が行った方が手馴れているし、安全だ。


「開門、開門っ! 我が主、武田伊豆守様の使者としてお伺い致す! 門を開けられよっ!」


 十兵衛の声が遠くから聞こえてくる。俺達は十兵衛が戻ってくるまで待機だ。さて、ここからが正念場になるだろう。本多正信に相談する。


「さて、今回の話し合いは上手く事が運ぶだろうか」

「いかがでございましょうな。御屋形様は落とし処をどの辺りにてお考えで?」

「出雲の割譲は難しいだろう。伯耆の割譲で考えている」


 この意見に納得する素振りを見せる本多正信。そしてこう付け足した。一つ一つの言動が厭味たらしく聞こえる。耳が痛い。


「成程、尼子右衛門督を怒らせて我らと仲違いさせる心積もりですな。そして尼子を毛利と共に潰すと」

「え?」


 いや、普通にその条件で交渉をしようと思ったんだけど、それだと成らないと正信は考えているのか。どうやら飯富虎昌も承諾しないとみているようだ。


 どうやら毛利元就をそこまで恐れていないらしい。俺は結果を知っているから怯え過ぎているのだろうか。いや、舐めてかかるよりは臆病の方が良い。


「であれば、其方達はどうすれば折り合いが付くと思う?」

「難しいかと。安請け合いし過ぎたのでは」


 そう述べるのは飯富虎昌。尼子も八か国守護であったという自負がある。そう簡単には折れないのかもしれない。確かに折り合いをつけるのは難しいのかもしれない。


 しかし、それでもやらなければならない。でないと俺が毛利と盟を結ぶことが出来ないのだから。優先順位を整理しよう。毛利との同盟が第一だ。尼子の説得は二の次である。ここは説得したという結果を求めることにしよう。


「御屋形様、尼子右衛門督がお会いするとのことにございます」


 十兵衛が戻ってきた。どうやら交渉の場を設けてくれたらしい。しかし、正信や虎昌の言葉を聞いて自信が無くなってきた。どうしよう、何とかしなければ。


 月山富田城に赴くと宇山久兼が尼子義久の元まで案内してくれた。義久は鎧兜を着込んで臨戦態勢であった。意気軒昂である。兵糧も十分、城も落ちていない。講和する必要性は何も無いのだ。


「毛利に囲まれているというのに、よくぞ参られた。いやはや、どうやって此処まで参られたのか。本日は何用ですかな?」


 厭味たらしい言い回しで義久が俺を歓迎する。重臣達の視線が突き刺さる。どうやら徹底抗戦の構えだ。さて、どうするべきか。俺は咳払いを一つ挟んでからこう告げた。


「悪いことは申さぬ、伯耆国を放棄なされよ。毛利は大軍にて囲んでおりますぞ。一度、和睦して態勢を立て直すべきでしょう」

「ふっ、そう言って我らを売って毛利に取り入ったか」


 侮蔑した顔で俺を見てくる義久。どうやら完璧に敵視されているみたいだ。下手をすると此処から生きて出られんぞ。これは困った。護衛の飯富虎昌も険しい表情をしていた。


 しかし、この物言いには流石の俺も頭に来た。何を言っているのかと。お前は大局を見ているのかと。


 因幡、美作に領地を持っているのであれば毛利とぶつかるは必定。そして敵は毛利だけではないのである。周囲の状況を理解しているのだろうか。呆れた。


 開き直った俺は告げることだけを告げて退席することにしよう。もう尼子がどうなろうと構わん。大事なのは武田と毛利の盟約のみよ。


「然に非ず。これは雌伏しているだけよ。耐え難きを耐え、忍び難きを忍べぬようであれば戦を続けられよ。我らには毛利に優っている点がござる故。昨日の友が今日の敵になることはそう珍しくもございますまい。失礼させていただく」


 そう言って席を立とうとする。その俺を制止したのは未だ年若い、血気盛んな若武者であった。年の頃は二十歳そこそこ。目には闘志が宿っている。山中鹿之助だ。


「お待ち下され! その毛利よりも優れている点というのをご教示願いたい。それは我らにも当てはまることでございましょうや」

「然らば、一言だけ。時でござる」

「時、にございますか」

「左様。私も尼子右衛門督殿も、そして其方もである。未だ年若く、対して毛利の隠居も両川も四十を超えている。当代は頼りなく、付け入る隙が多いとも見受けられた。であれば、今は雌伏の時だと私は判断いたす。勝負は隠居が死んでからよ」


 このまま所領の安堵に舵を切っても良い。ただ、せっかく戦国時代の、それも領主という立場になれたのだ。もう少し欲を出しても良いのではないだろうか。そう思うようになってきた。


 それは何故か。周りが強いからである。足利義輝に頭を下げ、六角義賢に頭を下げ、武田信玄に頭を下げ、朝倉義景に頭を下げ、毛利元就にも頭を下げ、このままいけば織田信長にも下げるだろう。


 そして俺は未だ親の仇である浅井すら討ち取れぬ親不孝者でしかないのだ。このまま汚名を被っている訳にはいかない。


 正直もう真っ平だ。いずれも後世にまで名を遺す名将ではあるが、俺ではかなわないのだろうか。いや、そんなことはないと最近は思うようになってきた。


 現に若狭、丹後、但馬の三国を束ね、因幡の半分と美作と丹波の一部を押さえているのである。大名としては立派にやれている方だと思う。


 もっと自分に自信を持とう。だから俺は尼子義久にも一歩も引かない。この時代を乗り越えてみせる。今は頭を下げて耐えても、俺は志を高く持っているのだ。


「先も申し上げたが、それが出来ぬとあらば戦われよ。だが、家臣を巻き込むことは許さぬ。鹿之助、其方は私と共に来い。そして私にではなく、尼子式部少輔に仕えよ。他にも尼子式部に仕えたい者が居れば申し出よ。此処で尼子を終わらせてはならん」


 尼子が終わる。その言葉によって場に緊張が走った。だが、尼子式部少輔つまり尼子勝久が居れば尼子家は終わらないのだ。しかし、彼も未だ未熟。支える臣が必要なのである。


「……豆州殿の言い分、よう分かった。和睦しよう」

「御屋形様!」


 尼子義久が力無くそう述べた。どうやら自分が今置かれている立場が理解できたようである。尼子が終わるの一言で冷静になれたのだろうか。いや、それとも怖くなったか。


「賢明な判断かと。では、私はその旨を毛利に伝えてきましょう。なに、悪いようにはせぬ。では御免」


 さあ、ここからが交渉の山場である。尼子を大きく残すことが、引いては俺の立場の保全に繋がるのだ。思わず力が入ってしまう。尼子義久が意を翻さぬ内に彼の前を辞した。


 これはあくまでも時間稼ぎ。毛利と雌雄を決するための、時間稼ぎでしかないと自分に強く言い聞かせたのであった。

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