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京より西を

 今までの空白期間を埋めるように藤との距離を縮めていく。藤が丸くなったというのもあるが、家臣たちに跡目の心配をかけないという目的もある。


 いや、丸くなったというより依存度が強くなったと言った方が正しいかもしれない。ただ、顔は可愛いのだよなぁ。それでつい絆されてしまう。


 そんな俺のもとに一人の男が現れた。そう、足利義輝の使者である。しかも一度や二度ではない。


 再三に渡って使者を寄越してくる足利義輝。これでも粟屋勝久が懸命に押し留めているので、使者の数は少なくなっているはずだ。それでもこの数とは是如何に。


 おそらく三好長慶が亡くなって好機とみているのだろう。しかし、三好長慶が亡くなって家中の誰も彼もがピリピリ殺気立っているのだ。そこに檄文をばら撒いたらどうなるか、わかっているのだろうか。


 俺は将軍を利用したが、俺が将軍に利用されるのは我慢ならない。そういうと我儘に聞こえるかもしれないが、そもそもの話、利害が一致しているかどうかの違いである。


 前回は利害が一致した。そして今回は利害が一致していない。だから協力しない。以上。そもそも俺一人が呼応したところで結果は変わらんのだ。六角、畠山、北畠が動かん限り俺は動かぬ。


 そんなことよりも、今は目を西に向けたいのだ。段々と伯耆、美作がキナ臭くなってきた。三村家親が毛利の援助を受けて虎視眈々と狙っているというのである。


 ただ、三村家親を麾下に加えるのには骨が折れたと見える。それもこれも南条宗勝を見捨てたのが国衆を疑心暗鬼にさせたのだと俺は考えていた。


 だから、あの因幡での孫三郎の活躍は無駄ではなかったのだ。決して。


 そのお陰でもう一人の使者が俺のもとを訪ねてきたのだ。尼子の使者である宇山久兼である。どうやら美作の勝山城が三村家親に落とされて、慌てて俺に救援を求めに来たらしい。美作での求心力が落ちているようだ。


「拝謁の機会を設けていただき、恐悦至極に存じまする」

「私と飛騨守殿との仲ではないか。そう畏まらないでいただきたい」

「は、ははっ」


 宇山久兼は親武田派だ。彼とは蜜月な関係を築いておきたい。尼子が今日まで耐え抜いてこられたのは宇山久兼が主君を盛り立て続けたからに他ならない。


「して、今日は何用で訪れたのか?」

「……既知のことかと存じますが勝山城についてでございます」

「もちろん存じておる」

「そこで、我が主は武田伊豆守様に勝山城の奪還をお願いしたく、某が参上仕った次第にございまする。もちろん、タダでとは申しませぬ。先に仰られていました通り、尼子式部少輔様を美作の国主に。そして私と山中殿がその補佐に回りまする」

「ふむ。昔に断られた話を分が悪くなったからと言って持ち出されても。飛騨守殿は私が今でも尼子に誼を通じるとお考えか?」


 俺は笑顔で辛辣な言葉を告げた。凋落の一途を辿っている尼子に肩入れする理由は無い。それにこちらの提案を蹴り飛ばしているのだ。いつまでも甘い顔をしていると思われたら癪である。


 この俺の言葉に段々と顔色を悪くしていく宇山久兼。それもそうだ。ここで俺が手を引いたら美作と伯耆は確実に毛利の手に落ちる。


 となると、尼子の残る土地は出雲のみになるのだ。そうなっては、滅ぼしてくれと言っているようなものである。それでも、俺にとっては、知ったことではないのだ。


 もちろん尼子が存続してくれるに越したことはないが、だからと言って危ない橋を渡る理由にもならない。大事なのは我ら武田が大きくなれるかどうかである。


「暫く! 暫くお待ちを! 我らと盟を結んでいただけますれば美作半国を割譲いたしまする。何卒、我らをお見捨て給うなかることを平に、平にお願い申し上げまするっ!」


 そう言って頭を床に打ち付ける宇山。美作半国と言えばどの辺りまでだろうか。あまり割譲されても押さえきることが出来ない。


 しかし、貰えるものは貰っておきたい。東と南に勢力を伸ばせない以上、西に伸ばせるだけ伸ばしたいのだ。


 吉野郡、英田郡、勝北郡、西西条郡、西北条郡、東北条郡、東南条郡の七郡で吹っ掛けてみるか。石高は併せて九万石ほどである。美作国であれば二十万石以上はあるだろう。およそ四割の割譲だ。


「では、吉野郡、英田郡、勝北郡、西西条郡、西北条郡、東北条郡、東南条郡の七郡を割譲いただきたい。それらをお譲りいただけるのであれば、盟友として共に歩もうではないか」


 こんなの、盟友でも何でもない。弱った隣人に付け込んで、足元を見て吹っ掛けているだけに過ぎない。毛利に取り込まれるのを良しとするか。それとも我らに土地を割譲してでも自分の足で立つか。


「これらの出来事を其方一人で決断せよと申すのは酷だ。一度、国に戻りご主君の判断を仰ぐが良い。あまり時間は残されておらぬがな」

「はっ。忝のうございまする」

「ああ、そうだ。盟を結んだとて助けんと思われても癪だ。勝山城を取り戻した暁には尼子式部少輔勝久を城主として迎え入れよ。そして其方と山中殿で盛り立てて欲しい」


 時間はないと伝えつつも面倒な頼みごとを追加する。しかし、勝山城に勝久を入城させれば否が応にも我らは救援せざるを得なくなる。また、山中鹿之助と宇山久兼の命を助ける差配でもあるのだ。


 あのまま、月山富田城に籠っていたら宇山も山中も間違いなく死ぬ。有能な者はできるだけ助け、味方に引き入れたいところなのだ。そして毛利が尼子を滅ぼさんとしている以上、我らと組むほかない。


「承知仕り申した。そちらもしかと右衛門督様にお伝え致そう」


 こうして宇山久兼との会談を終える。尼子義久も苦境に立たされてしまった。それもこれも父である尼子晴久が悪い。急死したものだから、その隙を毛利元就に突かれたのだ。


 石見銀山を奪われてからは述べた通り凋落の一途である。改めて戦国時代の厳しさを痛感させられた思いだ。さて、そんな尼子義久に同情をしている場合ではない。こちらも策を立てなければ。


「本多弥八郎と黒川与四郎を呼べ」

「ははっ」


 菊千代に弥八郎と与四郎を呼び付けさせる。勝山城をどうやって奪い返すかの算段を立てねば。


 ああ、また戦か。最近は政に精を出し、妻との関係も修復できて良い流れだと思ったのも束の間。どうやら戦国の世はそう甘くはないらしい。

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