吉岡親子
「まずは半蔵に暴れてもらう。敵陣に突っ込んで奇麗に敵を分断してくれ。期待しているぞ」
「はっ、承知仕った!」
「それから遠藤兄弟は隘路を抜け、すぐに左右に展開。半蔵を援護するため弓兵に斉射を頼む」
「畏まった!」
「承知いたした!」
「勘解由と源内は俺の馬廻りだ。広野孫三郎、其方は後詰めを頼む」
「「「ははっ!」」」
「吉岡親子のどちらかは捕えよ。ただし、難しいようであれば殺しても構わん。よし! では兵を集めて前進するぞ!」
隘路を抜ける前まで進んで停止する。敵方はどうやら態勢を立て直しているようだ。しかし、兵には怯えが見受けられる感じがする。兵数はざっと七百程。良い勝負になってきた。
俺は馬に跨ったまま、一番前まで進み出でて、振り返る。そして援軍に大声でこう告げた。
「聞けぃ! 勇壮なる若狭の兵士達よ! 我々はやっと此処まで来た! 憎き山県孫三郎の仇を此処まで追い詰めたのだ! あと一歩、あと一歩である! 掛け替えのない家臣を、戦友を、親子を我等から奪ったのは誰だ! 復讐の炎を今こそ燃やすときであるっ! 各々方、準備は良いかぁっ!」
「「応っ!」」
俺の声に真っ先に答えたのは勘解由と源内である。大きな声で咆哮を上げ始めた。それに続いたのが半蔵である。そして兵士達にその熱波が、狂気が伝播していく。
「「「応! 応! 応! 応!」」」
勿論、勘解由と源内には予め根回ししてあった。それが良い感じに広まったぞ。うん、この士気なら勝てる。敵は意気消沈し、此方は意気軒昂。俺は、覚悟を決める。
「陣太鼓鳴らせぃ! 貝吹けぃ! 馬引けぃっ! 全軍、突撃ぃぃぃっ!!!」
そう言って俺は真っ先に馬を走らせた。大将たる者、先陣を切って動くべし。俺を目掛けて弓が飛んでくる。それでも不思議と恐怖は無かった。
「頼むぞ、遥」
小声で愛馬に声をかける。この黒毛の牝馬も恐れずに敵陣目掛けて突っ込んでくれた。これは俺としてもありがたい出来事である。
「な、御屋形様!? お、御屋形様に続けぃ! 決して御屋形様を死なすでないぞ!!」
「おいおい! 御屋形様に手柄を全て持ってかれっぞ! お前ら、気合い入れろや!」
「鉄砲隊、速やかに展開せい! 一列目立ち膝! 狙いを付けよ! 放てぃ!」
「「「「うおぉぉぉぉっっ!!」」」」
各々が後ろで最適な行動を取る。俺を一番に追っかけてきたのは勘解由であった。それに続いたのが半蔵である。そして遠藤兄弟は速やかに兵を展開してくれた。その直後、轟音が鳴り響く。
よし。此処で俺は馬を横に走らせた。探すのは大将首である。旗印を見る。見つけた、丸に兜のような形。あれが吉岡だ。弓に矢を番える。
分かっている。吉岡に罪は無いということを。しかし、それでも俺はお前達を誅さねばならん。狙いを定める。そして思い出す。山県孫三郎に教わったことを。
「若様、それではいけませぬぞ。もっと脇を締めて身体全体で弓を引くのです。顎を引いて狙いを定めませ」
山県孫三郎の言葉が頭の中で蘇る。この言葉を貰ったのは確か五つか六つのときである。そんな俺ももう十三か。大きくなった。何故か口元に笑みが浮かぶ。
「ふっ」
孫三郎の教えの通り弓を構え、そして放つ。当たったかどうかは分からない。が、すぐに撤退し広野孫三郎の元へ向かった。
「御屋形様、何をなされます!? 御身を大事になされませ!」
「そうは言うがな、亀のようにずっと引っ込んでいる大将にどれだけの兵がついて来るというのか」
「それはそうでございましょうが、だとしても無茶が過ぎまするぞ!」
広野孫三郎の説教を軽く聞き流し、戦況を確認する。どうやら最初の檄が効いたようだ。味方が押している。渡辺守綱がもう少しで敵陣の分断に成功しそうである。
「孫三郎、後詰めを率いて敵方の右翼を蹴散らして来い。あそこの動きが重いぞ」
「承知いたしました」
素人の俺でも見たら分かる程の動きの鈍さであった。恐らく率いている将に何かあったに違いない。それであれば敵方の右翼を全力で潰して、残る左翼を潰すのが良さそうだ。
「遠藤又次郎! 左翼に向かって斉射を続けよ! 喜三郎は又次郎と合流するのだ! 間違っても味方には当てるなよ!」
「はっ」
「ははっ」
