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裸の大将

「お初にお目にかかりまする。武田豆州輝信にございまする」

「儂は朝倉左衛門督義景だ。以後、良しなに頼むぞ」

「朝倉式部大輔景鏡にござる。伊豆守様、お久しゅうございまする」


 目の前に朝倉義景が居る。俺の目には世間知らずのお坊ちゃんのボンボンのように映る。朝倉宗滴が甘やかした付けが回ってきているのだろう。先代の孝景の時代から宗滴に頼っていたのだ。


 だが、堂々として自信に満ち溢れている。自分こそが正義であり、自分の判断が正解なのだろう。これが大名の風格というものか。


 そして当主の座に就いたのが十五、六。その頃に父を喪っている。右も左も分からず、誰を信じて良いのか悩んだだろう。俺が更に迷わせて親族すら信じられぬようにしてやる。


 その義景の隣に居るのが景鏡だ。相変わらず下膨れした目つきの悪い男である。歳は義景よりも十歳は上。この場には義景の他、景鏡しかいない。これは渡りに船だ。


「こちらこそ、よろしくお頼み申す。大伯母上は息災にされておりますでしょうか?」

「勿論だとも。元気過ぎて困ってるくらいだ。何なら引き取ってくれても良いぞ」

「ははは、ご冗談を」


 まずは和やかに話を進める。そして、親族であることを喧伝し、信頼を得るところから始める。敵だと思ってほしくはないのだ。俺は敵だと思っているがな。


「それにしても一乗谷は栄えておりますな。当家の十兵衛が一乗谷を訪れたのも頷ける。そういえば、左衛門督様が当家の十兵衛を袖にされたとか」

「十兵衛、十兵衛……はて、そんな男が仕官に来たかな?」


 そう述べて俺の後ろに控えている十兵衛の顔をじっと見る。しかし、思い出せないのか目を細めたままだ。そこで十兵衛が一言「孫九郎様にご紹介いただき」と述べたところ、大きな声を出して頷いた。


「おうおう! 思い出したぞ。確か何年か前に美濃から流れてきた者だな。あれから若狭へ向かったのか」

「はっ。某の母が御屋形様の大叔母に当たります故」

「なんじゃ、十兵衛。其方は儂と親戚、従兄弟となるのか。であればそう申せば良いものを。高禄をもって迎え入れておったぞ」

「はっ、申し訳ございませぬ」


 そこで十兵衛が苦々しい顔をしたのを俺は見逃さなかった。親族で待遇が変わる。つまり、実力で評価しないと暗に述べているのだ。それは俺も嫌うところである。此処で俺は本題を切り出した。


「さて、今回お尋ねさせていただいた理由にございます。このようなお手紙を頂戴しました。何やら左衛門督様が勘違いをなさっておいでにございます故、参上した次第にございます」

「勘違い?」

「はい、勘違いにございます。まず、我等は敦賀から人を奪ったりなどしておりませぬ」


 ただ、荷を止めただけだ。人を奪うだなんて人聞きの悪い。そんな人攫いのような真似は……してるか。いや、これも戦国の倣いである。


「では、何故敦賀の湊からの税が減っているというのか」

「私が愚考しますに、敦賀郡司の朝倉中務大輔様の政が上手くいってないやもしれませぬな。しかし、それも無理ならぬこと。敦賀郡司であった朝倉孫九郎様がお亡くなりになってしまい、上手く治められていないのでしょう」


 そう言って朝倉景鏡を見る。お前が自害に追い込んだんだぞという笑顔を浮かべながら。そして景鏡としても此処で敦賀郡司を叩いておきたいという思いがあるはず。


 でないと、報復されるのは自分なのだ。俺としても敦賀の不振を敦賀郡司のせいにしてくれるのは非常に助かる。このまま朝倉の国力を削ぐことができるのだから。そういった意味では景鏡と利害は一致しているのかもしれない。


「成程。伊豆守様のご意見は最もなところにございます。この式部大輔が敦賀の視察に赴いて事実を詳らかに調べて参りましょう」


 保身のために事実を捻じ曲げて報告する気だ。ここで義景が景鏡に許可を出したら朝倉は滅ぶだろう。いや、俺が滅ぼす。それ程まで重要な決断なのだ。この敦賀の調査は。


「分かった。では其方に全て託そう」

「ははっ」


 それをあっさりと決める義景。恐らく、此処が分水嶺になるなど露程も思っていないのだろう。無知は罪とは正にこのことである。そして、俺と景鏡の我ら二人はその言葉を待っていたのである。


「では、この件は水に流そうではないか。疑った真似をして申し訳ない。しかし、その方は一向宗と仲が良いらしいな」


 嫌なところを突いてくる。仲が良いというか、敵対したくないから機嫌を伺っているだけなのである。がしかし、そう告げる訳にもいかない。必死に頭を回転させる。


「私の義理の祖父は信玄公にございます。信玄公は熱心な仏教徒であり、本願寺顕如様と義兄弟にございます。私としましても本願寺と仲良くせざるを得ず。ご理解を賜れましたら幸いに存じまする」


 信玄公を出汁にして切り抜ける。これで義景が納得してくれたら幸いなんだが、どうだろうか。ここが誠意を見せるときなのかもしれない。


「また、こちらはつまらぬものでございますが、ご笑納いただけましたら幸いでございます」


 渡すのはお得意の太刀と澄酒と干し椎茸である。太刀は若狭の新進気鋭の刀工が打ったものであり、椎茸の栽培は若狭武田家の独占技術のままだ。


 それから蕎麦の乾麺もお渡しする。最後に蝦夷地から送られてきた昆布を納める。これで蕎麦セットの出来上がりだ。


「私共が北に船を送っているのは加賀に荷を送るためではございませぬ。遠縁にあたります蠣崎若狭守と商いのために送っておりますれば。補給の中継として加賀に寄らせていただいてる次第にございます」


 これは事実だ。当代の蠣崎季広の曽祖父は若狭武田の出で、武田信広という男なのだ。どうしてそうなったのかは知らないが、この伝手を頼り、蝦夷地から昆布を仕入れているのだ。少し、言い訳が過ぎただろうか。


「おお、気を遣わせてすまないな。ありがたくいただくとしよう。こちらからも返礼をせねばならんな」

「それでしたら某が手配いたしましょう」


 そう名乗りを上げた景鏡。正直、景鏡とは余り関係を持ちたくないのが本音だ。蛇蝎のような気配が感じられて好ましく思っていない。


「それでしたら欲しい物がございます。萩原八郎右衛門尉なる者が金吾様の手紙などをまとめていると耳にしました。そちらを拝見させていただけますれば、この上ない幸せにございまする」

「式部大輔」

「手配いたしましょう」


 朝倉宗滴の話記だ。そろそろ纏まっていてもおかしくはないはず。原本があるのならば、そちらを写本させていただきたいものだ。


「頼む。これからも隣国として良い関係を築いていきたいものだ。のう?」

「左様にございます。加賀の一向門徒が相手の場合、何も出来ず苦しい限りでございますが、今後とも良しなにお願い申し上げまする」


 最後にギュッと圧力をかけてきた。やはり、こういうところは代々続いた戦国大名という感じがする。とりあえず、事無きを得たようで何よりである。


 俺と景鏡が最後に顔を見合わす。無事に朝倉義景の前を辞してホッと溜息を吐くのであった。

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