勝久と毛利
津山城で祝言を恙無く終えることが出来た。しかし、これまでの調整が大変だった。
まず、正妻であるお藤の説得が難しかった。父を亡くしたばかりだというのに、側室を迎えるというのだ。そりゃ怒るし不安になるわな。
なので、きちんと線引きすることを明言する。お藤に男の子が産まれたら、その子が嫡男であると。これは武田の嫡流の血を引く男の子となるのだ。
あくまで霞の子は側室の子である。呼び戻すこともしない。信玄公とは同じ失敗はしないことを心掛ける。
となると、励まなければならないのは俺自身だ。何を励むのか。それは勿論子作りである。早く子を授かればお藤も安心するだろう。
そう説得して、ようやっと理解を得られた。無理に押し通しても良かったのだが、夫婦関係はできる限り良好でありたい。
そうして迎えた祝言。霞は非常に美人な女性であったが、幸の薄い顔をしているとも感じた。所謂、薄幸の美女である。
政略結婚であることを理解しているのだろう。なんだろう。俺はこう、加虐心を擽られる女性に弱いのだろうか。
「済まぬな。其方も好いた男くらい居ったであろう。面倒をかけて申し訳なく思う」
俺は祝言が終わった後、閨で相対した霞にそう告げ、頭を下げた。これはあくまでも俺と草刈景継が決めた婚儀なのだ。俺にも責任はある。
「頭をお上げ下さい。確かに急な話で驚きはしましたが、恨んではおりませぬ。どちらかというと安心いたしました。私の結婚は兄に委ねられることは小さな頃から理解しておりました。お相手が御屋形様のような心穏やかで優しき方で嬉しく思う限りです。今後とも、末永くよろしくお頼み申し上げまする」
霞も深々と頭を下げていた。良かった。そこまでこの結婚に否定的ではないようでホッと胸を撫で下ろす。どうやら俺は及第点を貰うことが出来たようだ。まずは第一関門を突破である。
さて、問題は手を出しても良いかどうかである。お藤のことを考えるのであれば出さない方が良いのだろうが、とはいえ、出さないのも失礼に当たりそうだ。彼女に魅力が無いと勘違いされたら困る。
それに草刈氏との関係もある。此処で手を出さなければ草刈景継が如何思うか。義兄の心中、穏やかならずとなるだろう。なので、手を出す一択なのだ。しかし……思案が堂々巡りとなる。
「あの、どうぞご確認下さい」
思案している俺に霞はそう言うと、一糸まとわぬ姿を曝け出した。武器を所持していない、俺に敵意が無い証拠を示しているのだ。
そうまでされたら据え膳食わぬは何とやらである。どの道、手を出す一択だったのだからこれで良かったのだと自分に言い聞かせて彼女を押し倒したのであった。
◇ ◇ ◇
翌朝。霞と共に微睡んでいる俺の元に小姓が一人。嶋新吉である。どうやら急ぎの様子であった。俺は自身の着流しを正し、部屋の外に出た。
「如何した?」
「はっ。尼子式部少輔様が毛利勢と争い、これに負けたとのことにございます」
どうやら勝久は誘い込まれたらしい。流石は毛利。もう対策を施したというのか。と、感心している場合ではない。まずは尼子勝久の安否を確認せねば。もし、我らが裏で糸を引いていたことがばれると厄介なことになるぞ。
「式部少輔は無事か?」
「黒川衆が助け出したとのことにございます。しかし、それ以外は……」
この口ぶりから察するに手痛い負けを喫したようだ。ただ、勝久の命は助かっている様子。それよりも負けた場所が重要だ。備中の窪屋郡で負けたというのだ。此処、津山から南西に位置する。
俺が成すべきことは二つ。空いた城の占領と尼子勝久を打ち負かした相手への備えである。
新見貞経の楪城など、安否不明な親尼子派の居城を占領するのである。勿論、保護という名目の下、済し崩し的に占領するつもりである。
「その後の毛利の情報は?」
「黒川衆によると、解散せずに隊を整えているとのことにございます」
その一言が引っ掛かった。何故解散しないのか。留まるということは人工も兵糧も消費するのだ。馬鹿でない限り、すぐに解散するだろう。
理由無く留まるなんて言う愚策を毛利がするはずがない。空城の占領だろうか。いや、もしや。最悪の想定が頭を過ぎる。もしやバレたか。
「下手をするとこの城にも打ち負かした毛利勢が勢いに乗って押し寄せてくるかもしれぬ。籠城の用意を怠らぬよう、各位に伝えておけ」
「ははっ」
突如として騒がしくなってくる津山城。手紙を一筆。俺がこのまま津山城に留まること、もし攻め込まれたら伝左衛門に対処の判断を委ねることを記載した手紙だ。
同じ手紙を三通用意し、それぞれ明智十兵衛と沼田上野之助、それから熊谷伝左衛門に届けるよう、黒川衆に手配を依頼した。
それから情報の収集を行うと同時に籠城の準備を進める。これが杞憂だったら良いが、攻め込まれることが判明してから籠城の準備をしても間に合わないかもしれない。ある種の保険である。
最後に鉢屋衆に周囲の動きを調べさせる。ああ、忘れていた。支城の神楽尾山城にも兵を入れなければ。
今、此処に居る兵は俺と共に参った二千のみだ。体裁を保つためにそれなりに兵を率いて良かった。その内の七百を神楽尾山城に詰める。問題は誰に率いらせるか、だ。
幸いなことに俺と共に嶋左近が津山城を訪れていた。俺の護衛と婚儀の仕切りを行うと立候補してくれたのだ。しかし、その実は小姓に取り立てられた息子が余程心配だったようである。だが、これは俺にとって渡りに船だ。
「左近は兵を七百程連れて神楽尾山城に入ってくれ。新吉は急ぎ遠藤兄弟を津山城と神楽尾山城に呼び寄せておけ」
「ははっ」
「あの、遠藤様のどちらを津山城に?」
「どちらでも構わん。鉄砲衆を津山城と神楽尾城に急ぎ配備してくれ。速度の方が重要だ」
「は、ははっ」
もし、杞憂だった場合は良い訓練になるだろう。初動をどこまで迅速にできるか。それが肝となる。よく言うではないか。兵は神速を貴ぶと。
兵を不安がらせぬよう、これはあくまで訓練であると言い広めて準備に当たるのであった。
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