下げた頭の価値は
私事で大変恐縮なのですが、ネット小説大賞11に登録しております。
本作が箸か棒かに引っ掛かれば……と思っています。
ポイントが多ければ受賞できるとは限らないのですが、
一つの目安にはなるのではないかなどと思っています。
つまり、何が言いたいのかというとブックマークしていない人はブックマークを。
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「粟屋との和睦、決まりましてございます」
「そうかっ!」
鉢屋弥之五郎が開口一番、そう述べる。明朝、嶋左近と粟屋元通が宇喜多直家を攻め立てるというのだ。此処で宇喜多は切り捨てておきたい。二枚舌の味方は敵よりも始末が悪いのだ。
「分かった。報告大義であったぞ」
「勿体無いお言葉にございます」
それから腹心の熊谷伝左衛門と義兄の草刈景継を呼び出し、この計画を知らせた。二人には兵を二千程率いて打って出てもらうつもりである。
勿論城を空には出来ないので遠藤秀清には留守居役を命じる。俺も一緒に留守だ。これで準備は整った。宇喜多との、いや毛利との戦を終わりにしようではないか。
翌朝、日が昇るよりも早く目が覚めた。どうやら俺も昂っているようである。具足を持ってこさせ、湯漬けと漬物を食む。宇喜多にこそ攻めかかりはしないが、城を守るのも立派な戦である。
日が昇り、辺りが白み始めた頃、陣太鼓が鳴り響く。遠くからは法螺貝の音。どうやら始まったようだ。俺は彼らの武運を祈ることしかできない。留守居役とは何とも歯がゆいものである。
「落ち着きませぬか」
俺が城の大手門まで向かうと遠藤秀清が既に手勢を率いて城門に陣取っていた。これで伝左達が逃げ帰ってきても大丈夫であろう。
「まあな」
「大将たる者、配下を信じどっかと座って待って居れば良いのでござる。そう焦られますな」
「分かっておる」
「左様でござったか。失言、失礼仕った。がっはっはっは!」
秀清に笑われながらむすっとした顔で事の趨勢を待つこと数刻。陽は天辺を越え下りに入り、辺りを茜色に染め上げた頃、軍馬の蹄の音や人々の足音が響いてきた。どうやら帰ってきたようだ。
「又二郎!」
「確認致しまする」
そう言って手勢を率いて門の上に登る。それから「開門ーっ!」という声が鳴り響いてきた。どうやら伝左達が帰ってきたようだ。俺は門の前で彼らを待った。
「おお! 御屋形様、ただいま戻りましてございまする」
「ご苦労だったな、伝左衛門。成果と被害を聞かせてもらおうか」
「恐れながらお待ちを。まずはこちらが先にございますれば」
伝左衛門の後ろに居たのは見知らぬ武将であった。その服装、居住まいから位の高い将であることは察せられる。四十代の冷静そうな武者であった。下馬し、俺に自己紹介をした。
「武田様にはお初にお目にかかります。某、粟屋弥三郎と申しまする。以後、お見知りおきの程をば」
「ご丁寧に忝い。私が武田伊豆守にござる。此度は兵を引いていただき、感謝の念に堪えませぬ。私としても毛利とは今後、懇意にお願い申し上げる」
この男が粟屋元通か。粟屋勝久とは違い、主家への忠誠を感じられる怜悧な眼差しの男であった。兵は遠藤秀清に任せ、俺は伝左衛門と共に元通を持て成す。
城内に設置した離れに元通を案内した。出来る限り城内を彼らに見せたくはないのだ。宇喜多直家がどうなったか気になるが、今は毛利との関係を構築するのが先だ。
中へと通し、冷たい井戸水を振舞った。八月の終わりとはいえ、まだまだ日差しが強い。毒が入っていないことを示すよう、俺は一気に井戸水を呷った。
「忝い」
元通も喉を潤す。声が詰まっては話したくても話せんだろう。一息ついたところで俺は頭を下げた。驚いていたよ。伝左衛門も元通も。
「お、御屋形様!? 何をなされますか!?」
「伊豆守様、頭をお上げくだされ」
そう諭されるも、俺は頭を上げずにつらつらと思いのすべてを吐露した。
「この戦は我ら共に宇喜多に謀られ始まったもの。無用のものにござれば、討ち取られた方々も浮かばれぬ。我らは毛利様と争う気は毛頭ござらん。平にご容赦を願いたい」
