秋の朝
私の朝は水を飲むことから始まり、会社から帰ってはビールと枝豆で晩酌で終える。
いつもと変わらない定番メニュー。
今日の朝ご飯のお皿には、猫と楓が描かれていた。
それを見ると私はつい高校生のときを思い出す。
あのときは、古い本や建物が好きで特に神社にお参りする朝は格別であった。
ーーー
あれは秋の始まり。
私が日課にしている土曜日の神社参りのこと。
秋の日差しが心地よい、木々の葉の色が秋色に変わる頃。
当時陸上部であった私は、田んぼ道を走り抜け金色の稲穂がまばらに風に揺られているときである。
いつものように、少ない石段を登り秋色に染まリかけている石橋を通る。
山に少し入るここの神社がとてもお気に入りで、誰も来ない朝の6時にここに来る。
鳥や虫たちが思い思いのように鳴いている。
爽やかな風に自然に囲まれているこの一時がたまらない。
タンクトップに半ズボン、そして手には300円のみ。
今思えば肌寒い格好だと思い返す。
池の鯉たちも寒くなってきたのであろう、木陰ではなく日当たりのいい場所にいるようだ。
ここで、私は目を閉じ深呼吸する。
すーはぁ。
自然と手も頭も動かして全身の血の巡りを感じては、自然と一体化したようだった。
数分したあと石橋を渡り、ジャリジャリと音のなる砂利道を通っては手に持っている300円で、
「おみくじ1回お願いします」
と言いながら、巫女さんへお金を渡す。
手に差し伸べられたおみくじを引くと、29と書いてある。
いつもは、中吉だが今日こそは大吉でないと困る。
そっとおみくじを開けてみる。
そこには、末吉と書かれていた。
ため息が一つ。
そこには、
『欲深くしては何も手に入らず、愛情を持って接すれば好転の兆し有り』
と。
やはり来週のインターハイ出場の権利は難しいのだろうか。
落胆していると、ここでは珍しい鳴き声と一人の女の子の声が。
「しっ、静かに。ほら、今日も牛乳をば持ってきたよ」
と、木々の隙間に女性と思われる服がはみ出ている。
どうしても気になって仕方ないので、そっと覗いては、
「何をされとるんですか?」
と声をかける。
「ふぁ?あ、いや、な、なにも……」
と言う女の子だが、どう見ても仔猫が一匹段ボールに入れられていた。
どうやら、餌付けしているらしい。
いつからだろう?
私はこのとき、土曜日には欠かさず来とるのに、全くわからなかった。
よくよく女の子に聞くと、昨日朝から捨てられていたそうだ。
私は、関係ないインターハイの出場できるか否かの状態なのだ。
そう思い、去ろうとすると、
「あの、この子もらってくれませんか?うらの家アパートなんで飼えないんです。お願いします!」
と、目をうるうるさせて懇願される。
「張り紙とかしたらよろしいのでは?わせは農家なんで飼えるかどうか……」
と、頭をぽりぽりかいて困ってしまった。
よく見ると、女子校の制服を着ている。
短めの髪の毛にそばかすだらけ、少しではあるがぽっちゃりしている。
私は当時男子校だったので、少し気まずくなる。
「……そうですよね。いきなり言われても困りますよね。すいません。」
いそいそと学校へ行く準備をしては、またね、と手を振り石橋に向かおうとした。
その時、ふとおみくじの内容を思い出す。
『愛情を持って接すれば好転の兆し有り』と。
「あー、良ければじいちゃん家に聞こか?じいちゃん、ばーちゃんいなくなって寂しい言うとったから。でも、学校帰りに聞くから今日のお昼またここで会わん?」
とつい、言ってしまった。
女の子は振り返り
「ホントですか?ありがとうございます!ありがとうございます!」
と何度も頭を下げられて、ついこちらも頭を下げてしまいお互い笑いあった。
クシャとした女の子の笑顔は、とても愛嬌のある笑顔で可愛かった。
「そう言えば、名前なんて言うの?うら、毅言います。」
と軽く自己紹介。
「うら、麻子です。」
と短めの挨拶。
お互い照れくさく、目も合わせられなかった。
そして、石段の隅には木々から落ちた枯葉などで気づかなかったが、自転車がありそれに女の子は乗り学校へ。
私はというと、直様家に帰ってじいちゃんに連絡したら、喜んで引き取ってくれると言ってくれた。
あのときは、何気に嬉しかった。
あの女の子の屈託ない笑顔を思い出す。
また、笑ってくれるやろか?
クスッと笑っていたが、そんな時間もなく。
学校は歩いて数分のところだが、いつもより帰りが遅くなったのでささっと学ランに着替えては家をあとにする。
ーーー
放課後。
家に帰り昼飯を食べたあと、また田んぼ道を通って仔猫のいる神社の隅っこの木々へ向かう。
そこにはもう先程の女の子がおり、
「早いんやなぁ」
とつい、言葉に出しては不思議に思う。
女子校からは時間的に男子校より遠いからだ。
石段の隅っこに自転車はあったものの女の子がこうも早いだろうか?
その時、
ぐぅ~
と力のない音が。
女の子は頰赤く染め、
「すいません、お昼ご飯食べてないもんで……」
とお腹を両手で抑えている。
可愛ええなぁとまた思う。
「わせ、すぐそこやさかいおいで、仔猫も腹空いたろ?」
と、顔を覗かせると、愛らしくもニャーと鳴く。
そこから色々話せたが、じいちゃん家とそんなに遠くないと言う。
じいちゃん家隣町やのに女の子は隣町から毎日のように遅刻せず来てるそう。
感心する。
私の家につくと、じいちゃんが待ちきれなかったのか、軽トラで子猫を迎えに来てくれた。
じいちゃんに事情を話すと、
「ほんなら、麻子さんわせにたまに来てくれたらええ。お菓子も出すさかい。お礼?んなもんいらんいらん!お礼はうらがしたいくらいじゃ。」
と言い放つと、子猫に寄り添い抱くとこの子の方からじいちゃんの鼻を甘噛しだした。
これくらい威勢のいい子がうらはすきじゃと、カッカッと笑うじいちゃん。
隣町に住む麻子ちゃんと自転車も乗せて帰っていった。
あれから、しばらくじいちゃん家から電話が絶えず、たまに麻子さんが電話を変わることがあるのでびっくりした。
インターハイは残念ながら出れなかったが、楽しみが増えて良かったと私は思っている。
ーーー
そして今。
「何を考えていらしたの?」
朝食のとき、私がクスクスと笑っていたのを妻が見ていたのであろう。
「いや、若かりしときの青春さ。」
と、言い放ち秋刀魚を食べ終えた。
家をあとにすると、あのころとは違い満員電車に揺られる毎日を過ごしている。
ふと、携帯電話の連絡帳を見る。
始めの方には、『麻子さん』と書いている。
今度、実家にでも帰ろうか。
そう思いふけると、朝日が眩しく私の携帯電話の画面に光を指していた。