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二人の使者

永禄七年(一五六四年)八月 若狭国 後瀬山城


 来たよ。すぐに来た。将軍、足利義輝の家臣が。内容の目星はついている。三好を倒せ、であろう。どうせ。


 当家に訪れた使者というのは粟屋勝久と言う名を捨てた男であった。元々、若狭武田家に仕えていた武将である。


「さて、本日参られたご用向きをお伺いしようか。使者殿」

「性急ですな、武田豆州様は。それでは公家連中に見下されますぞ」

「ふん、公家と関わるつもりはない。言わせておけば良いのよ」


 二人してきゃっきゃと騒ぎながら雑談を交わす。本題なぞ、切り出さなくてもお互いに分かっている。三好討伐の命令だ。勿論、俺としても対策は練ってある。


「さて、本題でございまするが、如何でございますかな?」

「ふむ。他家の状況はどうなっておられまするか?」

「頼みの六角も家中穏やかならず、首を縦に振りませんな。畠山、北畠も同様にございまする。朝倉、浅井も然り。声を上げる家はございますまい」


 どうやらどこも不参加を表明しているようだ。これは完全に愛想を尽かされたのだろう。それであれば俺も断っても角は立たないはず。


「それであれば我等武田もお断り致す。この武田伊豆守、三好家と事を構える度量は持ち合わせておりませぬ」

「困りましたな。公方様は甥であらせられます豆州様を頼りになさっておりますれば。お断りいたせば可愛さが余りまするぞ」


 可愛さ余って憎さ百倍か。


 そう述べる粟屋勝久。確かに憎まれるようなことはしたくない。それであれば当初から考えていた参戦の条件を粟屋に伝えることにする。


「それならば上杉様に上洛を促しなさいませ。上杉様が上洛なさるのであれば我等も喜んでお力になりましょう」


 そう。旗頭を作るのである。また、別名を槍玉とも言う。佐幕の思いが強い上杉であれば上洛に応じてくれそうなものであるが。しかし、武田が許さない。


「公方様のお力で上杉と甲斐の武田を和睦させるのです。武田としても和議は結びたいところなのです。武田は上杉ではなく、今川を攻め滅ぼしたいと考えているのですから」


 武田は海を狙って今川を襲いたいはず。だから武田は上杉と和睦したいのだ。しかし、上杉と武田は和睦しないだろう。上杉は一度、武田との和睦を反故にされている。


 この上杉の猜疑心を足利義輝が崩すことができるのか。それが焦点になる。しかし、もし、和議が成立すると武田義信の命日が早まることになる。


 更に言うのであれば上杉が上洛して来た場合だが、難癖をつけて合流しない方法もある。何せ、甲斐源氏の敵なのだから。主家の敵は俺の敵という理論を展開すれば、何とかなるだろうか。のらりくらりと誘いを躱す。


「どうでしょう。公方様は上杉に上洛の要請をしておられませんので?」

「上洛の要請は再三しておりまする。しかし、武田との関係よりご辞退なされているとの由にございます」

「ふむ……。何とかお力になりたい気持ちは山々なのだが、如何せん我等だけでは火に油を注ぐだけにございましょうな」


 ここは静観が正解だ。例え公方様を敵に回すことになったとしても、三好を敵に回すよりかは怖くない。いや、そもそもだ。上杉が動いたら動くと伝えてあるのだ。好意的な返事ではないか。


