松平の誘惑
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永禄六年(一五六三年)二月 駿河国 某所
俺は信玄公の住まう甲斐は躑躅ヶ崎を後にし、伝左の甘言に乗せられて駿府まで足を運んでいた。今川家も俺の祝言を祝ってくれたのだから感謝を述べに向かうべきであると言うのだ。
その言葉に乗せられて武田領から南下し、駿府の城へと向かっている。武田信玄・義信の親子に伝えて事前に使者を今川に送ってもらった。信玄としても友好を装うことが出来るのだ。使者の一人も出すだろう。
義信としても俺達が今川に挨拶に向かうことが嬉しいようだ。今川を蔑ろにしていないと。するわけがない。今川とは仲良くしたいのだ。さて、これで無断で立ち入ったことにはならないはず。それに彼等も付いている。
「ん? 何やら前方が騒がしいですな」
馬を止めてそう述べるのは武田義信が護衛に付けてくれた長坂昌国であった。俺の許可を取って騒動の元へと五十騎ばかりで駆けていく。道中、昌国とは色々と話し合った。少しは打ち解けた気がする。
俺達も彼等の後を追う。そこで繰り広げられていたのは戦であった。何でこんな所で。訳が分からない。旗印から察するに朝比奈家と井伊家の争いのようだ。今川家のお身内同士ではないか。
形勢は朝比奈家が優勢……いや、勝勢のようである。どうやら井伊家は最低限の装備だけのようだ。取り合えず甲斐と若狭の武田連合軍で割って止めに入る。
「暫くっ! 此処で何をやっているか! 今川治部大輔様のお膝元にあらせられるぞっ!」
大声で叫びながら割って入る。両軍の目が此方を捉えた。そして俺達の奥にある武田菱に気が付いて割って入った俺達が何者であるか気が付いたようだ。そして兵を引く朝比奈軍。さすがに分別があるようだ。
一人の大武者――まだ若そうな、二十代半ばの武者だ――が俺の前に進み出でる。それから下馬し、俺達に向かってこう述べ始めた。彼も事を荒立てたくはないらしい。
「某、朝比奈備中守と申しまする。我が主、治部大輔様の命により憎き松平と通謀しておった井伊肥後守を誅している最中にございまする。邪魔立ては無用に願いたい」
「何を仰られるかっ! 拙者が御屋形様を裏切る訳が無かろう!」
井伊肥後守と言えば、井伊直親か。井伊直虎の旦那で井伊直政の父親である。井伊直親。大河でも出番はあまりなかったな。
朝比奈の言葉に対し、怒りを露わにしながら反論を述べる井伊直親。どうやら今川氏真から謀反を疑われているようだ。だから言ったじゃないか。家康の調略に気を付けろと。これも家康の調略に違いない。
「相分かった。私はこれから治部大輔殿にお会い致す。それまで井伊肥後守は私が預からせてもらう。朝比奈備中は私を治部大輔殿の元まで案内願いたい」
そう述べるも朝比奈、井伊の両名は俺を不審な者を見る視線で見つめてくる。然もありなん。自己紹介がまだだった。居住まいを正して丁寧に接する。
「申し遅れたな。俺は武田伊豆守と申す。此度、武田太郎様と親子の縁を持たせていただいた。その御報告にと今川様をお尋ねした次第だ。井伊肥後守に非があるのであれば腹を切らせれば良い。違うか?」
そう言ってやっと朝比奈泰朝が納得し、俺を敬い始めた。今川義元は俺の義理の祖父だ。義理の祖父が信玄と義元。そう聞くと藤姫の凄さが改めて理解できる。
「失礼いたしましてございまする。御屋形様の元へご案内いたしましょう」
「相わかった。井伊殿も参られよ。其方自身の口で治部大輔殿に弁明なされい」
「……ははっ」
井伊直親の傷の手当てをしてから皆で駿府城へと向かう。厄介なことになったなと俺は溜息を吐いた。岡部元信に出会ったら説教をしたいくらいだ。いや、岡部元信を見つけて説教をしよう。
今川氏真との面会は朝比奈が全てを手配してくれた。何から何まで至れり尽くせりである。いや、待てよ。井伊直親を討てなかったことを俺のせいにするためじゃないだろうか。なんだかそんな気がしてきた。
「御屋形様がお待ちにございます。こちらへどうぞ」
