譲伝寺にて
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本多正信が西に東に駆け回り各国の重臣と折衝を繰り返した結果、尼子と宇喜多、それから我ら武田の三者での会談が恙無く開かれることと成った。
これが西の三国同盟とは言われないまでも、歴史的に意義のあるものにしたいと思っている。正信の努力は無駄にしたくない。
開催場所は因幡にある曹洞宗の少林山譲伝寺である。此処は因幡の武田高信の領地だ。形だけは三者のどの領地でもないということにしたかったのである。ほぼ、我らの領土ではあるが。
俺はそこに明智十兵衛と本多正信、それから前田利家と飯富虎昌を引き連れて参詣した。手勢は二百程度である。我らのお膝元なので、そこまで多い兵は必要ないと判断したのだ。
住職に案内されて中に入る。どうやらまだ誰も到着していないようだ。いや、違う。俺より先に入るのを憚ったのかもしれない。それはないか。
それから間もなく宇喜多直家が家臣を引き連れてやってきた。宇喜多三老と呼ばれている岡家利と長船貞親、そして戸川秀安を連れてきていた。どうやら信頼できる家臣で固めたようだ。
なんと目つきの悪い男だろうか。見るからに野心家でぎらついているのがよくわかる。三十半ばにして血気盛んというところだろうか。噂に違わぬ男である。
今回の会談に参加することを主君である浦上に許可は取っているのだろうか。我らはあくまで宇喜多家に話を打診しただけに過ぎない。そこから先は関与していないのだ。
そして最後に到着したのは尼子義久だ。山中鹿之助と宇山久兼、そして義久の参謀として名高い筆頭家老の中井久包だ。
この錚々たる面子を見ただけで尼子の会談に対する入れ込み具合が分かると言うものである。
尼子義久に会うのはこれが初めてだったが、正統派の君主、といったところだろうか。親の言いつけを良く守り、それに従ってきたのだろう。
だがしかし、そのために急死などの突発的な事項に対処しきれず、家臣団を纏めきれなかったと見える。直家とは対照的で、領地拡大ではなく所領安堵するために戦っている。そんな印象だ。
その中立が俺だろうか。所領も大事にしつつ、出来るなら領地を広げたいと思っている。三国と半分を収めているとはいえ、石高は甲斐武田の信濃と同等もしくはそれ以下なのだから。
さて、全員が揃った。問題は誰が音頭を取るかである。まあ、俺だろうな。今回の発起人は俺なのだから。本多正信に目で合図を送る。
「さて、皆々様がお揃いになりましたので早速ではございますが話し合いを始めとうございます。事前にご承知の事かと存じますが、此度は三村紀伊守についてにございます」
ここで話を一度区切り、周囲の様子を伺う。宇喜多勢は老練とでも言うべきか。誰も顔色一つ変えていない。流石である。
対照的に尼子勢は義久が満足そうに大きく頷いていた。何と素直で伸びやかに育てられているのだろうか。しかし、ここは腹芸をしなければならない場面だぞ。
「我らとしても東美作を得たい故、三村紀伊守は正直、邪魔にございます。そこで我らは東から。尼子右衛門督様は西から。そして宇喜多和泉守様には鶴首城を攻めていただきたく考えておりますれば」
「お待ちくだされ。それでは某どもの負担が大き過ぎまするぞ。この話、吞むわけには参りませぬな」
そう宣言したのは戸川秀安だ。どうやら宇喜多勢の憎まれ役担当なのだろう。無骨な表情からぶっきらぼうにそう叫ぶ。この言葉に尼子義久はあからさまに敵意を示していた。
「それは、三村紀伊守とは事を構えるのは問題無いと。そう捉えてよろしゅうございますかな?」
流石は本多正信。話の持って行き方が巧みだ。そもそもの話、この状況下で断るなど正気の沙汰ではない。それであれば会談に参加しないのが賢明だ。
「……それはもちろんである。だが、我らだけ貧乏籤を引くわけにはいかぬ」
「仰る通りにございますな。では、戸川肥後守殿は如何お考えで?」
