閑話休題
国を強くするには民を富ませることも重要だが、民を鍛えることも重要である。つまるところ、教育だ。
しかし、教育と言っても学問を教えるのは難しい。この時代、学校と言えば足利の学校くらいしかないのだ。
なので学問は教えない。別に領民に無駄な知恵を付けさせたくないとか、そんな邪な思いからではない。教える制度も、教えられる人も、何もかもがそろっていないからだ。
では、何を鍛えるというのか。それは身体である。身体の動かし方を教えるのだ。こんな事例がある。幼少のころに体育をしていない国の大人と、体育を行ってきた国の大人で身体の動き方が違うというのだ。
そして身体の動かし方であれば俺の麾下にいる武将たちがよく理解している。そしてそれを俺は領民に伝えたい。
なので俺は領民の子どもを集める学校を作った。対象は男女問わず、五歳から十歳である。もちろん強制ではない。希望制である。
なにも朝から晩まで拘束しようというわけじゃない。お昼の農作業がひと段落した時間帯に一、二刻ほど子どもたちを集めて身体を動かそうというのだ。勉強は教えない。教えるのは体の動かし方だけだ。
低年齢の子どもたちは鬼ごっこや尻尾取りなどで楽しく動かす。高年齢の子は槍や薙刀を持たせて実践的な訓練をするのだ。少しでも自分の身を守れるようになればと願う。
「もっと腰を据えて!」
槍の指導は隊に交代でお願いしている。今日は梶又左衛門の隊だ。二十人ほどの部隊で三百人の子どもの面倒を見ている。これを若狭だけではなく、丹後や但馬などに波及させていく予定である。
個人的には参加率が良いなと思った。それには二つの要因があった。一つ目は街道の整備だ。街道が整備されたお陰で子どもが遠くまであちこち行けるようになったのだ。
もちろん、一人で出歩かせる訳ではない。近くの子どもたちと集団で向かわせるのだ。つまるところの集団登下校である。これができるのは大きい。治安が良くなってきた証拠である。
二つ目は給食制度だ。稽古――年少者には遊びだが――に参加した場合、お昼ご飯が振舞われるのだ。それも栄養をしっかりと考えた食事である。
玄米に菜っ葉の味噌汁、胡瓜と茄子の煮浸し。主菜は小さいが焼き魚である。飲み物はもちろん綺麗な雪解け水だ。これだけ食べることが出来れば健康になること間違いなしである。
しかも一日二食だったのが一食増えて一日三食になるのだ。身体が大きく、強くなるのは間違いないだろう。
そして立身出世を望む者は、そのまま足軽として取り立てることにする。基礎が出来ているのだ。大手を振って迎え入れるに決まっている。
食事を貰えて強くなれる。親からしてもありがたいというもの。こうして国全体の力の底上げを行うのだ。
他国から流れてきた山賊達もおいそれと集団登下校をしている彼等を襲うことはできない。何故なら高年齢の子が槍を持っているからである。
いやそもそも、他国から山賊や盗賊等が流れないよう、国境は厳重に警備している。勿論、抜け漏れは防げないが、他国よりはマシだろう。まだ襲われたという事例は聞いていない。
何故、国境を厳重に警備するのか。それは新兵の経験値を溜めるためだ。十分な稽古を積んでいたとしても実践で震え上がって何も出来ないのは良くあること。
それならば簡単な実践から慣らして行けば良いのだ。それが国境の警備なのである。盗賊や山賊等の無法者がやってきた場合、抵抗するようなら処断する権限を現場に渡している。
俺が望んでいるのは新兵に人を殺すことに慣れてもらう、ということだ。あまり慣れて欲しくはないが、そんなことは言ってられない。彼等を守るために、殺される前に殺すことに慣れて欲しいと願う。
「やらねばならんことが山積みだな」
「一息入れましょう」
そう言って菊千代が俺にそば茶を渡す。ホッとする温かみだ。これを続けていけば必ず国は良くなる。
農兵の底上げができるというのが何とも嬉しい限りだ。雇い兵だけで戦い続けるのは銭の面でもまだ早計である。
市を拡大し、民を鍛える。これぞ富国強兵だと考えている。あとは外貨の稼ぎ方を考えねばならんな。
現状、干し椎茸や俵物、太刀、それに澄酒などを比叡山や京で売り捌いて銭に出来ているが、まだ足りない。
理想を言うのであれば明との貿易だ。李氏朝鮮との貿易も宗主国である明の許可が必要になってくるだろう。いや、それならばいっそのこと、明よりヌルガンと貿易した方が益になるだろう。
だがコネも伝手も無い。現実的な考えではなさそうだ。うーん、周囲の大名と取引するとなっても、日本海と面しているのは朝倉と上杉、毛利に大友か。
上杉は駄目だ。甲斐武田の繋がりで敵対視されてしまっている。毛利も危険視しているだろう。大友は遠いし、残るは朝倉しかない。
となると、やはり遠縁である蠣崎氏が支配する蝦夷地との交易を厚くするしかないようだ。
「なあ、菊千代。銭を稼ぐにはどうすれば良い?」
駄目元で菊千代に意見を求める。いやいやいや、こういう雑談から解決の糸口が生まれるのだ。茶を飲んで寛ぎながら雑談に花を咲かせる。
「そうですね。んー、大会でも開きますか?」
「ほう、大会?」
「大会です。武術大会でも開かれれば優秀な武芸者が全国各地から集まりましょう。公家も呼べば箔も付きますし、銭も落としてくれます」
「大会、大会か」
これは目から鱗であった。まさかこんな簡単な案を頭の中から落としているとは。それこそ某コミックのマーケットだったり某ワールドのカップだったりと開催するだけで銭の動きが大きい。
これは真面目に考える価値がある。人も沢山流れ込んでくるだろう。人が来たら若狭の良さを理解してくれるはずだ。定住する者も増えるかもしれない。
「良い案だ。それで行こう。菊千代、この件は其方に一任す。上手くやってみるが良い」
「は、ははっ」
若狭武田で武術大会が開かれるのは、また別のお話。
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