俺と井伊直親、それから長坂昌国と伝左と飯富虎昌の五人が中に進み出る。正面に居るのが今川氏真か。両脇には岡部、鵜殿、松井、関口辺りだろうか。未だ今川家は健在であると言わんばかりにこちらを睨み、睥睨し、威圧している。
「遠路遥々遠いところをよう参られました。其方が藤姫の婿である武田伊豆守殿か。噂は聞いておりますぞ」
「この度、縁あって藤姫と夫婦となりました。今川治部大輔殿とも従弟にございますれば、今後とも昵懇によろしくお願い申し上げる」
腹の探り合いはしたくない。と言うかするつもりはないのだ。だというのに変な面倒事に俺を巻き込みやがって。ちらりと岡部を見る。すると岡部は困ったような表情を浮かべていた。
「本日はご挨拶に参ったのですが、何やら取り込み中だったようですな。朝比奈殿が井伊殿を殺めかけていたが如何なる理由で?」
「井伊が松平と内通しておったからである。其方の家臣から報告も上がっておる。これ以上の証拠はなかろう!」
声を荒げて井伊直親を糾弾する朝比奈泰朝。今川氏真がしきりに頷いている。これはダメだ。頭に血が上って話を聞いてもらえる状況じゃない。何を馬鹿なことをと思うが、父が偉大過ぎた。氏真も家中を纏めようと必死なのだろう。
「お待ちいただきたい。此処で井伊殿を誅した場合、喜ぶのは松平ですぞ。この内通は松平の策謀ではございませぬか。井伊殿の家臣からの報告とのことではござるが、確証がおありで?」
「勿論あるぞ!」
朝比奈泰朝がそう言って一枚の証文を投げ渡す。井伊直親はそれを拾い上げ、よくよく目を通した。直親は段々と読む手に力が入り、わなわなと震え始めた。
「出鱈目だ! 御屋形様、こちらは出鱈目にございまする! 拙者、松平と文を交わした覚えはござらん!」
大きな声で反論する直親。それとは対照的に氏真やその家臣達は冷静に、静かに直親を見つめていた。恐らく直親を疑っているのだろう。だからといって殺すのも早計だ。しかし、どうしようか。
「今ここで井伊殿を殺めた場合、治部大輔殿の人望が下がりかねませんぞ?」
「話が見えませぬな」
今川氏真の眉が動く。どうやら俺の言葉に興味を持ったようだ。言葉を選びながら氏真を刺激しないように説明する。
「井伊殿を慕っている国衆も井伊谷の周辺には多く居るでしょう。そして彼等は井伊殿の為人を知っている。もし、内通が真だった場合は井伊谷周辺が丸っと松平のものになりましょう。それを見越して誅するとのことですが、万が一、内通が偽だった場合、井伊殿を誅すると井伊谷が松平のものになりますぞ」
よろしいか、と氏真に告げる。その危険を顧みず井伊直親を殺せるのかと俺は今川氏真に問うているのだ。彼には無理だろうな。そこまでの胆力は無さそうだ。かなり悩んでいるようだ。
井伊直親を殺したら彼に親しい人物、奥山氏や新野氏は今川から離れていってしまうだろう。いや、それならまだマシだ。最悪、反旗を翻すかもしれない。そうなったら今川の国力低下に他ならない。
今、今川家の力を削ぐのは得策ではない。もっと松平、徳川とお互いを潰し合ってもらわないと困るのだ。三河の混乱が織田の足を引っ張るのだ。
「では伊豆守殿は如何しろと?」
「井伊家を追放するのが良いかと。そして信頼のおける者、岡部殿辺りに井伊谷を与えるべきでは。此処は一つ、私めの顔を立ててどうか」
井伊谷は対家康の最前線になる。簡単に翻るような者に任せてはいけない。岡部であれば氏真も安心することができるだろう。今は北よりも西を警戒してほしい。そして信玄を釣ってもらいたいのだ。
後ろで井伊直親が絶望の表情を浮かべている。父祖伝来の井伊谷を奪えと言われたのだ。ただ、生き延びる方法はこれしかない。殺されても奪われるのだ。それであれば生き延びて再起を待つ方が得策と言えよう。
「……それは良き考えである。朝比奈備中守も岡部丹波守も井伊肥後守もそれで良いな?」
「ははっ」
「……しかしっ!」
「控えられいっ!」
井伊直親が不服を申し立てようとしたので一喝する長坂昌国。ここで異議を唱えても殺されるだけだ。今、氏真は頭に血が上っているのである。
「承知、いたしました」
