草刈景継
永禄七年(一五六五年)七月 美作国 津山
津山城が形になってきた。我ながら中々の堅城だと思う。このまま廓を増やし、天守も連立できればと思う。予定通り水堀も増やしたいし、まだまだやれることは多い。
そして、草刈景継の妹を俺が娶ることで草刈家との誼を通じることが決まった。明確な政略結婚である。だから、津山城の築城が捗ったと言っても過言ではない。
相手の年の頃は十六と言う。俺よりも二つも上だ。名を霞と言うらしい。無下にすることは許されぬが、かといって厚遇し過ぎるのも藤の反感を買うだろう。難しい塩梅である。
ただ、これで美作国に深く食い込むことが出来た。三村と宇喜多を牽制することができる。備前を何とかできれば大きな壁を作れるのだが、それが叶うかどうか。
「はぁ」
「どうしたのですか。大きな溜息を吐いて」
堀菊千代がそう訊ねる。しかし、視線はこちらに移らず、仕事の手は止めない。つまり、その程度の溜息としか認識されていないのだ。段々と軽んじられている気がする。
「どうせ側室を迎え入れるのが嫌だと思っているのでしょう。今日、草刈加賀守様がいらっしゃるのですから、その様な素振りはお止め下さい」
「しかしだな。お家争いの火種となるようなことは避けるべきだろう」
「それとこれとは話が別にございます。御屋形様がしかと嫡男を定めれば良いだけのこと。一門は手広くて損は無いかと」
そう諫めたのは嶋新吉である。若年二人にそう言われたら俺の立つ瀬がない。仕方がないので、俺は脇息に寄りかかって黙っていることにした。表情はむすっとしていただろう。
逆に考えよう。菊千代も新吉も俺ならば出来る、上手く御せると思っているから不安視していないのだと。そうだ。俺なら出来る。やれば出来るのだ。
「もうすぐ草刈加賀守様がお見えになります。背筋を正して下さい」
小姓二人に服を正される。そうこうしている内に草刈景継が到着してしまった。部屋に通す。どうやら、この津山城を一通り見て回って来たようだ。
「お初にお目にかかる。某が草刈加賀守にござる」
「私が武田伊豆守でござる。今後とも義兄弟としてよろしくお願い申し上げまする」
互いに頭を下げる。そして、上げる。視線が絡み合う。草刈景継は年のころ三十といったところ。雄姿相貌は凛々しく、その瞳は深く思慮深い人物であると感じた。
「武田伊豆守様と縁を持てますこと、誠に嬉しく存じまする」
「そう畏まらないでいただきたく。私は加賀守殿の義弟にございます故」
腹の探り合いは終わらない。俺の狙いは明確だが、草刈景継の狙いが不明瞭なのだ。我らの威に屈したと思えば聞こえは良いが、それだけで終わるはずがない。
「そうは仰られましても某と伊豆守様では立場が違いまする。平にご容赦の程を」
流石に分は弁えているようだ。試すようなことを告げてしまったかな。ただ、上手くやるためには互いのことを理解する必要がある。必要なやりとりだ。
「そうは仰らずに」
「それでは義兄弟ともなったことでありますし、胸襟を開いて申し上げ奉りまする」
「伺いましょう」
「我らの所領を回復するのを手伝っていただきたい」
「ほう」
草刈景継が言うには草刈氏は因幡国智頭郡に所領を得ていたというのだ。更に内乱で功を立て美作国苫東郡に所領を広げたのだとか。
そして景継の父である衝継が因幡から美作に本拠を移したのだ。その背景には尼子の侵攻があったのだろう。尼子経久の全盛期を抑えるのは大変だったに違いない。
今は毛利に与する形となっている。それもこれも旧領を回復するため、尼子と敵対関係にある毛利と結ぶ利を考えたのだ。そして、毛利と我ら武田を天秤に測り、我ら武田を取った。
それ程までに因幡の所領を回復したいのだという。つまり、因幡国智頭郡を寄越せということだろう。しかし、困ったことに智頭郡の北部は武田高信が抑えているのだ。俺の一存ではどうすることも出来ん。
その旧領の回復のために妹を俺に差し出したのだと思うと気が滅入ってしまう。俺はそれを了承したのだから。
「相分かり申した。しかし、家臣の手前上、おいそれと領地を譲る訳には参りませぬ。そこでどうでしょう。私と加賀守の妹御との間に男児が生まれた場合、その子に智頭郡いや因幡三郡を任せようと思いまする。如何か?」
「その際は我が家から傅役を出しても?」
「勿論にござる」
ここら辺を妥協点として受け取ってもらいたい。草刈景継が思案している。これで駄目だった場合、何処を妥協点とするべきか。一度持ち帰って家臣と検討する必要も出てくるぞ。
「分かりました。それを信じましょう。今後とも良しなにお願い申し上げまする」
「こちらこそ昵懇にお願い申し上げまする」
そこからは祝言の日取りや場所を決める。場所はこの津山の城で行うことにした。さあ、これで更に子作りを励まねばならなくなったぞ。
しかも、正室である藤との間に男児を授からねばならなくなった。もし、草刈景継の妹御しか男児を授からなかった場合、お家争いの種となる。
まだ見ぬ相手と義務に追われる子作り。これで溜息が出ない男は居るだろうか。残る決め事を家臣に任せ、俺は一人でバレないよう溜息を吐くのであった。
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