左翼は鉄砲に委縮している。やはり神社での斉射が大きかったようだ。これは鉄砲を使った戦として歴史に名が残るかもしれない。
そんなことを考えていると、敵の戦線が崩れた。雑兵達が我先にと逃げ始めたのだ。こうなってしまったらお終いだ。声を張り上げて指示を出す。
「追い首は要らん! まずは丸山城を押さえよ! 急げっ!」
「はっ!」
近くで控えていた宇野勘解由が手勢を引き連れて駆け出していく。城を押さえて大将を捕まえることが出来れば完勝と言えよう。俺はぼーっと待っているだけである。手持ち無沙汰なので遥を延々と撫でていた。
「ご注進にございます! 渡辺半蔵殿が敵大将を捕えたとの由にございます!」
「そうか! ようやった!」
山名勢を率いていた山名豊数はどうやら遠藤兄弟の神社での最初の斉射に巻き込まれて討ち死にしたようである。あとは吉岡定勝を捕えることが出来れば敵将はほぼ捕えたことになるだろう。
雑兵の追い首を無視し、皆で丸山城へと向かう。城門は空いているようだ。どうやら籠城されずに済んだようである。遠藤兄弟を左右に従わせ中へと入って行った。
「まだ声が聞こえるな」
「どうやら勘解由殿と敵方がまだ争ってるようにございます」
「どちらか後詰めに向かってくれ」
「はっ」
向かったのは兄の秀清である。弟の俊通が俺の馬廻りとして残ってくれた。さて、敵兵が隠れていないか調査を進めていくことにしよう。
そうこうしているうちに我が軍の兵が続々と丸山城に集まってきた。城の制圧作業もおおよそが終わったので門を固く閉じ、兵に休息を与える。そして諸将を集めて守綱が捕えたという敵大将の吉岡春斎と対面する席を設けた。
俺の周囲に武者を控えさせ、俺は床几に座る。そして諸将が俺の両脇に並ぶように座ると、二人の武者が縛られた男を一人、中庭まで引っ立ててきた。
「その方が吉岡春斎か」
「左様」
どっかと座ったこの男こそが吉岡春斎入道その人だ。春斎はその名の通り剃髪している。
つまるところの坊主だ。家督は息子に譲ったのだろう。息子を捕えられなかったのは残念だが、まあ吉岡春斎を捕えることが出来たので良しとしよう。
「中々に手古摺らせてくれたな。これも南条いや、毛利の差配か」
「何故それを……」
全部分かってますよ。という雰囲気を醸し出していたが全て嘘だ。確証は無い。ただ、カマをかけただけである。
それに引っかかってくれるとはありがたいことこの上ないな。いや、もう隠し立てするつもりはないのかもしれない。
「して、子の吉岡将監は?」
「何を言うかっ! 其方が射殺したのではないかっ!」
「は?」
どうやら俺が放ったあの矢が吉岡定勝の首に当たっていたのだという。何という偶然だろうか。家臣や兵達は「おお!」とか「流石!」等と囃し立てているが、まぐれ以外の何物でもない。
まあ、こればかりはどうすることも出来ない。あとは聞きたいことを淡々と聞いていこう。尋ねることは勿論、後ろに控えている毛利についてだ。
どうやら、今回の策は打って出ることにより、俺に何かあると思わせて慎重にさせ、時間を稼ぐことにあったようだ。
その隙に毛利が尼子を攻め、南条に余力が出来たところで援軍に向かうという想定のようである。
内藤の金言が無かったら本当にその通りに事が運んでいただろう。彼には感謝し足りない。
とりあえず、毛利を糾弾する声を尼子に上げてもらう。内容としては国衆を唆すだけ唆して自分は我関せずを貫き通す信じられない家である、と。
毛利家は合議制の国家だ。織田家のように独裁制を敷いている訳ではない。つまり、信頼が揺らぐと崩壊する国家なのだ。これで毛利は信頼の回復に努める必要が出てくるはず。毛利は国衆の持ちたる国だ。
残る問題は南条だ。さて、どうやったら懐柔できるか。俺は武田高信が叔父上と共に丸山城に来るまで云々と唸りながら頭を悩ますのであった。
Twitterやってます。フォローしてください。
https://twitter.com/ohauchi_carasu
お友だちが欲しいです。
気が付いたらほぼ100%返信しますので、フォローして気軽に話しかけてくれると嬉しいです。
これからも応援よろしくお願いします。