不承不承ではあるが頭を下げる井伊直親。これで今川の西の守りは安泰だろう。本願寺の言う通り、三河で一向一揆が起こった。これに乗じて家康を混乱させて欲しいものである。
「三河は一向一揆で荒れておりまする。実のところ、私も三河の本願寺に兵糧を提供いたしました。今のうちに井伊谷を掌握するべきでしょう。落ち着けば、松平は必ず此方に来ましょうぞ」
「成る程のう。岡部、聞いたな?」
「ははっ。ご助力、感謝いたしまする」
そこから他愛もない世間話を二、三だけ交わして氏真の前を辞した。すると屋敷前で岡部元信が待っていた。俺を見つけてこちらに走り寄ってくる。
「伊豆守様、申し訳ございませぬ」
「構わぬ、頭を上げてくれ。私としても井伊殿が本当に内通していたか半信半疑なのだ。其方に責は無い。むしろ、私との約束を覚えていてくれたことが嬉しいぞ」
そう言って元信の肩を軽く叩く。はっきり言うと、全くと言って良いほど気にしていない。変ないざこざに巻き込まれた恨み言は言いたいところだが、今川がどうなろうと俺の知ったことではないからだ。せいぜい家康を苦しめ弱らせてくれたら後々に俺が楽になると思ってるくらいである。
「所詮、私は部外者だからな。ただ、私を気にかけてくれたことを嬉しく思うぞ」
「ははっ。ご厚情、ありがとうございまする」
俺に対してそこまで遜る、敬う必要はないのだが元信は異様な程に恐縮していた。逆にこっちが恐縮するわ。
元信のような人間に捕まらないよう、そそくさと駿府城を後にする。そして城下の寺に泊まることにした。
居るのは俺に伝左、小姓として召し抱えた堀菊千代と井伊直親である。長坂は早々に信玄の元へと帰って行った。虎昌は城下で情報を集めている。問題は井伊直親の方である。この世の終わりのような雰囲気を醸し出していた。
「これであれば討ち果たされても身の潔白を証明するべきであった」
「何を言っておる。妻子を残して死ねるか? 妻子がどうなっても知らんぞ?」
そう言うと黙り込み、俯いてしまった。戦国の世は何とも厳しい世だろうか。仕方がない。助け舟を出すか。というか、井伊は欲しい。後世に伝わる井伊の赤備えを欲しがらない者は居ないだろう。
「俺の下に来い、肥後守。悪いようにはせん」
気落ちしている井伊直親に対し、真っ直ぐ正対してそう述べる。この言葉が直親をどこまで動かせるかは分からない。ただ、真っ直ぐ目を見て話すのだ。
「お前にはやってもらいたいことが山程ある。俺の周りも敵だらけだ。因幡、丹波、越前、考えたらきりがない。俺はお前の力を買っているぞ」
まあ、自分の領地を失ったばかりの男に掛ける言葉ではないよな。選択肢の一つとして若狭に来ることを頭の片隅に入れておいてくれると嬉しい。
「まあ、今は井伊谷に帰れ。家族が心配しているだろう。生きてさえいれば挽回できる。死なない限りはな。それだけは忘れないでくれ」
井伊直親を送り出し、見送った後に溜め息を一つ吐き出す。菊千代が俺に白湯を渡してくれた。なんと気の利く男だろうか。一口飲んでホッと一息。
そして思う。これでは俺が井伊直親が欲しいあまり、これを仕組んだと思われるではないか。これはあくまで偶々である。そう、偶々なのだ。
「御屋形様、お見事な立ち回りでございましたね!」
菊千代がヨイショしてくれる。その屈託のない顔でヨイショされると何だか悪い気はしない。ただ、自分でも上手く立ち回ったと思うわ。まさかあそこで小競り合いに出くわすとは思わなんだ。
「御屋形様、あまり危ないことに首を突っ込まないで下さい。こちらの肝が冷えまする」
そうは言うが、俺は自分から首を突っ込んだ訳ではないぞ。遭遇したから仕方なく、掛かる火の粉を振り払っただけである。
「以後、気を付けよう」
だが俺も大人だ。忠告は甘んじて受け入れる。菊千代の前だ。あまり変なことはできない。さて、あとは帰るだけである。ここで問題が起きなければ良いが。
そう思いながら身体を休め、愛しの我が家に、若狭に帰るのであった。
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