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水攻めの謀

 その後、俺は尼子と詳細を詰めるため、席を移して話をすることにした。この場に居るのは尼子義久と山中鹿之助。それから宇山久兼、中井久包の四人だ。


 対してこちらは俺の他に明智十兵衛、飯富虎昌、本多正信の三名である。形を同数に揃えるため、この三人を抜擢した。会談は和やかに始まった。宇山久兼が口を開く。


「此度は我らへの助力、誠に忝のうございます」

「我らとて毛利と三村が東進するのは看過できぬ。ここは一つ、力を合わせて参りましょう」


 そう答えたのは明智十兵衛であった。そして、まずはこちらの要望を尼子側に伝える。美作の嵯峨山城、高山城、新宮城、美和山城の合計五城の割譲である。


 と言っても、実際は嵯峨山城のみの割譲になるだろう。それよりも人手の催促をする。鶴山城の築城には人手が必要なのだ。


 縄張りまでは滞り無く進むだろう。問題は普請の人手である。廃城になった城があるとは言え、復旧するのに一、二か月では済まないだろう。築城なぞ本来は年単位なのだから。


 この城の中で尼子配下の城なのは嵯峨山城である。嵯峨山城は尼子配下の錦織馬之助利路が守っているのだ。美和山城は後藤が攻め落とし、廃城となっている。新宮城も同様に廃城のはずだ。


 厄介なのは高山城と支城の矢はず城を持つ草刈加賀守衡継だ。今は隠居して家督を息子に譲っているが、家中で権勢を振るっているという。此処が尼子に従っておらず、毛利に近しい立ち位置のようだ。


「して、お考えがあるとのことにございますが、如何なされるお積もりにございましょう」


 耽っている俺に宇山久兼が声をかける。俺は本多正信に声を掛けて周辺の地図を持ってこさせた。この辺りの地図は黒川衆が既に作成済みだ。


「此処に楪城がある。城主は新見備中守殿であったか。この楪城で毛利勢を防ぎ、その間に勝山城を落とすのだ。山中殿、勝山城はどれ程で落城能うか?」

「今から急ぎ兵を集め、五千で……そうですな、三日頂けますれば。勝手知ったる勝山城なれば落とすこと能うかと存じまする」


 三日か。確かに尼子勢であれば勝山城の長所も短所も把握できているはずだ。しかし、あくまで城攻めに三日と言ってるのだろう。兵を集めるのにも時間がかかる。毛利に勘付かれたら厄介だ。


「しかし、伊豆守様。楪城だけでは後詰めを断つことは叶いますまい。如何するお積もりにて?」


 中井久包が尋ねる。尤もなことだ。後詰めを断ち切らねば我らに勝利は無いのだから。そこが立ち行かねばこの戦自体が揺らぐことになるだろう。


「うむ。楪城の南を高梁川が流れているだろう。そこに堰を設けて水量を調節するのだ。毛利軍が来るまで水を溜め、渡河するときに堰を切れば」

「おお! 成る程!」


 そう声を上げる宇山久兼。俺も煽てられて鼻が高くなる。しかし、思わぬ方向から矢が飛んできた。味方から作戦を疑問視する声が上がったのだ。


 他の誰でもない。経験豊富な飯富虎昌からであった。主君を立てる場でも主君を諫める。これは策が失敗して主君が更に大きな恥を塗らぬよう、彼なりの配慮なのだろう。


「いや、何も敵方を全て水に流すという訳ではないのだ。要は渡河させぬことが肝要である。勝山城を落とすまでの時間を稼げれば良いのだ」


 そこまで述べて得心したように頷く尼子義久。そこからは俺の立てた策をどうすれば実現できるか、喧々諤々と皆で話し合うのだった。


 しかし、この策を成すことはできなかった。何故なら、俺の元にある一つの報が黒川衆からもたらされるからである。その報とはこのような内容であった。


 毛利陸奥守、月山富田城を攻める動き是有りと。


 この知らせには流石の俺も声を出してしまった。急ぎ尼子に伝え、事実確認を急がせる。

 それと同時に籠城の準備だ。籠城するのであれば兵糧が必要になるはず。これは……銭の香りがするぞ。


 事態は、風雲急を告げる様相となったのであった。

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