腹心たちの秘密の会合
「皆に集まってもらったのは他でもござらん。御屋形様のことにございまする」
集まった面々を前に口火を切ったのは沼田上野之助殿であった。
此処には上野之助殿の他に武田右衛門佐様、明智十兵衛殿、細川兵部殿、本多弥八郎殿、嶋左近殿、熊谷伝左衛門殿に内藤筑前守殿、そして私こと堀菊千代という御屋形様の腹心が揃いも揃ったのである。
「御屋形様が如何なされたのだ?」
「御屋形様が、と申しますよりもお世継ぎに関してにございまする」
そう言うと皆が得心した表情を浮かべた。どうやら御屋形様と奥方様の不仲は皆の知れ渡るところになっているようだ。そして皆でそれに頭を悩ませている、と。
「お世継ぎが生まれないのは問題でございますな。御屋形様に万一のことがあらば事にございますぞ」
そう述べたのは御屋形様の叔父である武田右衛門佐様である。私が察するに、この会合は武田右衛門佐様に釘を刺す意味合いもあるのだと考えている。屋形号を奪うでないぞ、と。
「御屋形様はお裏方様と上手く行ってないと?」
「うむ、儂はそう見ている」
細川兵部殿の質問に答えたのは内藤筑前守殿であった。兵部殿は何故、夫婦仲が良くないのか分からないらしい。当武田家は珍しい程に夫婦円満な家庭が多い。
前田又左衛門殿とおまつ夫妻を始め、山内伊右衛門とお千代夫妻。細川兵部殿と麝香夫婦に明智十兵衛殿と煕夫婦。どれも夫婦仲よろしく睦まじく過ごされているようだ。
果たして彼等に御屋形様の御心が理解できるか一抹の不安を感じるところではあるが、お世継ぎを作るも御屋形様の役割の内である。
「さて、如何する。お裏方様は武田信玄公の孫にあらせられるぞ。離縁し新たに妻を娶るは事を荒立てるのでは」
「いやいや、噂によると御方様の父である太郎義信は謀反を企てているとか。誠意の証として離縁するべきにございませぬか」
議論が紛糾している。御屋形様程のお方になると、どうやら婚儀もままならないらしい。私としても又左衛門殿や伊右衛門殿のような伴侶を見つけたいものである。
「……もしかして、御屋形様は男色を好まれるのではございませぬか?」
そう述べたのは熊谷伝左衛門殿であった。彼曰く、幼少の砌より付き従っていたが、御屋形様には浮いた話一つ無かったと。そう言われると成る程たしかに女性に興味が無いのかもしれない。
「菊千代。其方は閨に呼ばれたことは無いのか?」
「わ、私にございまするか? いいえ! 全く、これっぽっちもございませぬ」
急に話を振られてしまい、慌てふためいてしまった。私が御屋形様とそのようなことをするなどと考えてもみたことがなかった。思わず顔が火照る。
「では菊千代は御屋形様の好みではなかったか。ふむ、難しいのぅ」
「お待ちを。そもそも男色であれば子は生せませぬ。やはり側室を立てるべきではございませぬか?」
「それならば文を側室にするのは如何か。御屋形様も文は殊の外、気に入られている様子」
「待て待て待て。御屋形様は文のことを気に入っておられるが、当家と家格が釣り合ってはおらんぞ」
「家格よりもお世継ぎの方が優先でござろう」
話し合いは紛糾する。当家は四十万石程度とはいえ、若狭国と丹後国、但馬国と因幡国と丹波国の一部を手中にしている。三国を治めている大名と言っても過言ではないのだ。小国でも国は国だ。
「ここはしっかりと御屋形様のご意向を確かめてみるべきでは。御屋形様がその気にならなければ子は生せませぬぞ」
「確かに左近殿の仰る通りにございますな。菊千代、御屋形様にそれとなく聞いてみてくれぬか?」
「えっ!? 私がでございますか!?」
本多様から私に無茶な要望が飛ぶ。しかし、誰かがやらねばならぬことだ。そして、私は小姓として御屋形様に仕えている。御屋形様との距離感が一番近いのだ。
「わ、分かりました。御屋形様に訊ねてみることにいたします」
それからも議論は続く。もし、公家から嫁を貰うならば久我家の伝手を使うだの。領を盤石にするためにも三管四職の家柄から嫁を取るべきだとも。
三管四職の内、一色と山名は御屋形様が滅ぼした。いや、正確には滅ぼしていないのだが傘下に収めることに成功している。更に細川も分家ではあるが細川兵部殿がいらっしゃる。
残るは斯波と赤松、京極に畠山の四家のみだ。そしてその誰も彼も落ちぶれて、今はその栄華の欠片しかない。特に京極と斯波はそれが酷い。懐柔するならこの二家だろう。
今、狙うならば赤松だと某は思う。備前と播磨は乱れている。浦上と別所、そして宇喜多の台頭だ。赤松から嫁を娶り、それを口実に介入して備前と播磨を切り取る。
ただ、あくまでも私の勝手な考えだ。そもそも赤松に姫がいなければ話にならない。この参謀方の会議に参加するようになって自ずと考える力が身についたように思う。
そういえば京極の娘と御屋形様が親しかったような気が。いや、あれは一方的に好かれていただけだろうか。いや、満更でもなかったような気もする。
もしかして、御屋形様は幼子が好き――いや、この考えはよそう。
「しかし、まずは政に力を入れよと御屋形様は仰せなのだろう?」
「左様にございます。どちらにせよ東の朝倉、南の松永、西の毛利には対抗できませぬ。切り取るのであれば美作ですが、美作は尼子のもの。尼子と事を構えるのは性急かと」
「開発は進んでおり、石高は順調に上がっております。小浜の湊も人が集まっており、敦賀からも人が流れておりまする」
「そのことで朝倉から十兵衛殿の元に苦情が届いているとお聞きしておりますが」
「敦賀郡司の朝倉中務大輔殿とは縁がありましてな。一応、穏便に進めておりますが御屋形様にご報告したき儀が――」
議論は尽きない。私も皆様と同じくらい御屋形様のお力になれるよう、一刻も無駄にしないと誓うのであった。
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