「まず、此度の三村の増長は尼子家が勝山城を三浦に奪われたからこその惨状ではございませぬか。それであれば尼子家が責任を持って死力を尽くし、勝山城を奪い返すのが道理」
戸川秀安の言いたいことはこうだ。勝山城の城主である三浦貞勝を追放して勝山城を手中に収めたのに、三浦貞勝に奪い返された尼子が悪いと。
そして両軍が疲弊したところを三村家親が奪ったのだ。いわゆる漁夫の利である。これは両者ともに迂闊だったであろう。いや、三村家親に先見の明があったのかもしれない。彼は有能だ。
この発言に激怒したのは尼子義久ではなく宇山久兼であった。勝山城を落としたのは宇山久兼の息子である久信なのである。つまり、奪い返されたのも久信なのだ。
「これは異な事を仰られる。勝山城はもともと三浦殿の居城。我らが維持する言われはござらん!」
「奪った以上、維持する責務はあるであろう! 維持できぬのなら破棄すれば良いだけのこと! それとも尼子家は攻め込むは奪うだけのこととお考えかっ!」
口論が熱を帯びてくる。これ以上は危ない。この会談自体がご破算になりかねない勢いだ。俺は一つ、溜息を吐いてから双方の仲裁に当たった。
「両名とも矛を収められよ。今、過去について、やいのやいの言い合っても今日は変わらん。目は前に向けるべきである。だから目が前についておるのだ。今の問題はこの勝山城には城代として三村の家臣である川原六郎なる者が入城しているとのこと。これを如何するかである」
そう言って周囲を見渡す。この落としどころを見つけるという作業が大変だ。宇喜多勢としては尼子勢に責任を取ってもらいたいと考えている。つまり、それだけ血を流せと言いたいのだろう。
しかし、彼らだけでは落とせないだろう。そんな戦力があればそもそも落城しなかったはずだ。そして我らに泣きついてきたりもしないはず。
ただ、勝山城の立地から鑑みるに、西美作にある以上は我らの城となる確率が低い。それであれば尼子に城攻めを任せても問題ないのではなかろうか。
問題を簡潔化させよう。我らの利は何なのか。誰と戦うのが楽なのか。
この場合、毛利の援軍か三村の本隊か三村家臣への城攻めの三択である。一番選びたくないのは毛利援軍との戦だ。ただ、本当に戦う必要があるか、である。
「戸川肥後守殿の仰ることにも一理ある。奪われたものは自らの手で奪い返すが武士である。しかしながら、奪い返すのに骨が折れるので後詰めを頼まれたのも事実。なので、我らが助攻いたそう」
やや尼子氏を侮辱してはいるが、それだけのことをしたのも事実だ。口惜しかったら奪い返してみろ、というところだろう。
「宇喜多殿は三村の後詰めを勝山城に送らせぬよう、牽制をお願いしたい」
「牽制でございますな」
「牽制である。そして、勝山城を落とした我らと合流し、鶴首城攻めを行う手はずで如何か?」
つまり、暗に睨み合って対峙しているだけで良いと伝えているのだ。今回の戦、一番旨味が少ないのが宇喜多であろう。我らを敵に回したくないと考えていると見える。今はまだ、であるが。
なので、兵の損失を抑え、三村を弱体化することができるのであれば乗ってくるはず。そう考えたのだ。損失は労力と兵糧くらいだろうか。
「ここで一度、水を入れませぬか?」
今まで無言だった宇喜多直家がそう提案した。家臣達で条件について吟味したい。そんなところだろう。この提案に乗っかったのは尼子義久だ。
「宇喜多和泉守殿が仰る言、尤もである。武田伊豆守殿、如何でござろうか?」
この空気を作られてしまっては同意しない訳にはいかない。強硬に終わらせる手もあったけど、まだその時ではない。穏便に済むのならそれが一番である。
「わかりました。では、一刻後にまたこちらで」
こうして、各々の陣営が俺の提示した案を吟味する時間へと突入したのであった。
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