銭で時を買う
それから数日が過ぎた。先日の力攻めで城を落とせないと察したのか、宇喜多は早々に攻城を諦めてしまった。それ以降、宇喜多は陣に引き籠もってしまっている。
今頃、焦っておろうな。忠臣を死なせ、毛利にも被害を出し、成果は何一つ挙げられず仕舞いである。浦上からも疎まれよう。ざまあみろだ。
正直に打ち明けると、俺は宇喜多が嫌いだ。いつ裏切られるかわからない、八方美人感が非常に嫌いなのだ。それは同族嫌悪なのかもしれない。俺だっていろんな顔を使い分けている。
だからこそ、宇喜多だけは味方に引き込んではいけないと俺の中で警鐘が鳴っているのである。確かに有能な人物かも知れない。だが、それゆえに危ういのだ。
しかし、城と火縄銃の相性は素晴らしい。これは前線の城に火縄銃をどんどん配備しなければ。量産体制を整える必要がある。
問題は毛利との国境がどこになるか、である。前にも皆に伝えてあるが、因幡と美作、備前は獲得しておきたい。ここから東を我ら武田が。そして西を毛利が支配するのだ。
問題は毛利がそれを是としてくれるかである。答えは非だろうな。毛利は尼子に手こずっているとは言え、我らとの国力は雲泥の差だ。向こうは百万石以上を所持する大大名。対して我らは五十万石が関の山。
何とか毛利の目を西と南に向けることが出来れば良いのだが、妙案が浮かばん。それに尼子の処遇もどうするか考えなければならない。毛利との交渉は難航しそうだ。
我らに利があるとするならば、技術力だろうか。大胆な農業改革、特産物の推奨、兵農分離、火縄銃の量産体制の構築、そして火縄銃を主軸とした築城技術。この技術力を毛利が見誤ったせいで我らは勝てたのだ。
しかし、技術をおいそれと教える訳にはいかない。技術は力だ。それをみすみす他国に流出させる馬鹿が何処にいる。つまり、毛利との和睦は不成と見るべきだ。
考え事をしている俺の前にそば茶を出す霞。決して俺の邪魔をしない。一歩引いて男を立てる。その姿に戦国時代に転生したのだと自覚させられる。
「すまんな」
「いいえぇ」
そう言うとにこりと笑ってその場に座り始めた。どうやら俺の傍に居たいようだ。少し、自意識過剰だろうか。そうであって欲しいという願望かもしれない。
戦の最中だというのに。戦中は女人禁制だ。と言いつつ、巴御前など前線で戦う女主人が居るのも事実。そこまでとやかく言うことではない。
「もうすぐ戦は終わる。長い間、不便を掛けて済まなかった」
「別に構いませんよ。お陰で御屋形様を独り占めできましたので」
そう言ってクスクスと笑う霞。確かに霞にとっては俺を独り占め出来たことで益があるのかもしれない。具体的に何とは言わぬが、子を授かるか授からないかは、この時代の女性にとって戦のようなものである。
まだそうとは決まってはいないが、そうなってもおかしくはないと自分でも思っている。アレを持て余してしまったのだ。今なら特殊部隊に所属している某ゲームの蛇の気持ちがよく分かる。
「難しい顔をしておりましたが、何かありました?」
「毛利との戦のことを考えておっただけよ」
「あら。毛利との戦は終わったのではなくて?」
「それがそうにも行かぬのだ」
地図を引っ張り出し、自身の復習もかねて霞に現在の状況を説明する。そして自分でも理解できた。これ以上の西進は無理だと。
やはり、美作と備前の掌握を先にするべきだ。毛利としてもこれ以上の敵を増やしたくはないはず。西に大友、南に三好が居るのだ。
「何がいけないのです。勘違いだったのであれば互いに謝って終わりにすればよろしいでしょう」
首を傾げてこちらを見る。どうやら本当にそう思っているようだ。何とも男の説明欲を満たしてくれる妻よ。
「そうも行かぬから悩んでいるのだ。我らには確実に理と利がある。しかし、毛利に矛を収める理はあっても利が無い。そこが問題なのだ」
「何を仰いますか。先程、御屋形様が『停戦は毛利にも利がある』とおっしゃられたではありませんか。それでよろしいのでは?」
「それだと毛利の利が弱い」
「ならば毛利の利を強くすればよろしいのでは。銭でも米でも。御屋形様の元にはございましょう?」
成る程。これは一理あるかもしれない。もっとことを単純に考えれば良かったのか。利が弱いなら利を足せば良い。子どもでも分かる、単純明快な理論だ。
確かに銭は湊で稼げる。それならば今回の和睦を同盟に切り替え、備前と美作を若狭武田領と認めてもらう代わりに、毛利に毎年千貫を贈る。これでどうだろう。
こちらが毛利に貢ぐ、つまり朝貢する形になるのだ。同盟と言いつつも主従のような形式になるだろう。だが、それでも良い。小早川隆景が死ぬまで、いやせめて毛利元就が死ぬまでは頭を垂れよう。
失う銭と稼げる時間、そのどちらがより価値の大きい代物なのか。それを冷静に見極めなければならん。銭で時を買うのである。
「成る程。其方の言う通りだな。いや助かったわ」
「でございましょう。ふふふっ」
二人でキャッキャとはしゃぎ合う。その空気を壊すように襖の外から冷静な声が響いてきた。鉢屋弥之五郎の声だ。どうやら報告があるらしい。
「入れ」
「はっ。先程、黒川衆より使いの者が参りました。周防国にて大内太郎左衛門尉がご謀反との由」
「ほう」
思わず声が漏れた。狙っていたかのような機会での謀反。我らが唆したのか、それとも大友が唆したのか。大内輝弘と言えば毛利に潰された名門である大内家の遺児だ。
遺児と言っても歳は四十を超えているはず。どうやら旧大内勢を反旗させたらしい。大内輝弘が周防国で大内の遺臣を集めて反旗を翻したというのである。さて、どれ程持つか。
この大内輝弘だが、父の高弘が謀反を起こして大友氏の下へ亡命していたため、大友氏の食客として世話になっていたらしい。つまり、大友の手先でもあるのだ。
「この謀反は我らか。それとも大友か?」
「どちらもにござる。大内を立たせるため、後詰めが遅くなったとのことに」
嫌なことを考える。これで尼子に手こずっていると我らが領地を荒らし、大内が周防国を固めることになる。これは防がなければならない。
鉢屋弥之五郎が言うには大友が大内を囲っていることに目を付け、明智十兵衛と沼田上野之助が大友を説得していたのだと言う。これで毛利包囲網が形成されたとのこと。頭の良い奴は考えることが違うね。
東が我ら武田と尼子。西が大内と大友だ。これは扱いを間違えると中国地方が荒れるぞ。しかし、それであれば毛利との同盟は成る可能性が出てきた。
だが、どれもこれも目の前の宇喜多を何とかしてからだ。こちらに関しては嶋左近に頑張って貰う他ない。俺はこの城から一歩も出られんのだ。
「承知した。弥之五郎は左近の下へ行ってくれ。それで粟屋との仲を取り持ってくれ」
「畏まった」
風のように去っていく鉢屋弥之五郎。徐々に我らに有利なように傾いてきている。それもこれも小浜の財力があってこそである。
織田信長が津島を占めて銭を稼ぎ今川に勝利したように、我らも小浜と敦賀で銭を稼ぎ、周囲と連携し毛利と講和するのである。上手く行くか行かぬか五分だがやるしかない。やるしかないのだ。
俺は狙いを宇喜多に定め、兵の調練に励むのであった。
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