京極長門守
永禄七年(一五六四年)四月 若狭国 小浜の湊
今日は小浜の湊に船が到着する日だ。北へと送った若狭武田家が所有する船が。昆布を干し椎茸と併せて売り捌きガッポガッポと儲ける算段である。
金山も銀山もあるが使うことはできない。海外に金と銀が流出してしまうからだ。何故俺がこんな心配をしなければならないのか。
パッと使えてしまったら良いのだが、事情を知ってしまった以上、そういう訳にもいかない。銀はまだしも、金は絶対に流出できない。
更に敦賀へ荷止めをしているからか、人がこちらに集まってきているような気がする。それはそれで喜ばしいことだ。
人が増えると間者も増えるが、今のところは表立って敵対している勢力は無いと思っている。詳しくは分からん。
「ん? 彼奴等は何者だ?」
目の前の少し遠くに湊に似つかわしくない男達が商人と揉めていた。一体何事だろうか。誰か分からないが、仲裁に入るべきか悩む。すると、共に湊を見回っていた堀菊千代が答えた。
「あのお方は京極長門守様にございまする」
「京極だと!? また厄介な」
京極と言えば浅井憎しの急先鋒じゃないか。彼等と近付いてしまっては浅井に痛くもない腹を探られることになってしまう。
いや、たしか浅井新九郎の姉が京極に嫁いでいると言ってたな。ということは仲違いしていないのだろうか。
「これは……挨拶をするべきか」
「するべきでしょう。過去に兵を借りていたと伺っております。会って挨拶しない訳には参りません」
そうだ。失念していた。以前、京極から兵を借りていたのであった。恩義がある以上、挨拶しない訳にはいかない。
菊千代に念を押されて渋々ながらも京極高吉に近付く。どうやら向こうもこちらに気が付いたようだ。最初に気が付いたのは商談をしていた組屋源四郎であったが。
「これは武田の若殿様ではございませぬか」
「これは手厳しいな。其方の中では未だ若殿か。これでも立派に屋形号を名乗れる程になったと思うていたが」
「せめて敦賀を押さえてくれませねば、御屋形様と呼べませぬな」
「一層励むとしよう」
そう言って二人で笑い合う。それを怪訝に見ている京極高吉。さて、ここいらで挨拶をして退散するとしよう。
「源四郎、こちらの方は?」
「京極長門守様にございますれば」
「おお、京極長門守様にございましたか。私は武田伊豆守にございまする。以前は兵をお貸しいただき、誠にありがとうございまする」
わざとらしく、今気が付いたかのような小芝居を挟んで挨拶を交わす。京極高吉は六十前後の御老人であった。そして、その横には見目麗しい女性が侍っていた。恐らく、浅井新九郎の姉で、京極高吉の妻だろう。
その年齢差は四十はありそうだ。そして四、五歳程の娘が足にまとわりついている。これが政略結婚か。言葉にできないもやもやしたものが肚の底に溜まっていくのが分かる。
「これはこれは。武田伊豆守様でござったか。某が京極長門守にございまする。以後、よろしくお頼み申す」
「こちらこそにございまする。見るところによると家族の団欒にございますな。私はこれにて――」
「まあまあ。そう急かずともよろしいではございませぬか。某、小浜は不慣れな故、案内いただけると助かり申す」
すぐに退散する予定が脆くも崩壊してしまった。ここで断れるほど強靭な精神を持ち合わせていない。笑顔を貼りつかせて承諾の意を告げた。
「しかし荷が多いな。何かあったのか?」
「何でも浅井の当主と織田の姫君とが祝言をあげるとのことにございますぞ。京極様も贈呈品の買い入れにございましょう。何せ、浅井新九郎様は京極様の義弟でございます故」
俺の独り言に反応したのは組屋の源四郎であった。そうか。浅井新九郎が結婚するのか。しかも織田の姫君と。
これって、アレだよな。お市の方と結婚するってことだよな。そうか、もう織田が畿内まで進出してきたのか。俺に残された時間は意外と少ないのかもしれない。
「如何なさいましたかな?」
「いや、少し眩暈がしただけだ。気にするな。ふむ、では俺からも織田殿に贈り物をするとしようか。源四郎、何か良い物はあるか?」
「そうですなぁ。どんな物をお贈りしたいとかございますか?」
織田信長に贈り物か。史実だとヨーロッパからの輸入品や実用的な武器の類が喜ばれたと思っている。それであれば若狭の刀鍛冶に太刀を拵えさせるか。
「南蛮の物は取り寄せられるのか?」
「南蛮の物、にござりまするか。中々に難しい注文をなさりますね。具体的には?」
「……甘味だな。南蛮では金平糖なるものが流行っていると聞く。それが手に入れば良いが、難しいだろう。銭も無い。南蛮人と渡りをつけることが出来れば良いのだが」
此処は無難に太刀で進めておこう。国友から職人を呼んでいるので本当は鉄砲という考えもあったのだが、織田に近代化を進められるのは面白くない。
そもそも金平糖が買えるかどうかも怪しいくらいである。あれ一つで城が買えるなんていう噂まであるくらいだ。
そんなことを相談し、ずっと考えている最中。俺の足にまとわりつく少女がいた。先程の京極高吉の娘のようだ。父でも母でもなく、俺の足にずっとまとわりついている。
どうやら懐かれてしまったらしい。何もしていないのに何故だ。全く、子供の考えることは分からん。
「京極長門守様は何をお探しで?」
「そうですなぁ。縮羅の反物か漆の漆器か。欲を申せば唐物なんかを贈りたく考えておる」
まあ、定番の献上品だろうな。それでは織田信長の注意を引けない。仕方がない。こちらは清酒と干し椎茸も付けて物量で圧倒することにしよう。
「それは良きお考えにて。して……こちらのお子は?」
「某の娘の竜子なれば。どうやら伊豆守殿が気に入ったようでございますな。どうです、そのまま娶ってくださらんか?」
「ご冗談を」
どう見ても四歳か五歳そこらだ。対して俺は十三歳である。歳の差は八つも九つもあるのだぞ。と思ったのだが、目の前の京極高吉が四十も離れていると思うと一桁の歳の差など可愛いものに思えてきた。
「源四郎、長門守様に反物を用意して欲しい」
「承知しました」
「長門守様、以前は兵をお貸しいただき誠にありがとうございました。こちらはそのお礼にございまする。ご息女に可愛らしい着物でも仕立ててあげて下さい」
「おお! これは忝い」
「では、私はこれにて失礼いたしまする」
最後に竜子の頭を何度か撫でて菊千代とこの場を後にする。やっと解放されたという思いだ。しかし、良いことを聞いた。
もうすぐ織田と浅井が婚姻関係になる。これはますます親の仇を討ち辛くなってしまった。現状、浅井を敵に回すと織田までついてくるのである。
史実であれば、その同盟関係は破綻するのだが、こちらではどうなるか。いや、それよりもだ。
「家臣達に、どう説明するべきか」
俺の中に悩みの種がまた一つ、増えてしまったのであった。
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