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信義か利益か

永禄七年(一五六五年)九月 若狭国 後瀬山城 武田氏館


 何とか津山城を守り切ることができた。その緊張感から脱したからか、いつになくダラダラした生活を続けている。今は藤に膝枕をしてもらい、その太ももの感触を楽しんでいるところだ。


 ただ、休息も今日までだろう。明日には毛利元就に会うため、西へと移動しなければならない。西といっても月山富田城に赴く訳だが。


 既に話は付いている。嶋左近と粟屋元通の話し合いで和議が成ったのであれば毛利元就にも必然と話が付いているはずだ。それを無くして先の戦の和議は成り立たない。


 今回はその和議を形式的なものではなく、実際の和睦に持っていくための話し合いだと思っている。つまり、毛利元就が応じた時点で我らとの考えは一致しているはずなのだ。


「御屋形様」


 俺が寛いでいると襖越しに堀菊千代が声を掛けてきた。嫌な予感しかしない。しかし、返答しない訳にもいかない。俺は咳払いをしてから声を出した。


「どうした?」

「本多様と明智様がお見えでございまする」


 素直に思う。嫌な取り合わせだと。嫌な取り合わせというよりも、怖い取り合わせといった方が正しいかもしれない。しかし、会わない訳にもいくまい。


「通せ」


 藤が退出し、本多正信と明智光秀が入室する。ちゃっかりと堀菊千代も襖の傍に待機していた。その菊千代に三人分、いや四人分のそば茶を用意させる。


「御屋形様、我らが参った理由はお分かりですかな?」


 そういう正信。此奴はすぐに人を試すようなことを言う。お陰で休まる時が無い。何故来たのか。それは察しがついている。毛利との講和に関してである。


「毛利との和睦の条件に関して、であろう。毛利と事を構えるのは最後の手段だと考えておる。無茶な要求は飲めぬがある程度は譲歩するつもりだぞ」


 戦での出来事だ。こちらに非は無い。それが嫌なら我らを攻めなければ良かったのだ。とはいえ、落としどころというのも必要である。そこに関しては折れるつもりだ。


「ふむ。では毛利が盟の証しとして尼子を攻めよ。そう申して来たらどうしますかな?」


 やわらかい口調でそう述べる正信。光秀も俺をじっと見つめる。堀菊千代はこの場の空気に怯むこともせずお茶を運んでくる。


 俺はそのお茶を一口。さて、どう返答するか。尼子を切り捨てるか。いや、しかしそれでは義が立たない。周囲からの信を得ることは難しくなるだろう。


 では、毛利の提案を突っ撥ねるか。そうすると、尼子勝久を使って毛利領を荒らしていた責任――実際に我が兵が毛利領を荒らしてはいるのだが――を押し付けられるかもしれない。今はまだ俺の所業だということはバレていないのだ。


 毛利に付くか、尼子に付くか。どちらも一長一短である。これは難しい問題だ。だというのに、決断しろと迫ってくるのだから質が悪い。君主業も楽ではないな。


「菊千代、墨と筆を」

「はっ」


 俺は筆を取り皆に見えないよう、掌に文字を書く。そして三人にも同じよう、毛利に付くのか尼子に付くのか掌に文字を書かせた。


「書けたか?」

「書けましてございます」

「某も用意できておりますぞ」

「私もです」

「よし、ではせーので見せるぞ」


 男四人が車座になって掌を見せ合う。俺の掌には尼の文字。つまり、尼子に付くということだ。毛利と敵対するのは痛いが周囲の信頼を失うことこそ痛手であると考えたのである。


 明智光秀の掌にも尼子の文字。しかし、本多正信と堀菊千代の掌には毛の文字が記されていた。これは、面倒なことになったぞ。諸葛孔明と周瑜のようにはいかなかったか。


「割れましたな」


 冷静に告げる光秀。綺麗に二対二で別れてしまった。なるほど、光秀と正信で意見が割れたから俺の元に来たのか。本来ならば意見を統一してから具申したかっただろうに。


「割れたな。弥八郎は何故毛利に付くのだ?」

「無論、強さにございます。どう足掻いても尼子の逆転は万に一つもございますまい。それであるならば、尼子を見捨て毛利に乗り換えるべきにございます」

「菊千代も同意見か?」

「はっ、左様にございます。尼子に付けば毛利の恐怖と向こう十年は戦わねばなりませぬ。それであれば毛利に付くべきかと」


 それに異を唱えるのが明智光秀であった。そして議論が熱を帯びていく。


「某はそうは思いませぬ。この世において大事なのは生き様にございまする。義や孝なくして信は得られず。そうでございましょう」

「この時世において義や信などあってないもの。食うか食われるかなのです。それなのに八徳を説くとは。失礼ながら考えが些か甘いかと」

「毛利殿もお歳を召している様子。果たしていつまで当てにできるやら。当代は先々代はおろか、先代にも遠く及ばないでしょう。広い領内を治めることすらできるやも――」

「待て待て待て! 両名とも一度落ち着け!」


 俺の元に来て正解であった。このまま二人で議論を続けさせていたら、刃傷沙汰になっていたかもしれん。よし、落としどころを見つける作業をしよう。


「目的を見失うな。目的は何だ?」


 俺の中の目的は毛利と仲良くすることでも、尼子を助けることでもない。浅井を打倒することである。浅井は父を殺した仇になるのだ。それを討ち果たさないとなれば、恥である。


 まだ、俺の中にそんな心が残っていたことに自分自身でも驚きを隠せなかった。思い出も残っていないとはいえ、父なのである。その仇をのうのうと生かしておいて良いというのだろうか。いや、良くない。


「目的は、父の仇である浅井新九郎の首である。各々方、忘れるでないぞ」


 静かに頷く光秀と正信。菊千代は首が取れるのではないかと思うほど首肯していた。ちょっと顔が強張っていたのかもしれない。反省する。


「なので、最良は毛利と同盟し、尼子を壁として残す。どちらか、ではない。どちらもである。だが、それが難しいという話だ。その場合、尼子を取る。俺はそう考えている」


 誰も表情を変えずに俺の話を聞き入っている。ここで一気に話をつけなければ。そう思い、頭の回路が千切れるくらい回転させて言葉を発する。


「だが、毛利も事を荒立てたくはないはず。直ぐに戦とはならぬだろう。そして目をずらさせる。毛利の目を西に向けるのだ。大友であれば惜しみない援助をする、と」


 ただ、それだけでは足りない。毛利に利が足りないのだ。戦を興した以上、何かしらの戦果が必要になるのである。それを用意してやらねば。


「何とかして見せようではないか。十兵衛、弥八郎。嶋左近のもとへ向かい、詳しい話を聞きに向かうぞ」

「「ははっ」」


 こうして、自分で自分を追い込み、毛利元就との会談に備えるのであった。

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