更なる高みへ
永禄七年(一五六四年)五月 若狭国 後瀬山城
俺は家臣達を後瀬山城に集めた。と言っても全員ではない。武田信景を筆頭に内藤重政、熊谷直之、武藤友益、白井光胤、松宮清長、市川定照、沼田祐光、畑田泰清、山県源内、宇野勘解由、広野孫三郎、熊谷直澄、菊池治郎助、梶又左衛門と明智十兵衛の十五名だ。
彼等を呼んだ理由は何か。それは純粋に労いをしたく呼んだのである。今の若狭武田があるのは彼等宿老が俺を見限らずに付いてきたからだ。
ここ最近の俺は新参者を優遇している傾向が強い。それは自分でも強く理解していた。前田利家に嶋左近、井伊直親に遠藤兄弟、極めつけは本多正信兄弟だ。
感謝を素直に言葉にして伝える。この行為を行うか怠るかで臣の信頼は大きく変わるものだと考えている。それは何もこの時代に限ったことではない。それで失敗したこと数多だ。
気恥ずかしくもあるが、それさえ乗り切れば然程問題は無い。俺は藤姫と護衛の飯富虎昌、それから小姓の菊千代を従えて皆が揃うのを待った。
「よし、全員揃ったな。今日、皆を呼んだのは他でもない。皆に労いの言葉をかけたく呼び出したのだ。今の我等があるのは皆の弛まぬ努力があったからこそ、俺を見捨てずに付いて来てくれたからこそだ。この場を借りて改めて礼を言いたい。ありがとう。この通りだ」
そう言って頭を下げる。気やすく頭を下げるとは何事かと怒鳴り散らす者もいるかもしれないが、これが俺なりの誠意である。それを驚くように飯富虎昌が見つめ、蔑むかのように藤姫が見ていた。
「頭をお上げ下され、御屋形様。我らも御屋形様に非凡な才を見出したからこそ付いてきたのでございまする。現に御屋形様の手腕で武田家はここまで大きゅうなられた。感謝を述べたいのは我等にござる」
「然り然り。海千山千の者達と御年で対等に渡り合うなど、それこそ非凡の証にござる。我等は御屋形様をしかと見ておりますぞ」
そう言ったのは上野之助だ。そして畑田泰清のように上野之助の言葉にうんうんと頷いて同調している者も多数いる。うん、悪くない感触だ。ここで更に畳みかける。
「叔父上。俺はここで皆に俺の考えを知ってもらいたいのだ」
そう前置きを入れてから考えを述べた。何故新しく召し抱えた者を優遇するのか。中国の故事である『先ず隗より始めよ』を交えながら。というかそれが全てだ。そして優秀な人材を外に逃がしたくはないのだ。
「なので、お前達はヤキモキしたかもしれない。しかし、多くの人材を集め、更に当家を一つ上の高みへと上げるためには必要なことだと理解して欲しい。その代わりと言っては何だが、これを用意させた。まず、叔父上」
「何でしょう?」
「前へ」
叔父上が真ん中にどっかと座り直す。俺は叔父上に一枚の紙と太刀を授けた。紙は感状だ。叔父上には何かと世話になっている。汚い役どころを何度もさせる羽目になった。本当に感謝している。
それから太刀は中島来派の逸品である。これは宗長、宗吉の兄弟に長い時間をかけて十振りを用意してもらった。それから藤九左衛門の鉄砲が五丁である。
褒美が揃ったから労いを行えているというのもある。それに関しては臣と民の両方に助けられている。支えられているとつくづく思う。
「次、内藤の。前へ」
「ははっ」
内藤には感状と鉄砲を授けた。価値としては刀と同じくらいはあるとみている。これを十四人全員に行うのだ。正直、鉄砲も刀も良し悪しがそこまで分からんので菊千代に渡された物をそのまま渡している。
「十兵衛、其方にもこれを」
「う、受け取れませぬ。拙者は牢人になった後、母の縁故で御屋形様に引き立ててもらった身。感謝こそすれ恨みなど」
「良いのだ。十兵衛、其方にも感謝している。其方が俺の最初の家臣ぞ。股肱之臣よ。良く俺を助けてくれた。礼を言う。そしてこれからも頼む」
「ははっ」
そう述べて十兵衛の手に太刀を握らせた。ここで十兵衛に謀反でもされてみろ。堪ったものじゃない。これで謀反の芽を摘めるなら安いものだ。
「各々方、これからも俺を助けて欲しい。父の仇である浅井を誅するはまだまだ先の長い道のりである。浅井と織田が婚姻を結ぶようだ。しかし、だがしかし、いつの日か必ず父の仇を討ってみせる。それまで共に耐えてくれ」
そこかしこから鼻を啜る音が聞こえる。そこから父が慕われていたんだなという事実をまざまざと見せつけられた気がした。
そこからは宴席とした。若狭の清酒と小浜の海産でどんちゃん騒ぎである。今日くらいは大目に見よう。無礼講だ。
宴も酣になったころで解散にする。既に日は暮れてしまった。残ったのは沼田上野之助と飯富虎昌、それから中座から戻ってきた藤姫である。
「すまんな、上野之助。其方には損な役回りをさせたな」
「いえいえ。お気遣いなく。これで我らの結束が固まるのならば安いものにございます」
今回の件に関して予め上野之助にだけは話を通していたのだ。だから良きところで合いの手を入れてくれたのだろう。本当に頼りになる男である。
「ふん、白々しい男」
そう言って今度こそ自室に下がる藤姫。そして侍女である美代と帰っていく。どうやらとことんなまでに俺と反りが合わないらしい。残ったのは困り顔の飯富虎昌だけであった。そんな飯富に声をかける。
「飯富よ」
「はっ」
「国許へ戻り、源五郎と曽根九郎を連れて来ては貰えぬか?」
「は?」
飯富虎昌は俺が何を言っているのか理解できていなかったようだ。しかし、段々と事情が呑み込めていく。
そして、震える声で俺にこう確認した。
「それは、太郎様の御身が危のうとお考えにございまするか?」
「そうだ。岳父殿は信玄公からしてみたら確実にお荷物なのだ。お荷物になってしまったのだ」
「お救いすることは……」
「叶わんだろう。岳父殿が今川への侵攻をお認めになればその限りではないが、しかしそれは」
難しい。それは飯富虎昌も理解しているようだ。ただ、飯富虎昌が岳父殿に殉じられても困る。
「其方が藤姫の護衛に選ばれたのは、つまりそういうことだ。信玄公の意思を踏みにじらないでおくれよ。なんなら会って確認すると良い」
「しかし……」
「もう、後には引けぬところまで来ているのだろう?」
難色を示す飯富虎昌を見つめる。信玄を追い出す計画は着々と動いているのだ。そして、史実と違い飯富虎昌はいない。成功する確率はもっと低いのだ。
それであるならば、処される前に優秀な人材を引き抜かせてもらおうという算段である。信玄としても、嫡子義信の傍から人を減らしたいはず。どちらにも利はある。
「……ははっ。そうさせていただきまする」
何処も明るい話題ばかりではない。戸を開ける。まだまだ夜風は冷たいままであった。
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