「当然でございましょう。その旨、公方様にお伝えさせていただきまする」

「良しなにお頼み申すぞ、使者殿」


 粟屋勝久が退席する。足利義輝とは叔父甥の関係である。何とか力になってあげたいとは思うものの、どうすることも出来ないのが現状である。


 俺も退席して自室に戻ろうかとしていたところ、堀菊千代が俺の元に駆け込んできた。どうやら良くない知らせのようだ。あまり聞きたくはない。


「御屋形様、今少しよろしいでしょうか」

「何だ?」

「尼子家臣の宇山飛騨守と名乗る者が御屋形様にお目通り願いたいと」


 宇山久兼か。彼には因幡攻めのときに助力してもらった恩義がある。面会を断る訳にはいかない。要件を聞くだけ聞いてみることにする。


「そうか、会おう。連れてきてくれ」

「承知いたしました」


 菊千代が退席し、暫くの後に一人の男が入室してきた。年の程は四十代の半ばといったところか。身体は華奢だが髭を生やし、どことなく威厳のある男だ。


「宇山飛騨守にございまする。お目通り願い、恐悦至極にございまする」

「武田豆州である。先だっては因幡攻めのご助力、感謝いたす」


 会談は和やかに始まった。まずは互いに礼を述べ合う。何とも日本人らしい会談の始まり方だと思った。そこから腹の探り合いに移行していく。


「さて宇山飛騨守殿。此度、後瀬山を訪れた理由は如何な理由でございますかな?」

「はっ。さらば申し上げまする。毛利との戦にご助力願いたく、平にお願い申し上げまする」


 これは、また。思わず面を食らってしまった。駆け引きをせず、堂々と頭を下げて依頼しに来たのだ。今の尼子では毛利の猛攻を防げないと見て、助力を請うてきたのだ。


「それは、尼子の総意か? それとも宇山飛騨守殿の独断か?」

「……某の独断にございまする」


 これは……暴挙、いや謀反といっても差し支えないぞ。俺にとってはありがたいが、宇山久兼に利はあるのだろうか。さて、選択を誤ると利が手から零れ落ちてしまうぞ。


「独断であるか」

「武田伊豆守様であれば、もう我等が劣勢であることは承知でございましょう。今更、隠し立てしたところで気分を害すだけにございます。であれば、胸襟を開いてお話し致すまで」


 確かにその通りだ。事実、俺はこの宇山久兼という真っ直ぐな男に好感を持っている。だが、毛利と事を構えるのは危険が大き過ぎる。せめてあと十年はこのままでいたい。


 そうか、それを成すために尼子を有効活用しろ。尼子にもっと支援しろと宇山は暗に述べているのかもしれない。それならば話は別だ。


「確かに毛利は脅威だ。中国地方を飲み込まんとしている。そして西は既に九州へ入り込み、大友と睨み合っている。俺が毛利でも東に攻め込むだろう」


 大友と尼子。御しやすいのは明らかに尼子だ。もう尼子経久、晴久の威光は無いのだ。家中を切り崩しやすいだろうな。目に浮かぶわ。


「このままでは尼子は十年も持ちますまい。何卒、尼子にご助力を願えませぬでしょうや?」

「それだと当家に利が無さ過ぎる。美作を割譲願えれば尼子家に最大限の助力を行おうではないか」

「な、一国を割譲せよと仰るか!!」


 流石に驚いている宇山久兼。俺もそこまで業突く張りではないが、貰えるものは貰っておきたい。美作であれば十五万石は固いと考えている。


 とは言え、このままだと割譲してくれるはずもない。なので、俺から妥協案を提示することにした。それを呑めないというのであれば、毛利に奪われる前に奪ってしまおう。


「まあ、待たれよ。私に割譲するのではない。尼子式部少輔勝久に割譲いただきたいのだ。と申しても尼子式部少輔には家臣がいない。其方と山中鹿之助殿が寄騎となり、式部少輔を支えてくれるのであれば、喜んで助力いたそう」


 そう伝えると顔をしかめる宇山久兼。この提案を飲めるかどうか、考えているのだろう。下手を打てば謀反を疑われかねない。しかし、我等の援助なくしてはジリ貧で追いつめられるだけだぞ。


 俺としてはどちらに転んでくれても構わない。因幡と美作を対毛利の最前線に定めたい。そのためにも美作、そして可能ならば備前を狙わねばならない。


 が、それも行く行くだな。まずは兵を、国を育てることが先決だ。このまま、何事も無ければ良いのだが、そうもいかぬだろうな。


「かしこまりました。その旨、持ち帰って協議いたしまする」


 立ち去る宇山久兼の背中を眺めながら、俺はそう思うのであった。

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