誇りも自尊心もかなぐり捨てて毛利との同盟に走る。西が安泰になれば我らの目は自然と東と南に向くのだ。毛利を相手するよりも、もっと勢力の小さい赤松や浦上を吸収したいのだ。
「伊豆守様、それは此方も同じ思いにございまする。我らは貴殿らと事を荒立てる気は無かった。しかし、宇喜多が武田様は尼子と組んで我らに叛意あり、と申す故」
こちらを見定めながらそう述べる。どうやらまだ俺のことを疑っているようだ。さて、これにはどう返すべきか。あまり考えながら話していると、却って疑われてしまう。
「そのようなことはござらん。糧食を譲ってほしいと尼子右衛門督様が申された故、銭と引き換えにお譲りしたまでにございまする。これはただの商いにて。それに……」
「それに?」
「毛利様は怖うございますからな」
そう言うと元通は不思議そうな顔をした。どうやら、彼から見た毛利元就はそこまで怖い人ではないようだ。この言葉の真意を俺に問い質してくる。
「と仰られますと?」
「考えてもみていただきたい。我らはたかだか五十万石の身代。それに引き換え毛利様は百万石をも超える大大名にございます。毛利様と領地を接するのが怖うて怖うて堪りませなんだ」
だから尼子を積極的に支援したよ、ということである。ただ、そこまでの仲ではないよ。毛利が怖いから協力しただけなんだよ。そういうことを暗に仄めかしておく。そして立て続けに述べる。
「毛利様と盟を結べるのであれば願ってもないことにござる。こちらにはある程度の用意がございますので、その場を設けていただけましたら、と」
「ふむ。そういうことでしたら我が主にお取次ぎいたしましょう」
「忝い」
そう言って再び軽く頭を下げる。何とか毛利元就と面会することは出来そうだ。第一関門を突破というところだろうか。しかし、喜んでいたのも束の間、粟屋元通が口を開く。
「まずは早急に兵を引いていただきたい。そこの補填の話から始めましょう」
「兵、と申されますと?」
元通が言ってるのは毛利領内で暴れている我らの兵のことだろう。しかし、俺は何を言ってるか分からない。俺は籠城していたので何も理解していませんよ、という形をとる。領の補填をする気が無いからだ。
「私は籠城しておりましたので、今、どういう状況なのか掴めておらぬ。ご説明願えぬか?」
「左様でしたな。ならば説明いたしましょう」
そうして丁寧に説明を始める粟屋元通。全て知っている情報だが、敢えて知らないふりをする。驚く演技をしっかりと出来ていただろうか。
「話は理解した。まずは兵を引くよう手配しようではないか。粟屋殿も早々に毛利陸奥守様に執り成しをば」
「かしこまった」
こうして粟屋元通との会談は事務的に終わった。御免と言い残し去って行った元通を見送りながら伝左衛門に尋ねる。
「俺を情けないと思うか?」
「……いえ」
「俺はな、生きるため、生き残るためならば喜んで頭を下げる。たとえお前たちの君主だとしてもだ。だが、覚えておけ。最後に笑うのは俺だ。伝左衛門、その気概を忘れるな」
「ははっ」
今は毛利が強い。これは紛れもない事実だ。だが、俺は虎視眈々と狙っている。毛利元就が居なくなった後の中国の覇権を。苦い肝を嘗めて毛利を殺せるならば、喜んで肝を嘗めよう。
「で、宇喜多との戦は如何であった?」
「はっ。宇喜多軍はほぼ壊滅かと。再起は難しいでしょう。岡豊前守、長船越中守を悉く討ち取ってございます」
ほう。宇喜多の腹心である岡家利と長船貞親を討ち取ったか。恐らく主家である宇喜多直家を逃がすために殿を務めたのだろう。ということは、だ。
「肝心の宇喜多は如何した?」
「……申し訳ありませぬ」
「そうか」
逃がしたようだ。この逃がした魚が大きかったということにならなければ良いのだが。ここで初めて伝左衛門と目を合わせる。そして言う。
「何にせよご苦労だった。宇喜多の腹心を全て討ち取ったのだ。大儀だったぞ」
「はっ。ありがたきお言葉にございまする」
こうして、津山城での戦いは一旦の終焉を迎えたのであった。
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