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流浪の身

弘治二年(一五五六年)三月 美濃国 明智庄 明智館 明智十兵衛光秀の話


「十兵衛様、いかがなされましたぁ!?」


 拙者が屋敷に戻るなり、伝五が駆け寄ってきた。どうしたもこうしたも見ての通り、負け戦よ。

 叔父上は殿と一緒に討ち死に。某は這々の体で逃げ出して来たのだ。


「逃げよ! そして明智の名を、血を後世に残すのだ!」


 叔父上の最後の言葉が頭の中で反芻される。そうだ。拙者は明智の血を残さねばならぬのだ。義を貫き殿に味方した。そのせいで友を、家臣を失ってしまった。この選択は果たして正しかったのだろうか。


「皆の者!我等はこれより明智庄を捨てる! 叔父上の遺言に従い、泥水を啜ってでも生き残るぞ。すぐに出立をする。支度をせい!」


 しかし、そんなことを考えている暇は無い。まずはこの窮地を脱することを考えなければ。どこへ向かうべきであろうか。越前であろう。宗滴公が昨年まで軍配を取っていたお陰か国内で戦も少なく、領内が安定している。


「十兵衛様、お支度済んでおりまする」


 どうやら煕はこうなることを予見して予め準備していたようだ。本当によくできた妻である。

 俺は母の牧、妻の煕、従兄弟の左馬助、家臣の伝五と数人の下男下女と共に朝倉へと向かったのであった。


 朝倉の一乗谷までの道程は決して楽なものではなかった。落ち武者狩りが蔓延る中、母を背負い、急な山道を登り下りする。そうしてやっとの思いで越前国に入ることが出来たのだ。


 さて、ここからどうしようか。朝倉様にお仕えするか。いや、お仕えするしない以前の問題だ。勝手に越前の一乗谷に住み着く訳にはいかない。挨拶はせねば。


 着替えて一乗谷にある朝倉屋敷へと赴く。門番に事情を話し、開門を願う。


「暫し待っておれ」


 そう言われてからどれだけ待たされただろうか。日がだんだんと傾いてきた。其の頃、ようやく重い門が鈍い音を出しながら開き、一人の男が現れた。


「御屋形様は蹴鞠にて酷くお疲れでございます。ご挨拶はまた今度にいただきたい」

「お待ち下され! 拙者、美濃の斎藤家に仕えておりました明智十兵衛と申しまする!」

「ええい、五月蝿い! また後日と申しておろうが!」


 取りつく島もなく、立ち去る朝倉の家臣。拙者は呆然とする他なかった。

 仕方がないので出直すことにする。さて、今晩をどうやって凌ごうか。


 誰も使っていないであろう、街の外れにあるあばら家を勝手に拝借することにする。

 このあばら家を夜通し掃除するのだ。天井には穴が空いており、雨漏りすることが予想される。早く塞がねば。幸いにも晴れて良かった。


「良いですねぇ。こういうのも」


 お煕が笑いながらそう言う。強がっているのだろうか。それとも本当に楽しんでいるのだろうか。

 どちらにせよ、不憫な思いをさせてしまっていることに変わりはない。亭主として恥じ入るばかりである。


 それから、何度も足繁く朝倉屋敷に通うも門前払いの毎日であった。段々と自身の不甲斐なさが重くのし掛かってくる。


「そこな御仁、如何なされた?」


 そう話し掛けてきたのは二十そこそこの眉目秀麗な優男であった。身形は整えられ、気品すら感じられる立ち居振る舞いである。


「某、斎藤山城守様に仕えておりました明智十兵衛と申しまする。美濃を追われましたため、越前に居を構えたく朝倉左衛門督様にご挨拶に伺った次第にございまする」

「そうであったか。それであれば某が取り次ぎましょう。暫し待たれよ」


 そう述べて中へと消えていく青年。しかし、どうせまた以前と同じように何刻も待たされるのであろう。

 などと思っていた矢先、重たい門が開いた。そして先程の青年が拙者を中へと招き入れてくれた。


 そのまま朝倉左衛門督の所へと通される。拙者は思わずすぐさまその場に座り込み平伏した。


「其方が明智十兵衛か。美濃の斎藤山城守に仕えていたと。孫九郎から聞いたぞ」

「はっ」


 どうやら孫九郎と言うのは先程の好青年のことらしい。どうやら彼は本当に朝倉左衛門督に渡りをつけてくれたようだ。感謝の念が絶えない。


「越前に居を構えたいと。それは構わんが其方は何ができるのだ?」

「何が、でございますか」


 この質問には困った。上手く返答できる自信が無いのだ。

 戦が出来るとは口が裂けても言えない。戦に負けて越前に落ち延びてきたのだから。


「知を、蓄えて参りました」

「ほう。知か」

「四書五経を諳んじることが出来ますれば」

「そうかそうか」


 朝倉左衛門督は終始、笑顔であった。そして告げられる、無情な一言。


「朝倉で召抱えても良いぞ。其の場合、孫九郎の元で雑兵共の小頭からだな。それでよろしいか?」 

「小頭、にございまするか。少し……考えさせて下され」

「そうか。ま、それでよければ孫九郎に声を掛けてくれ。越前は美濃と違い、人材が豊富で一致団結している故な。職が空いておらぬのだ。許せよ」


 そう言って立ち去っていく朝倉左衛門督。拙者は呆然として帰路に就いた。

 小頭だと。それも雑兵の。今まで培ってきたことは無意味だったのだろうか。自問自答してしまう。


 それも致し方が無いのだろうか。何せ拙者は流れ者である。朝倉の縁者という訳ではないのだ。大権を与えられる訳がない。しかし小頭か……。それでは家族や郎党を養うこと稼ぎが手に入らない。


 しかし、ここで駄々を捏ねる訳にもいかない。家族が路頭に迷っているのだ。辛いが下男たちに暇を出すしかない。だが、本当に仕えるに値する将なのだろうか。朝倉左衛門督という男は。


 そこでふと、一人の少年を思い出した。若狭武田の孫犬丸殿のことである。

 若狭に向かうのも手だ。何せ、母が若狭武田家の出自なのだから。


 もうお煕や家臣達にひもじい思いをさせたくはない。危ない思いはさせたくない。


 ”これは一つ『借り』にしておきます。何か困りごとがございましたら遠慮なく私を訪ねて下さい。お待ちしております”


 この言葉を、信じても良いのだろうか。

 一縷の望みを懸けて、拙者は越前から若狭へと向かうことにしたのであった。

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